るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2007/03/27

『こうちゃん』

須賀敦子さんの作品のひとつに『こうちゃん』があります。

「あなたは こうちゃんに あったことが ありますか。」という書き出しではじまる作品です。

誰もが心の中に、多かれ、少なかれ“こうちゃん”を“持っている”ような気がします。

そのお話の中で、特に惹かれる部分があります。

「その夜、仕事がおわってから わたしは ある哲学者にあいました。そのひとは、なんさつも むづかしいことばの ぎっしりつまった本をかいた人でした。用件をおえて 私がかえろうとしていると、そのせんせいは、さて きかせたいことがあるというように、さいきん こうちゃんに会ったはなしをしはじめたのです。『こうちゃんという存在はおもしろい。俺は何時間にもわたって議論してみたが、ことごとく俺の意見に賛成しておった。』こう云って、このゆうめいな哲学者は 満足げにわらうのでした。 

暗い道を疲れはててゆく私の心は、けれどなにかくしゃくしゃに なったようなかんじでした。

こうちゃんとあの哲学者というかんけいがどうしても腑におちぬようなきもちだったからです。存在、議論、意見、賛成、どれひとつをとってみても、およそこうちゃんとは えんのないことばのようにおもえたからです。こうちゃん、あなたは もうわたしにはわからぬ、ずっととおくのほうへ行ってしまったのだろうか。こうちゃん、とうとう あなたまであのむづかしいことばの世界にのみこまれてしまったのだろうか。私は泣きだしそうなつらい気持ちで つめたい夜のなかを ひとりあるいてゆきました。

・・・そんなに あるきつづけたのです。もう町はとうのむかしに すぎてしまって、とうとう野のはての地平線が うっすらと乳いろにあかるんできました。ふとみると、わたしのすぐまえをこうちゃんのさびしい影が ひとりあるいてゆきます。よっぴて歩いていたらしく、気のせいか、足をひきずるようにしているのです、なにか、たまらないきもちで うしろから、『こうちゃん』とよびかけると、私の胸むねにとびこむようにかけてきて、なきじゃくっていうのでした。

『だって あんまり じょうづにしゃべるんだもの。ぼくなにも云えなかったんだ。』

こうちゃん、それでも わたしたちは まだちからを出して 地にひざまづき、あかるくもえる炎の小花をつまねばならぬのではないだろうかと、あの濡れた 霧のよあけ、泣きじゃくるあなたのあたたかさをみにかんじながら、私には、はっきりと そう思えたのでした。」

追悼特集 須賀敦子~霧のむこうに(KAWADE夢ムック 文藝別冊1998年)(p.59-60)
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