るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2009/01/03

新宿ゴールデン街

新宿ゴールデン街にあった唯尼庵のママ、キヨさんのことを最近思い出した。

最初で、最後に唯尼庵に行ったのは、2005年の真夏の夜。
知り合いにつれられて行った。
お店の前にいた子鉄さんの姿が印象に残っている。

そこは、不思議で、心地よくて、懐かしい雰囲気につつまれた空間だった。息苦しい日常から解放されている場だった。

その頃は、まだ日本の生活に馴染めなくて、日本にいても外国人のようだった自分にとっては、
キヨさんのような女性に出会え、お話しできたことはかけがえのないことだった。
居心地の悪い日本での日々を送っていたそのとき、彼女のような日本人がいるんなら、日本で生活してもいいかなと心の底から、帰国後、初めて感じたことは今でも忘れられない。

お店にいた人たちもみんな気さくな人たちで、みんながまた来なよ、と言ってくれていたのもうれしかった。なんか初めて足を踏み入れた場で、初めて会った人たちだったのに、ずっと昔からの知り合いだったかのような気がした。終電に乗り遅れるから帰ろうよ、という知人に引っ張られるようにして、帰ってきたのを覚えている。そうそう、帰りたくなかったから・・・駄々をこねていて・・・キヨさんは、またおいで、いつでもいるからと言ってくれたり、お客さんまでもがそんな風に言って、見送ってくれた・・・。

二度目に行ったのは、2005年の11月下旬。
無性にまた行きたくなって、というかキヨさんの顔を見たくなった。
今度はアメリカから来ていた知人と一緒に行った。

そしたら、お店の中の明かりはついておらず、ドアに一枚の白い張り紙がはってあった。ドアの下には、赤い花が置いてあった。

キヨさんは2005年11月20日に亡くなられたということを知った。
数ヶ月前に、会ったときには元気だったのに・・・信じられなかった。
一度しか、お店に行って話したことはなかったけれど、もうあのキヨさんと会えないかと思うと無性にさびしかった。
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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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