るるどの覚書
全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、日本での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。
連帯保証人
直接雇用されることになり、書類手続きをした。すると二人の連帯保証人の名前、住所、生年月日、印を御願いしますという書類を出さなければいけない。ぞっとした。そんな日本企業の閉鎖性に鳥肌が立った。もし私の保証人になってくれる人がいなかったら、私は働けないということになる。そして私の連帯保証人になった人たちは私が何かしでかしたら、私の代わりに責任を負うことになる。まさに人質制度。
私は私。私の責任を他の誰にもとって欲しくない。私が取りたい。
連帯保証人・・・とっても嫌な日本の風習。
給与などの条件も良くない。派遣のときのほうが時給は良かったくらいだ。
連帯保証人のサインも求められる。派遣のときはなかった。
年金手帳も会社預かりだという。
経費口座は、特定された銀行でないといけないという。
いやだ、いやだ。こんながんじがらめの組織。
先日、喜んでいる上司たちが、「るるどさんは正規社員になったんです。本当におめでたい。当分、辞めないでいてくれるよ。よかった、よかった」と他の部署の人たちに言っていた。そこに居合わせた私は、言葉を失ってしまった。私はむっとして、「おめでたいことですか?辞めないでいてくれるって・・・・誰だって辞めたいときにはやめることはできます」と本音が出てしまった。
周りの上司たちは、なんだこの人?!というように私のことを見て、絶句していた。
こんな私のことを誰にも保証なんてしてほしいとは私は思わない。自分の責任は自分で取りたい。だから連帯保証人なんて求めないで欲しい。私のサインや印では、十分ではないのですか。
私は私。私の責任を他の誰にもとって欲しくない。私が取りたい。
連帯保証人・・・とっても嫌な日本の風習。
給与などの条件も良くない。派遣のときのほうが時給は良かったくらいだ。
連帯保証人のサインも求められる。派遣のときはなかった。
年金手帳も会社預かりだという。
経費口座は、特定された銀行でないといけないという。
いやだ、いやだ。こんながんじがらめの組織。
先日、喜んでいる上司たちが、「るるどさんは正規社員になったんです。本当におめでたい。当分、辞めないでいてくれるよ。よかった、よかった」と他の部署の人たちに言っていた。そこに居合わせた私は、言葉を失ってしまった。私はむっとして、「おめでたいことですか?辞めないでいてくれるって・・・・誰だって辞めたいときにはやめることはできます」と本音が出てしまった。
周りの上司たちは、なんだこの人?!というように私のことを見て、絶句していた。
こんな私のことを誰にも保証なんてしてほしいとは私は思わない。自分の責任は自分で取りたい。だから連帯保証人なんて求めないで欲しい。私のサインや印では、十分ではないのですか。
日本の組織と自分の体験
日本の組織に属していて、自分自身、良い体験をしたことがあまりないと思う。
小学校にいたときも、自分の感覚や意見を否定された経験が印象に残っている。自由な発想や視点は否定されてきたような気がする。
中学校にいたときは、校則やルールで自己表現を押さえ込まれた。そして、内申書や偏差値で評価され、勉学も部活動にも励むことが良いことという空気が蔓延していた学校という組織の中にあったと思う。他に好きなことがあっても、自分なりの時間のすごし方があっても、勉強(たいしてやっていなくても・・・)や部活動に時間がとられてしまい自由な生き方を模索する余裕がなかった。
そして今・・・日本の会社・・・日本の組織の悪い例の頂点を極めるような大人の集団組織。
なんか変だと感じても、威圧的な上司や同僚に対して黙っていたり。
より良い案があってもまったく考慮されなかったり。
大組織の秩序が優先され、個別対応なんてほとんどない。
組織の生き残りの為、一人一人の感性はつぶされていく。
個人を尊重した生き方、自分なりの時間のすごし方、自由な発想、多様な視点、流動的な資源のあり方、自己発揮・・等そんなことに価値を置き、そんなことを考えるということを否定する大組織。
組織は小さいほうがいい。そして人が組織のためにいるんじゃないということを良くわきまえたほうが言いと思う。組織は人が活用するもの。組織が害になったり、負担になり、組織の弊害が多くなってきた時には、その組織がないほうがいい場合も少なからずあると思う。人は複数の小さな組織とかかわり合いを持ちながら生きていくのが理想的なんだろうなと思う今日この頃。
小学校にいたときも、自分の感覚や意見を否定された経験が印象に残っている。自由な発想や視点は否定されてきたような気がする。
中学校にいたときは、校則やルールで自己表現を押さえ込まれた。そして、内申書や偏差値で評価され、勉学も部活動にも励むことが良いことという空気が蔓延していた学校という組織の中にあったと思う。他に好きなことがあっても、自分なりの時間のすごし方があっても、勉強(たいしてやっていなくても・・・)や部活動に時間がとられてしまい自由な生き方を模索する余裕がなかった。
そして今・・・日本の会社・・・日本の組織の悪い例の頂点を極めるような大人の集団組織。
なんか変だと感じても、威圧的な上司や同僚に対して黙っていたり。
より良い案があってもまったく考慮されなかったり。
大組織の秩序が優先され、個別対応なんてほとんどない。
組織の生き残りの為、一人一人の感性はつぶされていく。
個人を尊重した生き方、自分なりの時間のすごし方、自由な発想、多様な視点、流動的な資源のあり方、自己発揮・・等そんなことに価値を置き、そんなことを考えるということを否定する大組織。
組織は小さいほうがいい。そして人が組織のためにいるんじゃないということを良くわきまえたほうが言いと思う。組織は人が活用するもの。組織が害になったり、負担になり、組織の弊害が多くなってきた時には、その組織がないほうがいい場合も少なからずあると思う。人は複数の小さな組織とかかわり合いを持ちながら生きていくのが理想的なんだろうなと思う今日この頃。
直接雇用
今、派遣社員として働いている会社が正規社員採用の条件を出してきた。
その条件がよくない。派遣社員として働いたほうが良い報酬。
派遣社員から正社員になり、給与が減り、手取り月々12万円という新聞記事を読んだけれど、
今、それが分かるような気がする。
条件が悪いので考えさせてほしいと伝えたら、安定雇用、ボーナス、昇給、社会保障、福利厚生、退職金などがあるので、提示している条件は決して悪くないので、受け入れてくださいと部署の上司からのメールが届いた。
周りの人に正規化の話をし、相談したら、よく考えたほうがいいよ、やめたほうがいいんじゃないのと言うニュアンスのことを言われた。みんな不思議なくらい否定的な反応。派遣社員でも、正社員でも辞めたくなったら、いつでも辞められるんだから、そんなに考えることもないとも思う。
悲しいくらい、私自身、正規化については、気が重いだけなので、それが話している相手に伝わるんだろう。気分としては、企業が私を束縛する割合を増したような感覚がある。派遣社員として働く場合には、労働時間だけ束縛されているような感じだけれど、正社員として雇用されるとボーナス、昇給、退職金というような長い目で見て得られるものにも左右される。知らないうちに自分の精神までそんな金銭的な価値に左右されそうで恐ろしい。叉、特に日本では雇用の流動性がないので、ある組織や企業に入ると、その中で何とかするしかないという発想が生まれてきてしまうような気がする。そして、多くの人は、気づいてみたら会社や組織の奴隷になっていて、思考停止状態に陥り、保身の術を身に付けていくんだろう。いやだ、いやだ。
そして、いつかその組織以外の場所では使えない人間となり、ましてやグローバルな場では役立たずになってしまうのかもしれない。
そんな人間にはなりたくない。
その条件がよくない。派遣社員として働いたほうが良い報酬。
派遣社員から正社員になり、給与が減り、手取り月々12万円という新聞記事を読んだけれど、
今、それが分かるような気がする。
条件が悪いので考えさせてほしいと伝えたら、安定雇用、ボーナス、昇給、社会保障、福利厚生、退職金などがあるので、提示している条件は決して悪くないので、受け入れてくださいと部署の上司からのメールが届いた。
周りの人に正規化の話をし、相談したら、よく考えたほうがいいよ、やめたほうがいいんじゃないのと言うニュアンスのことを言われた。みんな不思議なくらい否定的な反応。派遣社員でも、正社員でも辞めたくなったら、いつでも辞められるんだから、そんなに考えることもないとも思う。
悲しいくらい、私自身、正規化については、気が重いだけなので、それが話している相手に伝わるんだろう。気分としては、企業が私を束縛する割合を増したような感覚がある。派遣社員として働く場合には、労働時間だけ束縛されているような感じだけれど、正社員として雇用されるとボーナス、昇給、退職金というような長い目で見て得られるものにも左右される。知らないうちに自分の精神までそんな金銭的な価値に左右されそうで恐ろしい。叉、特に日本では雇用の流動性がないので、ある組織や企業に入ると、その中で何とかするしかないという発想が生まれてきてしまうような気がする。そして、多くの人は、気づいてみたら会社や組織の奴隷になっていて、思考停止状態に陥り、保身の術を身に付けていくんだろう。いやだ、いやだ。
そして、いつかその組織以外の場所では使えない人間となり、ましてやグローバルな場では役立たずになってしまうのかもしれない。
そんな人間にはなりたくない。
大企業の役員さんたちの会話
役員さんたちが会社の方針について語っていた。
耳に入ってきたのはこんな会話。
「10年後、今のものを改良するか、それともゼロからつくるか考慮しないと・・・」
「しらね〜よ。そんな先のこと、俺たちはもういないから。そんな先のこと誰も考えられないよ」
「そりゃそうだよな」
「みんな今の今年か考えてないんじゃないの」
「まあ、今だってどうしていいんだか分からない状態だし・・・・」
悲しいけど、大企業の役員さんたちも会社のことなんて考えてないみたい。。。
高給だけとって・・・。
耳に入ってきたのはこんな会話。
「10年後、今のものを改良するか、それともゼロからつくるか考慮しないと・・・」
「しらね〜よ。そんな先のこと、俺たちはもういないから。そんな先のこと誰も考えられないよ」
「そりゃそうだよな」
「みんな今の今年か考えてないんじゃないの」
「まあ、今だってどうしていいんだか分からない状態だし・・・・」
悲しいけど、大企業の役員さんたちも会社のことなんて考えてないみたい。。。
高給だけとって・・・。
人々
日本に戻ってきたばかりの頃、日本の社会人や組織に属している人たちについて、ある人が言っていた。
「みんな、あれやれ、これやれと、命令されるのが好きなんだよ」と。
「やること考えてあげないと」と。
「やることを決めてあげないと」と。
「みんな何をやっていいかわからないんだよ」と。
そんなことを耳にした私は信じられなかった。私は、みんな自分で考えて、決断したい、他人にあれやれこれやれと指示されるのが好きな人なんていないと思った。大人が他の人に考えてもらい、決めてもらい、支持されるなんてなんて、屈辱的なんだろうと思った。その人の言葉が傲慢に聞こえた。
でも、今、大きな組織の中に身をおいてみて、その人の言っていたことの意味や、それが事実だということが良くわかる。とても悲しい・・・。
尊敬できる大人が身の回りにいないというのはさびしい。
「みんな、あれやれ、これやれと、命令されるのが好きなんだよ」と。
「やること考えてあげないと」と。
「やることを決めてあげないと」と。
「みんな何をやっていいかわからないんだよ」と。
そんなことを耳にした私は信じられなかった。私は、みんな自分で考えて、決断したい、他人にあれやれこれやれと指示されるのが好きな人なんていないと思った。大人が他の人に考えてもらい、決めてもらい、支持されるなんてなんて、屈辱的なんだろうと思った。その人の言葉が傲慢に聞こえた。
でも、今、大きな組織の中に身をおいてみて、その人の言っていたことの意味や、それが事実だということが良くわかる。とても悲しい・・・。
尊敬できる大人が身の回りにいないというのはさびしい。
Copyright © るるどの覚書. all rights reserved.
Template by はじめてのブログデザイン
ホームページ
アフィリエイト レンタルサーバーFC2ブログ はじめてのブログ選び


