るるどの覚書
全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、日本での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。
通訳
最近の通訳者は英語を漢語に訳すような人が多い。日本語、そして耳障りの良い言葉、かっこいい言葉だけれど、イマイチピンと来ない。感情がない訳で、何も残っていかない。
折角なら、日本人の頭や心に残る大和言葉に訳して欲しい。
私の願いは・・・通訳者の必要としない社会。みんなが複数の言語を操ることの出来る社会と、
共通言語を持たなくても、互いに意思疎通を一生懸命にし合おうという気持ちをもった人々の集まり。
折角なら、日本人の頭や心に残る大和言葉に訳して欲しい。
私の願いは・・・通訳者の必要としない社会。みんなが複数の言語を操ることの出来る社会と、
共通言語を持たなくても、互いに意思疎通を一生懸命にし合おうという気持ちをもった人々の集まり。
無気力感が漂う国・・・日本
日本
敗戦国
魂を抜かれた
意思も奪われた
反省する意欲も奪われた
独り立ちする気力も奪われた
正しいものが勝つという希望も奪われた
まだ、敗戦国としての道のりは60年余り・・・。
まだ、敗戦国としての自覚がない。
自分自身にうそをつき続け・・・身の丈を知らずに前進してきた
そんな状態が、長引けば、長引くほど、現実が見えなくなる
うそや、欺瞞や、あざむきや、うらぎりや、無反応が、つくりだす無気力感が益々募っていく
敗戦国
魂を抜かれた
意思も奪われた
反省する意欲も奪われた
独り立ちする気力も奪われた
正しいものが勝つという希望も奪われた
まだ、敗戦国としての道のりは60年余り・・・。
まだ、敗戦国としての自覚がない。
自分自身にうそをつき続け・・・身の丈を知らずに前進してきた
そんな状態が、長引けば、長引くほど、現実が見えなくなる
うそや、欺瞞や、あざむきや、うらぎりや、無反応が、つくりだす無気力感が益々募っていく
会社の中の女性
私が今いる部署の男性は女性社員を「たなかさん」とか「すずきさん」とか、苗字をさん付けで呼ぶけれど、隣の部署の男性は、女性社員のことを呼び捨てで呼ぶ。「みか」とか「あい」とか「みく」とか・・・。
なぜか、それを聞く度に私は嫌な気分にさせられる。
「女をなんだと思っているんだ!」とふと感じてしまう。
男性はみんな定年間近の正社員。女性は若い派遣社員。とてもいびつな人員構成である会社組織。
若い男性を雇うほどお金がないんだろう。そして先のなさそうな会社に来たいと思う男性もいないんだろう。
会社でよくある風景。
大卒の派遣社員の「みかちゃん」が仕事をミスると・・・。おじいちゃま社員さんは、「あれ〜。みかちゃ〜ん、間違えちゃったの?しょうがないなあ。じゃあ、俺がやっておくからいいよ・・・。じゃあ。これやっておいてくれるお願いね〜」という様子。まるで漫画の世界。
そして、おじいちゃま社員さんは、隣の部署の高卒のベテラン女性社員に、「みかちゃんは忘れっぽいから、これお願いしますね。」と、仕事が流れていく。
なぜか、それを聞く度に私は嫌な気分にさせられる。
「女をなんだと思っているんだ!」とふと感じてしまう。
男性はみんな定年間近の正社員。女性は若い派遣社員。とてもいびつな人員構成である会社組織。
若い男性を雇うほどお金がないんだろう。そして先のなさそうな会社に来たいと思う男性もいないんだろう。
会社でよくある風景。
大卒の派遣社員の「みかちゃん」が仕事をミスると・・・。おじいちゃま社員さんは、「あれ〜。みかちゃ〜ん、間違えちゃったの?しょうがないなあ。じゃあ、俺がやっておくからいいよ・・・。じゃあ。これやっておいてくれるお願いね〜」という様子。まるで漫画の世界。
そして、おじいちゃま社員さんは、隣の部署の高卒のベテラン女性社員に、「みかちゃんは忘れっぽいから、これお願いしますね。」と、仕事が流れていく。
恐ろしい こ・と・ば
「私の知るところではありません。」「私には関係ありません。」「私の担当の範囲ではありません。」
こんな言葉を耳にする度に、違和感を感じる。
何かあるたびに、「それ、私には関係ないから〜」という人がいる。
その人は気がつく人なのに、気がついたことに対して何もしない。
人が困ろうと、どうなろうと関係ないらしい。自分のことだけやる。自分の範囲内のことだけ、きちんとやる。それ以上は、気がついても無視。気がついても気がついていないかのように振舞う。
その人はいかにも、それが自己主張しているかっこいい女性の言葉であるかのようにして言う。
私はそんな対応に対していつも違和感を感じていた。
そして最近、そんな対応はその人だけでなく、多くの人たちの反応であることに気づいた。
組織の中で、それは私には関係ない、そのことについて私は知らない、それは私の範囲ではない、という人たち。私はそんな受け答えはかっこの良い言葉には聞こえない、それは自己主張の言葉ではないと思う。それは、逃げ、自己防衛の言葉。
国や組織や団体が、間違った道に走っている時、やるべきことでないことをやっている時、そこに居合わせている一人ひとりが、そんな受け答えをすることほど恐ろしいことはないと思う。
話は飛躍するけれど・・・国が戦争への道へ歩んでいる時、その国の人々が「それは私には関係ない」「それについて私は知らない」「そんなの私の範囲ではない」と反応していたら・・・・と想像してみると・・・。 戦争へ突き進むことってそんなに難しいことでも、不思議なことでもないんだということがよくわかる。
少なくとも、身の回りに起きていることに対して、どんな小さなことに対しても、「私には関係ないから・・・」という姿勢を見直したいと強く感じる今日この頃。
こんな言葉を耳にする度に、違和感を感じる。
何かあるたびに、「それ、私には関係ないから〜」という人がいる。
その人は気がつく人なのに、気がついたことに対して何もしない。
人が困ろうと、どうなろうと関係ないらしい。自分のことだけやる。自分の範囲内のことだけ、きちんとやる。それ以上は、気がついても無視。気がついても気がついていないかのように振舞う。
その人はいかにも、それが自己主張しているかっこいい女性の言葉であるかのようにして言う。
私はそんな対応に対していつも違和感を感じていた。
そして最近、そんな対応はその人だけでなく、多くの人たちの反応であることに気づいた。
組織の中で、それは私には関係ない、そのことについて私は知らない、それは私の範囲ではない、という人たち。私はそんな受け答えはかっこの良い言葉には聞こえない、それは自己主張の言葉ではないと思う。それは、逃げ、自己防衛の言葉。
国や組織や団体が、間違った道に走っている時、やるべきことでないことをやっている時、そこに居合わせている一人ひとりが、そんな受け答えをすることほど恐ろしいことはないと思う。
話は飛躍するけれど・・・国が戦争への道へ歩んでいる時、その国の人々が「それは私には関係ない」「それについて私は知らない」「そんなの私の範囲ではない」と反応していたら・・・・と想像してみると・・・。 戦争へ突き進むことってそんなに難しいことでも、不思議なことでもないんだということがよくわかる。
少なくとも、身の回りに起きていることに対して、どんな小さなことに対しても、「私には関係ないから・・・」という姿勢を見直したいと強く感じる今日この頃。
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