るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007/04/19

失恋とライフルと私

米国で、高校に通っていた頃、朝一番の私の授業は「バンド」だった。管楽器を吹いていた。フットボールの応援、クリスマスコンサートや演奏会のために毎朝練習、練習。

とても自由な雰囲気で好きだった授業。音楽を通し、自由にコミュニケーションできて、言葉を超えて友達と関われる時間だった。

ある朝、音楽室に行った。みんながそれぞれに楽器を使って、好き勝手に音を出している時間なのに、…部屋には誰もいない…「あ~今日は校庭で練習する日だったかなぁ…」なんてふと思った。音楽室の中には、ガラス張りの先生の部屋があった。ガラスの向こうに、バンドの先生が一人で、不安な顔をして机越しに座っていた。私は何が起こっているのかわからなかった。自分の頭の中は、遅刻した言い訳を考えることで精一杯。

すると、トランペット演奏者のひょうきんで、クラス一番の人気者の学生が…、ライフルを腕に抱えて、部屋に入ってきた。そしてそれを私に突きつける。私は、もちろん、それは「おもちゃ」だと思った。からかっているんだと思った。一寸たりとも怖がっていなかった私。何気なく、さっさっさっと彼から遠ざかり、手招きしている先生の部屋へ。私に「ドアを閉めろ!」と小さな声で言う。先生は冷や汗をかいて、電話をしようとしているけれど、手が震えてできない様子。まだ何が起こっているか十分に把握できないまま、私は言われた数字を押して電話をした。すると、すぐに警察が…。そして、ライフルを持った彼は…、たくさんの警察官に取り囲まれ連れて行かれた。

しばらくすると、みんなワーワー泣きながら、肩を抱きかかえながら、お互いを抱えあい、支えあいながら、50人くらいのクラスメートがぞろぞろと教室に入ってきた。泣いて動揺しているみんなの気持ちと自分の平静な気持ちとの大きな乖離がとても不思議に感じ、ライフルの危険性について無知な私自身にふと救われたような気がした。それから、カウンセラーの先生が三人来て、みんなの意見やそのときの気持ちを聞きながら、“事件”の振り返りをした。

彼は、恋焦がれていたフルート演奏者の彼女に何度告白しても、ふられっぱなしだった。それが主な引きがねだったらしい…、彼女を殺し、自殺すると以前から身近な友人に言っていたらしい。その日の朝、ライフルを車に入れていることを知ったクラスメートが、授業の直前に、彼女とクラスメートに伝え、みんなトイレに隠れていたそう。もちろん、遅刻した私はそんなこと知らないで、のこのこと一人で音楽室に。

その時、生まれて初めてライフルを見た。それも、弾の込められたライフル。

その日、バンドの授業をとっている生徒たちの親へは、学校から直接、連絡が行き、数時間後に学校に迎えに来てもらい、クラスメートは全員帰宅。

私の場合も、心配そうに「アメリカのお母さん」が仕事を早退して、迎えに来てくれた。しばらくすると、日系人の牧師さんが家に戻っていた私に日本語で電話をしてきてくれた。牧師さんは、近所に住んでいる日系人の老夫婦に連絡してくれた。その日の午後は、その日系人のお宅へ行って、日本語でおしゃべりをしてきました。

みんな、とっても心配してくれた。でも、ライフルの怖さを知らない私には、みんなの過大な親切や思いやりがとても不思議に思われた。みんなが私のことを心配する理由を一生懸命に理解しようとしていた私もいた。(だって私は全く怖くなかったし、危害を加えられなかったんだから…、人一倍に怖がる理由はなかった。「もし、彼が引き金を引いていたら…」ということは、その場にいた私は考えなかった。考えたくもなかったんだと思う。そして、「彼は誰にも危害を加えなかった」ということが私にとってはとても大事な事だった。)

次の日も、バンドのクラスには、カウンセラー3人が来た。そして、いろいろなことをみんなで話し合った。一番印象に残っているのは、フルート演奏者の彼女の心のケア、彼女とクラスメートとの関係、そして、トランペット演奏者のケアについてだった。彼女が悪いんじゃないということ、心が病んだ人こそ仲間の支えを求め、必要としているということ、誰もが「トランペット演奏者の彼」になり得る可能性はあるということ…などなど。その年の卒業式には、(少年院へ行ったのか?または問題行動を起こした学生が行く高校へ行っていたのかもしれない、その部分は私は全く知らないし、覚えていない)、彼はみんなの卒業する姿を見に来てくれた。みんなが彼の姿をほほえましく思い、向かい受け入れていたことも、印象的で心温まる光景だった。

このことを思い出すたびに、運が良かった、「無知でナイーブで無防備な私」でよかった、と思う。彼が引き金を引かなかったのは、たまたま運が良かっただけかもしれない。私の精神や心を救ってくれたのは、「無知でナイーブで無防備な私自身」だったと思う。ライフルの怖さを知っていたら、ライフルを抱え真剣なまなざしをして、それを突きつける彼と隣りあわせでいた時間を経た私は発狂していたかもしれない。(良く考えてみると、自分が実際に経験したことよりも、周りの人々の動揺や不安や心配する様子のほうが私に与えた影響は大きかったと思う。)

でも、もしまた同じ様なことがあったら、今度は「無知でナイーブで無防備」な私ではないから、どうなるかわからない。運命はいたずらっ子だ。また、良い運にめぐり合えますように。
**********************
今、国会で審議されている「少年法」や長崎市長殺害のケースやバージニア州の大学で起きた最近の事件を聞いた時、ふと、過去の小さな小さな出来事を思い出した。

**********************
伊藤一長 長崎市長、どうして、今、命を奪われなくてはならなかったのか…やるせない思いです。ご冥福をお祈りいたします。どうか市長の志を一人でも多くの人たちが引き継いでいきますように。

また、バージニア州の大学で命を失った方々、その家族や友人の皆さん…。気が狂うほどの悲しみや恐怖に陥っている人もいることでしょう。どんな言葉も…軽く感じてしまい、只、只、皆さんの心に平安を…と祈るだけです。
スポンサーサイト

≪ Mejaホーム東京ヒルトンとクリスピークリームと高島屋・東急ハンズと都知事選と・・・ ≫

Comment

るるどさんも、そんなこわい目にあったことがあったのですね。人は、失恋とか、自分の感情を処理しきれないことはきっとある。そうしたときに、破壊力の大きな武器が手じかにあることは、やっぱりまずいと思います。

うみぼうずさん

コメントありがとうございます。

狩を目的としたライフルはそんなに恐れることはないと、言われたことがあります。ピストルのほうが怖いと・・・。

なぜか、あまり怖い目にあったという感覚は残っていません。周りの人たちの様子から、あれは怖かったことだったんだなあという感じです。

そうですね、やはり日常の生活の場にピストルやライフルがあるのは??どんなものかと。私は持ちたくありません。家には銃は置きたくありません。

アメリカでは、夫婦喧嘩で・・・とか、子供が親の銃を見つけ、隠れて遊んでいて・・・とか・・・、銃が引き起こす悲しい事故が耐えないようです。

コメントの投稿

 
管理人にのみ表示する
 

Track Back

TB URL

Home

 

プロフィール

るるど

Author:るるど
好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

email: mariaatlourdes@hotmail.com

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。