るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/10/16

『身分保証』について

日本に帰ってきて、職に就き、職場の上司に言われたことがある。
「日本は『所属』や『身分保証』が大切だから、きちんとしておいたほうがいいわよね」と。

突然に、『所属』や『身分保証』が大切だと言われても、「はぁ~、そうなんですかぁ」としか思えなかった。

いろいろな会へ参加すると「所属と名前」を聞かれる。それはそれでいいのだけれど「あれっ?!ちょっと待てよ」と思ったことがある。ある組織に所属する人の意見は、その人に属するのではなく、その人の所属先の意見として扱われることが少なくないということ。それに気づいてからは、公の場で意見が言いづらくなった。

              ********

職から職へと転々として、不安定なひぐらし生活を送っていた友人が、今月ある会社に『正社員』として入社した。20代後半の友人はすでにご両親を亡くしており、唯一の身内はお兄さん。でも、お兄さんとは犬猿の仲で、ご両親のお葬式にも顔を合わせたくなかったというくらいの関係らしい。正社員になるために『保証人』のサインが必要だったので、嫌だったけれど、お兄さんに頭を下げてサインしてもらったと言う。

正社員になった友人のことを、仕事関係の人に話すと「『身分保証』がちゃんとできて、良かった、良かった」と言われた。

友人が仕事に就けて、収入が得られる(家賃を払える、食費を稼げる)ことが良かったのではなく、「『身分保証』が得られて良かったね」という反応を耳にした私は「この人まで、そんなこと言うんだなぁ」と日本での『身分保証』の大切さを再度確認させられたような気がした。

            *********

現在、日本では、賃貸のアパートの契約を交わすときに必要な『保証人』がいない人のために、代わりに『保証人』になる会社があるという。もちろんお金を支払わなければ『保証人』にはなってくれない。『保証人』として機能している間はず~っとお金を支払い続けるようだ。毎月、一万円で『保証人』を買うようなものなのかぁ。

なんか変だと思う。

この国では、「私という人」に『保証人』がいないと、「私という人」は信頼してもらえないないのか。『保証人』というのは金銭面で保証するという意味がほとんどであるような気がする。その人の信頼性や能力の保証ではなく、金銭的に連帯保証するという意味合いが多分に含まれているような気がする。

            **********
  
今、一人っ子が増えている。一人っ子の男性と一人っ子の女性が結婚して、子供一人を生み、育てる場合。その子供には、両親がいて、両親の親がいたとしても、兄弟姉妹やいとこはいないし、おじさん、おばさんもいないことになる。

遠い親戚と関係を持っていれば、いいかもしれないけれど。

その子が大きくなり、万が一親が亡くなってしまったら、職に就くとき、アパートを借りるとき、家を購入するとき…等、一体、誰が『保証人』になるのだろう。保証会社なのか。人間関係や信頼関係まで、お金で済ませろというのか。

            **********

組織や社会に対して、「この人は保証された人です」というものを示さなければ、ひとりひとりの人間は、この社会の中では信頼もされない存在なのか。

正社員になることで、この社会の中で通用する『身分保証』がはじめて得られるとか、なにをするにも『保証人』が必要だとか、この日本社会の「常識」が、ちょっと変だと思うのは私だけだろうか。
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≪ いじめホーム言葉 ≫

Comment

身分,保証,資格制度….
あなたは誰かということを疎かにしがちな最近の日本だと思います.
それは昔からなのかもしれませんが.

責任転嫁の体質は,いじめそのものだと思いました.

sunさん

コメントありがとうございます。

「あなたは誰か」「私はだれか」「あなたとわたしの関係」って社会的動物である私たちにとってとても意味あることなのに。アイデンティティーや人間関係が形式的、表面的、金銭的によって処理されていることがあり、さびしく感じることが少なくありません。

責任、痛み、攻撃の対象が弱いもの、弱いものへと転嫁されていく今の社会の構造は、まさにいじめの構造そのものですね。

孤高

「何にも依らない」(もちろん生きていくための
「お金」を得るために便宜上、何かに所属したと
しても)ということは、とても気高く、しかし
想像以上に、この国では容易いことではない
ですよね。。。


「保証人」欄って、ホントあれ何なのですかね・・・

私たち、持ちつ持たれつの関係の中で、生かされているんですよね。

「保証人」欄・・・嫌ですね。何なんでしょうね。昔から違和感を持っています・・・。身内が保証人になるというのが暗黙の了解のようなところも疑問に感じます。別に家族でなくても、友達でも、先生でも、近所のおばさんでも、おじさんでも、会社の上司でも、同僚でも、誰でも何らかの関係のある人に気軽に「サインしてもらえますか」といえるようなシステムに変えたほうがいいと思う。(心のそこでは、本当はこんなのなくなればいいと思う・・・。)

人が人を信頼するのに「保証人」なんていらない。人に対する感覚を研ぎ澄ませればいいだけだと思ってしまう・・・。裏切られたら、それはそれでしょうがない。もうちょっといさぎよく生きられないものかなぁ。社会の限りのない保身の姿勢に、萎縮させられてしまいそう。

外国人労働者がアパートを借りるのは大変です。保証人がいないから。それで足元を見られて、高い賃貸料をふっかけられたりします。私が今の職場に非常勤として勤めるときでさえ、保証人のサインを要求されました。るるどさんの最後の3行に共感いたします。

starstoryさん

コメントありがとう。
今、盛んにフィリピン人の介護労働者を増やすといっていますが、外国人の人たちの日本での生活の基盤の整備をせずに、「外国人労働者」を増やしても、外国人の労働者もいい迷惑ですよね。

「保証人」制度の見直しというか・・・日本人の意識改革というか・・・何が必要なんだろう。

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