るるどの覚書

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2010/08/16

平和主義者が殺されていた頃の日本

http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1250117450/-100
生々しい弾圧の実態 元職員の井形さんが特高警察の「執務心得」を保管
2009.8.12 23:37

http://sankei.jp.msn.com/photos/life/trend/090812/trd0908122339016-n1.jpg
戦時の資料をもとに研究を続ける元特高刑事の井形正寿さん=7日午後、大阪市福島区(安元雄太撮影)

 終戦直前に特高警察で勤務していた大阪市福島区の井形正寿さん(88)が、当時の職場からひそかに持ち出して保管していた 「特別高等警察執務心得」など内部文書の研究を進めている。15日の終戦記念日を前に産経新聞の取材にこたえ、 「新米だったので仕事には違和感があった」と語った。文書には個人の思想信条に立ち入って監視、拘束もした特高警察の活動実態が生々しく記され、専門家も「現物が残っているのは珍しい」と注目する。

 井形さんは昭和18年に大阪府警の巡査になり、20年7月から同10月まで八尾署特高係に勤務。共産主義者や朝鮮人の思想調査や行動監視などを担当、対象者の手紙を無断で開封して内容を確認したり、学校関係者に朝鮮人生徒の成績を低くつけるよう働きかけるなど、工作活動にも携わった。

 終戦の日の午後に上司に呼ばれて捜査資料など大量の文書を渡され、処分するよう命じられた。しかし「これは後世に残さなければ」と感じた井形さんは、ひそかに持ち帰って自宅で保管。「執務心得」はその一部で、各署の特高課長など幹部だけが持つ文書だったため、井形さんもこの時に初めて目にしたという。

 「執務心得」は、思想取り締まりや弾圧的な捜査などの作業手順などが細かく書かれ、井形さんは「私は新米だったから特高の活動に違和感を持っていたが、何年もやっていたら染まってしまって何も感じなくなっていただろう」と話す。

 第1章で「社会運動に対しては…合法のものといえども…絶えず動向に注意」などと規定。実務面では、「尾行」「指紋」など項目ごとに手順を示し、外国人や労働運動などについての報告書の様式などを細かく定めている。
 井形さんは「特高の現場を経験した人間は残り少ない。こんな冊子ひとつのせいで人々が苦しんだということを、歴史の現実として残したい」としており、保管してきた他の資料とともに研究。文書に注釈をつけたり、当時の実体験と照らし合わせて 解説を書くなどの作業を進めている。最終的には広く一般に公開したいという。

 特高警察の活動を研究している上越教育大学の小島伸之准教授(日本近代法史)は「これまでの研究で『執務心得』の内容は明らかになっているが、実際に現場でどのように運用されていたのか興味をひかれる」と話している。

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どのくらいの数の人々が治安維持法のもとで、特高警察により拷問を受け、命を奪われたり、狂わされたりしたのか知りたい。

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