るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/07/15

夏祭り

今週末はわが町の夏祭り! 小さい頃からおみこしをかつぐことが大好きなので、おみこしを見ると血が騒ぎ、体がうずうずしてきます。

さらしを体に巻いて、お祭りのはんてんを着せてもらい、お化粧をしてもらえるので、1年間363日がこの2日間のお祭りの為にあるくらいに、待ち遠しかったです。みんなで大きな声を出して、汗だくになっておみこしをかつぐことを一度味わってしまうと、やみつきになり、忘れられないものです。食べたり飲んだりの休憩も楽しみの一つです。

小学生の低学年の時は、大人みこしの上に乗せてもらい、かついでもらうのが夢でしたが、あっという間にこんなに大きくなってしまい、今となってはかなわぬ夢です。この念願の夢が、かなわぬ夢になってしまったと気づいた時のがっくりした気持ちは、なかなかわかってもらえないだろうな。

中学校の時は、お祭り明けの月曜日には、肩にはあざ、喉はガラガラ、声は出ない、そんな風にして登校したこともありました。それもよき思い出です。

今年は体調がすぐれないので、道の端で見学です。来年の夏はかつぎたい!ともうすでに今からわくわくしています。最近はかつぎ手も足りないようなので、重宝されるかもしれないなぁ。力と声の大きさだけは負けないぞ~。

ちまたでは「まちおこし」「まちおこし」と声を高くして崇高な理念ばかりが叫ばれているけれど、これこそ、まちおこしなんだと、お祭りびいきの私は思う。


<7月16日お祭り後 追記>
今年は、特に、お祭りの終え方にとても違和感を持ちました。後味が悪いお祭りで、悲しい気持ちで夜道をてくてくと歩いて帰ってきました。

お祭りの終わる1時間前から、30~40人の警察官が交差点の中央に立ちはだかり、威圧的な雰囲気をかもし出していたのです。

さらに、「露天商は早く片付けに入ってください!もし10時までに路上から立ち退かなければ、来年の出店の許可は取り上げです!」という大きな威圧的な男性の声がスピーカーを通して、お祭りの終わる一時間前から5分おきくらいに響き渡ってきました。そんな威圧的な大きな声が(北朝鮮の方に失礼なのですが・・・、北朝鮮の男性のニュースキャスターの声と同じようでした。)、牧歌的に楽しんでいる町の夏祭りの中を響きわたるのです。これは以前なかったことです。

お祭りの牧歌的な雰囲気とは、あまりにも異なり、恐ろしく感じました。事件や事故があったわけではありません。昔からお祭りには、警察官の姿は見られました。でも、これほど多くの人数の警察官をみたことがありませんでした。また、今年は一番目につく場所を陣取って二日間のお祭りを、テントの下で腕組みをして監視していました。

警察官は、まだ終わるまでに30分以上もあるにもかかわらず「もうおみこしはここにはいません。もうおみこしは戻りました。もうおみこしはここへは来ません!今年のお祭りは終わりです!!!!」と叫ぶのです。そんな叫び声が上のほうに取り付けてあるスピーカーを通して、広域に響き渡るのです。とても悲しかったです。子供たち、若い人たち、大人たち、おじいちゃん・おばあちゃんたちも、まだ、たこ焼き、カキ氷、あんず飴、お好み焼きなどいろんなものを売っている露天商の前に長い列をなして待っているのです。そして、歩行者天国の路上には、多くの人たちが浴衣やはんてんやじんべいさんを着て、ぼちぼち歩きながらお祭りの雰囲気を楽しんでいるのです。それなのに、警察の威圧的な声が町に響き渡るのです・・・。そして、30~40人の警官が威圧的に群れになって交差点の中央に出て、いかにも「言うことをきかないと取り締まるぞ」という雰囲気を放ちながら、立っているのです(警察官は、その周りや、他の場所にもたくさんいました)。

スピーカーからの警察官の大きな声や大勢の警官の姿は、人々を道の隅のほうへ追いやりました。みんなばらばらと散ってしまいました。まだ、10時前なのに、人々が警察権力に追いやられるようにして、お祭りが終わるのかと落胆していると・・・、向こうの方から大きな声が聞こえ、おみこしが見えて来ました。9時40分頃、灯のついた堤燈を持って大勢の人たちが群れになって、まちの中心に戻ってきました。おみこしを担いでいる人たち、その後ろをついて歩いている多くの子供たちや大人たち、そんな人々の群れが、警察の群れに対抗する「人心の救い」であるかのように見え、うれしくて、うれしくて、目に涙がいっぱいになってしまいました。

警察の威圧的な声や露天商に対しての脅し声で、昔からの地元のお祭りを終えたくなんかありません。

お祭りは、そこにいる人たちによる締めの一声と手拍子で終えたいものです。

警察の影響力が増している今日この頃、人々の心は、このようにじわじわと荒らされていくのでしょうか・・・。
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≪ 一未復員兵からの話ホーム生活保護について 日常生活の一場面 ≫

Comment

・・・。
牧歌さの消失は本当にせつないです。
私は、原因は警察官ではなく、それを動かしている
「近代化のマイナス面」だと思いました。
(もちろんプラスの面もあり、近代化自体を
否定しているわけではありません。)
近代化=ヒステリックな管理体制みたいなものが、
表裏一体で、あると思います。
牧歌さや、良い意味での「いいかげんさ」が無くなり、
何でもキッチリとする、みたいな。
(もしお祭り中に事故が起きたら、間違いなく
当日の警察の体制に非難が飛ぶご時世。
また、「『○○時まで』と決まっているのに、なんで
警察は取り締まらない!」とかいう人間も
もしかしたら増えており、なんか「共同体」みたいなものが
無くなっているのかもしれません。)
そのことは、例えば「福祉の現場」でも言えると思います。
(個人的には、この7~8年で変わってきたように感じております。)
もちろん良い面もあります。それは事故が少なくなるとか、
人権をきちんと尊重するとかです。
ただし、その分、なんか「人情味」というか、「おおらかさ」が
無くなったみたいな・・・?
(そう、「おおらかさ」がキーワードな気がします。なんかカリカリしているような・・・。)
まああくまで「主観」ですが・・・。
でもなんかせつないのだけは確かです。

またそれはどちらが正しいとかでは(もちろん)なくて、
今生きている人間がどちらを選ぶかという
ことなんだと思います。
どちらにも(当たり前に)メリットとデメリットの両方があり、
その上でどっちを選択するかなんですかね。

長々とすいません・・・。

fumohさん

コメントどうもありがとう。
とても私的な覚書を読んでくれてありがとう。
自分の感覚を周りの人となかなか共有できないので、ついつい想いを込めて書いてしまいました。

過度の管理体制は近代化の弊害なのでしょうね。警察ばかりをせめることではなかったのかもしれませんね。

まさに「いいかげんさ」が許されなくなり、「共同体」的意識も薄れています。「おおらかさ」なくなり・・・。福祉の現場は上記のキーワードで保たれてきたようなものなのに・・・。日本の福祉はこれからどうなってしまうのでしょう。零れ落ちる人や何処にも当てはまらない人たちがたくさん出てきそうです。今まで、そんな人たちは、日本の福祉の「いいかげんさ」「あいまいさ」「共同体的意識」「おおらかさ」に救われてきていたのだと思います。

近代化や管理が正しいとか間違いだとか、決め付けることはできませんが。私は、おおらかさやいいかげんさ(言葉を変えれば柔軟性)の許される社会がいいなと思います。バランスが大切なのかもしれません。

人を大切にする社会、自然の恵みをないがしろにするのではなく、生かす社会であれば、どちらでもいいのではないかと思います。

とても共感します。でも人々の側にも「権力」によって手っ取り早く取り締まってほしい、そうやって「秩序」を回復してほしい、と望む気持ちがあり、それが「町のお祭り」を「警察」によって管理させる動きを支えているような気もします。以前専任の学校教員だった時、生徒が通学路いっぱいに広がって歩いたり、空き缶をポイ捨てしたりする、と近所の人から学校に通報が入り、「お宅の学校の生徒をきちんと監督してほしい」とクレームをつけられました。一週間の間、教員が当番で通学路を立ち番し、道いっぱいに広がって歩いていないか、空き缶をポイ捨てしないか、見張ることになりました。「なぜポイ捨てを見た近所の人がその場で子供をいさめないのだろう」と思いました。「そんなことおよし。缶につまずいてころんだらお爺さんお婆さんが大怪我をするかもしれないだろう?」と近所の人が自分の言葉でいさめてくれたら、ずっと生徒たちの心に届くのに、と思いました。

starstoryさん

コメントありがとう。その通りですね。
そのような理由で、先生が子供たちの行動の監視役になる立場に置かされるなんて、想像できるけど、なんか変。starstoryさんのおっしゃるように、地域に住んでいる人たちが直接、子供たちに接して、注意したり、話したりしたほうが、子供たちの為にもなりますよね。
規則だからゴミは捨てちゃダメ、と言うよりも、「こんなことをしたら、この辺に住んでいる人たちに迷惑がかかる」ということを学ぶチャンスでもあるのに・・・。そのほうがよっぽど社会的動物である人間らしい学びのような気がします。

最近、人と人の間に不信感ばかりが募っているように感じられます。

(starstoryさんとるるどさんの会話の間に
入ってしまいついません)

starstoryさん、私も

>でも人々の側にも「権力」によって
>手っ取り早く取り締まってほしい、
>そうやって「秩序」を回復してほしい、
>と望む気持ちがあり、それが「町のお祭り」を
>「警察」によって管理させる動きを支えているような
>気もします。
に同感です。
地域と学校のエピソードにも共感です。

るるどさん、
ホント「ルールだからダメ」という説明ではなく、
そういったことを学ぶ機会ですよね。
「ルールだから」なんて、一番、子どもがかえって
反発したくなる説明ですし。

るるどさん、この記事に触発されて考えたこと、記事にしました。トラバさせていただきます。いつもありがとう。

fumohさん

コメントも会話も大歓迎です!

「ルールだからダメ」と言われると、つい反抗したくなる気持ちが出てきたりする場合もありますよね。私なんか天邪鬼だから・・・。そんな風に教育されたら・・・大変!!

starstoryさん

こちらこそ、どうもありがとう。

TBがうまく届いていない様子ですので、そちらに伺ってゆっくり読ませていただきますね。

私もひねくれているので、たぶん反抗しています(笑)

fumohさん コメントありがとう。

fumohさんもでしたか!ひねくれてると損したり、大変なこともあるけど・・・。しょうがないよね性分だから・・・。でもマイペースで人生歩めていいよね。

しょうがないですよね(笑)
でもるるどさんも「でもマイペースで人生歩めていいよね」と
書いてくださったように、良かったと(自分では)
思う部分もあります。
まあ一長一短なんですけどね。
(物事すべてそうですが。)

※今日気づいたのですが、(今日ですいませんっっっ!)
 「リンク」ありがとうございます!!!
 なんかすいません。うれしいです!
 私の方にもぜひリンクをはらせてください!

fumohさん

そうですね。物事すべて一長一短・・・。
何がよくて、何がよくないかは時間が経ってみないとわからないことも少なくないし。世の中わからないことだらけ。だから面白いのかもしれないけれど。

リンクはブログに直接ではなく、あいむあらいぶ!のほうに張らせていただきました。
リンクを張ってもらえると私もうれしいです!

ありがとうございます!!


>リンクはブログに直接ではなく、
>あいむあらいぶ!のほうに
>張らせていただきました。

その方がうれしいんです!
ありがとうございました!!

fumohさん、コメントくださったこと、たった今気づきました。ありがとうございます。るるどさんのブログをとおして会話が広がってうれしく思います。私も訪問させていただこうっと。できるかな?

fumohさん
どういたしまして。

starstoryさん
いろんな場で、いろいろな人たちとの交わりやつながりができることはうれしいことです!

starstoryさん
こちらこそありがとうございます!

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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