るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/07/04

ひとりぼっち

いじめられてから、学校を休みがちになっている
特にやりたいこともないし、将来の夢もない
軽度の障害を持っているから、なかなかみんなと同じペースで動くことができない

一人っ子で、兄弟はいない
親も一人っ子、だから、ぼくにはおばさんもおじさんもいない
唯一、両親以外の身内、おばあちゃんは老人ホームにいる
みんな自分のことで精一杯、みんな忙しい

ひとりで家にいるぼくに、親切に時々電話してくれる級友がいる
授業中にとったノートを見せてくれたり、外出に誘ってくれたり
初めて誘いにのったときは創価学会の先輩と一緒に来て、学会への入会の勧誘だった
勧誘のノルマがあるみたいだ
別にぼくでなくても、会員になる可能性のある人なら誰でもよかったんだ・・・ちょっとがっかりした

そういえばよく電話してくれるときは選挙前だ
公明党に一票入れてくれとの電話
投票日には一緒に食事して、車で行こうと言ってきた

創価学会になんて入りたいと思ったことなかったけど、
学会員になろうかなと最近考える

一人ぼっちになりたくないから・・・
**************
上記のようなことを、ある若い人がため息をつきながら、寂しげに語ってくれた。私が悲しそうな顔をして聞いていると、そんな深刻なことじゃないからとでも言ってくれるように、つくり笑いをしてくれる優しさが痛々しかった。

「ひとりぼっち」にならないためには、自分のしたくないことでもやってしまう人が少なくないのかもしれないとふと思った。「ひとりぼっち」になる恐怖を利用して、人心のコントロールをすることはたやすいのかもしれない。

末端にいる一人一人の心を利用して組織を拡大し、上層部の力を増大しようとする動きに恐怖感を覚えます。

魂の救済や真実の希求や人間以上の何か偉大な力への敬意を示す宗教ではなく、邪心にまみれた人の組織の構築・維持・発展が第一の目標であるかのような“宗教”組織の動きが、ますます活発になってきている今日この頃。このままでは、一体どうなってしまうのだろうと不安になる。人間とは洗脳される存在なのか、ふとそんなことさえも考えてしまう。
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≪ ブログの可能性 一人ひとりの声ホーム岡倉天心 ≫

Comment

なにかコメントしようと思って、たびたび覗いて読み返しているのですが、何をどうコメントしてよいのか、なかなか思い浮かばなくて...。
>人間とは洗脳される存在なのか
そんなふうに思えてしまいますけど、そんなふうに思うのは悲しい。
「ひとりぼっち」に耐えられるのかどうかは、その人がどれほど「無償の呼びかけ」を受けたのかによるのかも。

愚樵さん

コメントどうもありがとうございます。
「なにかコメントしようと思って、たびたび覗いて読み返しているのですが、何をどうコメントしてよいのか、なかなか思い浮かばなくて...。」 どうもありがとう、そのお気持ちがとても嬉しいです。感謝!

きっと日常の生活の中でも、私の周りにはそんな風に私のことを思う人たちがいるんだろうなとふと感じ、一人で苦笑いしてしまいました。

「無償の呼びかけ」は希少価値がありますね。 この世の中でそれがどれだけ可能なのでしょう。「無償の愛」や「無償の呼びかけ」を体験しながら育ってきた子供たちは、人を信頼するということを体で覚えて大人になるのでしょう。

人の寂しさの「隙間」をついて、利用する宗教には、
あくまで私個人がですが、抵抗を覚えます。


※不適切な場合、及び迷惑をおかけすると判断された場合、
 お手数ですが、削除をお願いいたします。。。

fumohさんへ

コメントどうもありがとうございます。

「人の寂しさの「隙間」をついて、利用する宗教には、あくまで私個人がですが、抵抗を覚えます。」 同感です。

「宗教」という名の隠れ蓑を使って、組織的な「野望」がのさばるっているような気がして、世の中を見渡すと、ちょっと怖いなと感じることも少なくありません。

全く、不適切でも迷惑でもありません。異なる意見でも共感するコメントでも、いろんな想いや考えを聞かせてもらえることは嬉しいことです。

ありがとうございます!

fumohさん

どういたしまして。また来てくださいね。

まとまらない感想なのですが、こういう人間の心の襞の部分、とくに「それを悲しそうに聞いている私に、そんなに深刻じゃないからと作り笑いしてくれるのが痛々しかった」というような、なかなか言語化しえない部分、「アピール」に直結しない部分、こういう「心の襞の部分」を発信していくことは、ブログにしかできないのではないだろうか、と思いました。

starstoryさん 

コメントどうもありがとう。
人と人との関係の中では、その間にある見えないものが、人間のつながりにおいて最も大切な部分なのかなと思うことが少なくありません。見えなくて、言葉で表現しにくいもの、でもその関係の中にいる人たちにとってはとても大切なもの。

その部分に多くの人たちが光をあて、言葉で表現したら、人々は繋がっているという感覚をもっと実感することができるのではないのでしょうか。

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