るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2007/05/22

『私は貝になりたい~あるBC級戦犯の叫び』

『私は貝になりたい~あるBC級戦犯の叫び』著:加藤哲太郎(春秋社・1994年)

「戦争は、人間を発狂させる。死ぬか生きるかという、せっぱつまったとき、あらゆる価値が転倒する。殺人がもっとも美徳とされるのが戦争である。自分が人を殺す、また仲間の兵隊が敵に殺されるのを見る、そして自分もまた、いつなんどき殺されるかわからないという心理が支配的となったとき、人間は発狂するのである。発狂の原因が取りさられてふたたび冷静が彼を支配したとき、あの時なぜ自分はあんな馬鹿なことをしたのか、ふしぎでたまらないのである。気の小さい、虫も殺さぬような、しかも一応の教養のある人までが、いったん発狂すれば、大それたことをやらかすのだ。」(p.47)

「罪は戦争にあるのではなく、戦争に参加した各人にある。人殺しが犯罪であることは当然だ。戦争はイコール殺人そのものではないとしても、殺人のともなわない戦争は考えられない。」(p.49)

「お国のためだからと自己をいつわって生活のために職業軍人となった人、刑務所にやられるのが嫌さに召集された人、軍律が恐ろしくて逃亡しなかった人、このような人は、自分が戦争に参加したこと自体を、大いに反省する必要があると思う。私は七年の戦犯生活のあいだに、このことだけは痛感した。そして多くの戦犯がこの反省をしたのである。・・・・彼らは、もし万が一にも不幸にして戦争がおこった場合、彼らの力では如何ともすることができなくなった時には、逃げるより仕方がなくなった時には、堂々と逃げるだろう。戦争犯罪を犯さんよりは、監獄を選ぶだろう。・・・・」(p.49-50)

「私の理解するかぎり、法と道徳とは、決して同じものではなかった。これらのものは、決して合致するイデオロギーではなかった。・・・・従来、両者は決して同じものではなく、あまりにもしばしば、対立するものでさえあった。義理や人情のために掟を破る、または掟のために義理人情をすてる、これが人間社会の多くの悲劇であり、社会の大いなる矛盾でさえあった。そうだ私たち戦犯すらが、その悲劇の主人公ではなかろうか。・・・・法、すなわち強制する社会的権力、時にはその本質の暴力さえあらわにして、私たちをいやおうなしに強制するところのものと、私達のモラルとは多くのばあい、全く相反していた。私たちはその両者の板ばさみとなり、シャニムニ二者のなかのいずれかの選択をせまられた時、私たちは道徳を犯したのである。私達の犯した罪、すなわち道徳的犯罪をどうして、この道徳とは別個のものであるところの法が罰しえようか。のみならず、そんな法自体がまるっきり存在しなかったのだ。・・・」(p.51-52)

「ほんとうに戦争をにくみ、平和を愛するならば、自分の体験した戦争を、あなたの犯した戦争犯罪をバクロすること、平和を愛する国民のまえに、自分の犯した過ちを発表する勇気を、戦争犯罪を犯したすべての人に要求したいと思う。このためには、どんな発表手段を通じてもかまわないと思う。あらゆる方法をもちうべきだと思う。・・・・」(p.53)

「・・・将来、戦争があって、もし日本がそれにまきこまれた場合に、かりに一保安隊さんが、「俺は戦争には参加しても、決して戦争犯罪を犯すまい。このように決心していれば、俺は決して、戦犯にはならぬだろう」などと考えれば、それは愚かな考えである。戦争があるかぎり、戦犯はかならず生まれる。これだけは断言しておく。じっさいに、戦犯に問われるような事件に関係していた兵隊や地方人で、その名前を中国人に覚えられていた大部分の人は、敗戦後、優先的に帰国することができた。そして、彼らは、今では何食わぬ顔で故郷に帰り、忌まわしいことはすべて忘れてしまっている。これに反して、まさか自分は戦犯になるまい、と思った人、そのためにほんとうの戦犯を先に帰してやって、残務整理などにのこっていたお人好しが、戦犯に問われてしまったという場合が多かった。・・・・附言するが、金を持っているもので戦犯になったのは、中国ではきわめてまれである。身代金をしこたましぼられて、不起訴になったのである。」(p.56-58)

「昭和十五年の暮、二十四歳で中国の戦線へ応召された私は、終生忘れ得ぬ凄惨な光景に直面しました。初年兵の実戦的訓練という名目で連れ出された私たちは、八路軍という嫌疑で捕まった十人ばかりの中国人捕虜の処刑を命ぜられたのです。捕虜の背中の左肩に赤いチョークでくっきりと×を書き、「ここを突け」という命令でした。そのなかには「おれは八路兵ではない。そこの部落には父親も母親もいる。助けろとは言わぬ、もう一度調べてくれ」と叫ぶ少年もいたのです。中国語の少しわかった私は、あわれな少年の番がまわってきたとき、思わず前に出て「待ってください、八路ではない、罪がないといっています。待って下さい」と叫びましたが、命令を下したD中尉は、「きさま、血を見て逆上したな。いいか、これは憲兵隊で十分調べられて、八路とわかっているのだ。たとい一人や二人良民がまじっていたって、もう手遅れだ。この処刑は中隊長殿から命ぜられた。命令は天皇陛下の命令だ。お前は命令がどんなものであるか知っているだろう。たとい間違っていても、命令は命令だ。ことの如何を問わず命令を守らなければ、戦争はできん。わかったか。わかったらひっこめ」と落ち着きはらっていうのでした。 その少年は目かくしされ、刺し殺されました。そして突き殺される一瞬前まで、「八路でない」と叫びました。最後の言葉は「母さん」でした。声がなくなっても、肺臓は無実を訴えていました。口からプツプツと血の泡がふき出して、ゴロゴロと喉を鳴らしました。ほかの人たちは一言も発せず、従容として死についたのです。私は、引っ込んでいろ、という言葉をもっけの幸いに、とうとう手を下さずに済んだのですが、もし、中尉の気がかわって「お前もやれ」といわれたならば、とうてい逃れるわけにはいかなかったでしょう。このおそろしい恥ずべき体験で私の神経は狂い、すっかり人間が変わったといえます。」(p.106-107)

「・・・こんど生まれかわるならば、私は日本人になりたくはありません。いや、私は人間になりたくありません。牛や馬にも生まれません、人間にいじめられますから。どうしてもうまれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います。貝ならば海の深い岩にヘバリついて何の心配もありませんから。何も知らないから、悲しくも嬉しくもないし、痛くも痒くもありません。頭が痛くなることもないし、兵隊にとられることもない。戦争もない。妻や子供を心配することもないし、どうしてもうまれかわらなければならないのなら、私は貝に生まれるつもりです。・・・・・」(p.119-120)

内海愛子氏による『解説』より、一部抜粋:

「BC級戦犯たちが、匿名を使い、危険をおかしても訴えたかったのはなんだったのだろうか。戦犯裁判の不当性もあるだろう。天皇や財閥などもふくめて、戦争責任をとるべき多くの者たちが責任を逃れたこともある。天皇の軍隊への批判もある。軍隊の中で権限をもち、戦争を指導してきた将校たちが戦後もそのまま温存されていること、国民の手による戦争裁判が必要なこと、戦争を具体的に、個別的に、体験的に示さなければならないこと、戦争に参加した者が一人一人自分の戦争犯罪を語ることによって、侵略戦争の犯罪性が明らかになり、平和運動への力になることも訴えている。それぞれが自分の体験をベースにした作品のなかで、これらの問題を提起した。加藤氏もこうした動きの中心にいたのである。」(p.265)



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Comment

私は貝になりたい

るるどさん、こんにちは。

「私は貝になりたい」のテーマで私も一度エントリーを書いた記憶があります。前のブログだったので、ブログ引越しの時に消してしまったようです。

敵を散々殺し、敵地を破壊した人が、戦時中は勲章をもらえるほどの栄誉とされたものが、戦争が終わると一転して戦争犯罪者として裁かれます。こうした価値観の反転は、平凡な一個人の良心などひとたまりもないことを示しています。だからこそ、平和な時に戦争の検証をしておかなければならない、とエントリーを書きながら考えたような気がします。

「・・・こんど生まれかわるならば、私は日本人になりたくはありません。いや、私は人間になりたくありません。牛や馬にも生まれません、人間にいじめられますから。どうしてもうまれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います。」

どうしようもない気持ちが伝わってきて、苦しいですね。

renanayaさん

こんにちは。コメントどうもありがとうございます。

「平和な時に戦争の検証」をするべきだったのに・・・。反省なく、また過ちを犯していくことになりそうな気配のする昨今です。

「私は貝になりたい」はドラマ化されたことがあるとか。私はみたことはありませんが、以前、みた方が「あれはよかったわよ」と言っていました。機械があれば、見てみたいですが・・・再放送なんて無理なんでしょうね。

今頃、この本を手にしたり、この本に書かれたことについて考えている人はいるのかなあと、書きながら考えていました。私一人じゃなかった! 励まされます。

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