るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/09/01

「場」づくりの必要性

今の世の中の流れにとても強い不安を感じる。インターネットで一人ひとりが密につながっているような気がしても、情報が自由に行き来しているような気がしても、所詮、ネットでのつながりは巨大組織(電話・通信会社やプロバイダー会社等)に依存して成り立っている。「限定された対象者だけにサービスを提供することにしました」「ネット上のすべての情報は、公開される前に一度確認されます」「不適正と判断された情報は公開されないこともあります」となったら…。ちょっと怖いことになる。ネット上の世論の形成や情報のコントロールなんて、とても簡単にできてしまうんだ、ネット上のつながりは案外脆いのかもしれないと考えるたびに、鳥肌が立ってくる。

あまりテレビを見ないのだけれども、昨夜数分間テレビをつけていたら安倍さんが靖国参拝のことについてコメントしていた。靖国参拝と外交との関係について触れていたが、参拝するかしないかまったく言わない。自分の意見を言わない。「この人は限りなく秘密主義者なんだろうか」と思わせるようなコメントだったので、ぞっとして鳥肌が立ってきた。彼のような人が首相になったら、何も言わずに水面下でいろいろなことを計画し、自分の計画に沿うような情報だけをどんどん流していくようなこともあり得るかもしれない。時の権力が、巨大メディアに依存している多くの人々をコントロールすることは難しくないことだろう。

上記のようなことを考えるたびに、「場」の必要性を切実に感じる。人々が直接、顔を会わせられる場。人々がネットに依存しなくでも集まれる場。停電しても集まれる場。情報を流し受け取れる場。人々が思いを語り合うことができ、意見を交換できる場。笑いや涙を共有できる場。助け合いのできる場。隠れ家にもなり得る場。安心して集える場。それは、喫茶店でも、美容院でも、診療所でも、学習塾でも、作業所でも、集会所でも、農家でも、雑貨店でも、民家でも、デイサービスでも、会社でも、どんな「場」でもいいと思う(できれば「権力や行政の息のかかっていない小規模な場」)。 人が集まり、互いの顔が見える「場」が必要だと思う。そんな場が各地に点在し、その点と点がつながることができれば、ネット上の情報が権力にコントロールされても、ネット上のつながりが途絶えてしまっても、人々はつながっていられる…。
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