るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/06/09

私の出逢ったホームレスの君 II

あのホームレスの君に何があれば立ち直るきっかけが出来たのか・・・といろいろと考えてしまう。

これがあれば良かったかもしれないと考えることの一つとして「場」や「居場所」がある。

・雑居的で敷居の低い場
・彼の悩みや苦しみもそのまま受け止めてくれるような場
・彼が彼らしくいられる場
・治療を必要とする場合、病院に紹介し、治療入院の後、戻ることのできる場
・人間的な弱さが絆となって、人々とつながれる場
・彼が何らかの役割の取れる場 
・彼をあたたかく迎え、彼を必要とする場
・彼が安心していられる場
・つながりを通して、他の人の苦しみを垣間見ることのできる場
・彼らしく生きることを支えてくれる人たちのいる場
・彼を色眼鏡で評価することのない場
・多様な人々との出会いのある場
・多様な価値観が雑居する場
・彼の苦しみさえも意味があって、無駄ではなかったと思うことのできる場
・いろんな生き方・あり方を肯定する場
・通気性や流動性のある、いろんな動きのある縛り付けのない場
・人間だけでなく、いろんな生物(植物、動物等)のいる場
・その場を拠点として広がりのある動きがとれたり、つながりを持てる場
・・・

こんな場があればよかったと思う。

(日本であったら、行政の手垢のついていない精神障害者の生活支援センターのような所が、そんな「場」に一番近いのかなぁ・・・。障害者自立支援法などでどうなるかわからないけれど・・・。)
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≪ 『ラダック 懐かしい未来』ホーム私の出逢ったホームレスの君 ≫

Comment

地球全部が、こんな愛あふれる「場」になれたらいいですね・・・

ユダヤ人の彼は、たとえ匿名でも、るるどさんと知り合い、話すことによって、何らかのきっかけになっていると思います。
だってね。もう2度と会うことのない人に、誰にも離したことのない自分のこころの闇の部分を話してしまって、以外にもすっきりして前に進めるってこと、結構あるみたいですから。

ゆるねねさん

コメントありがとう。
もっと優しい場や愛のある場が増えればいいですよね。そうすれば病む人も自殺者も減ると思います。きっと一人ひとりが寛容になり、自分と違う人を理解しようとすれば社会も変わってくんでしょうね。

今でも、あの方は今どうしているんだろうと時々考えることがあります。一番必要だったのは安心して生活できる場だったように思います。

アメリカでは当事者の人たちがとても元気なので、各地に当事者によるセルフヘルプの組織やエージェンシーがあります。この彼もいつか、そんな場所のひとつに流れつくかもしれませんね。そうだといいですね。彼は少なくとも、るるどさんと繋がることができたのだから。。。

かずみさんへ

コメントありがとうございます。

アメリカではセルフヘルプの組織がとても活発ですね。AAや女性団体や同性愛者たちなど、さまざまな活動を見てもそのような印象を受けました。去年バンクーバーへ行く機会に恵まれ、カナダにおいてのセルフヘルプの団体や組織の影響力の強さも印象的でした。日本はどうしちゃったんだろう・・・。

家族の限界と同じように、個人的なかかわりには限界が多く、できることが限られているような気がします・・・。やはり仲間たちと共に安心して集える「場」って大切なんだろうなぁ。

研究活動、大変なことだと思います。もし時間があれば、アメリカの精神障害者たちの当事者活動についても是非聞かせてください。よろしくお願いします。

当事者活動について

アメリカの当事者活動に興味がおありでしたら、下記のウェッブサイト(英語)がおすすめです。

http://www.californiaclients.org/

http://www.mindfreedom.org/

MindFreedomは家族の方でも参加することができます。

上記のウェッブサイトでは自称穏健派に属する当事者活動家の人達の声が聞けるのですが、彼らの関心事は次のようにまとめることができるかもしれません。

1.あらゆるレベルでの自己決定権(自分達の治療は自分達で決める)の確立
2.精神病を「脳の病気」という単一的な理解から開放すること
3.従来の精神科医療(薬物療法、電気ショック療法等)に代わる治療法の促進

ところで、上記の二つのグループが穏健派というからには、当事者グループも急進的なグループから保守的なグループへと考え方は様々に異なります。そのことについてはまたの機会に書きますね。

かずみさん

アメリカの当事者活動についての情報ありがとうございます。上記のサイト、早速に見てみます。

2.の点に関して言えば(私の個人的な印象ですが)日本では、精神病を「脳の病気」と言うにもかかわらず、脳外科や脳神経科の医師は、精神病を持つ人たちは私たちとは関係ないという姿勢を持つことがほとんどです。初めてそんな医師たちとかかわった時、「脳の病気」といいつつ、「脳の専門家」は関係ないという・・・医療界でも差別を受けている病気だという印象を受けました。日本では、脳の病気といわれると原因がわかったような気持ちになってほっとするというのを聞いたことがあります。実際はどうなんでしょう・・・わかりません。

お返事がたいへん遅くなって申し訳ありません。最近、身体の調子がすぐれないので、なかなかコメントを書くエネルギーがありませんでした。

医療界で起こっていることは、原因がはっきり分かる脳の病気は精神病とは呼ばれず脳外科や脳神経科等にまわされ、原因の分からない病気(?)だけが、ひとまとめに精神病と呼ばれ、精神科で対処されているようです。それだけ、精神病の実態についてはまだはっきりしたことは分かっていないのが実情だと思います。

心の病気を「脳の病気」と定義することによってほっとされる当事者の方がいらっしゃるのも真実だと思います。またその反対に、脳の病気と定義されることによって、医者や製薬会社の『支配下』に置かれることを拒む当事者の方達もアメリカには多くいます。

更に、私も含めてですが、心を単なる「脳」という機械として理解することに反発を覚える当事者も多くいます。心の営みは遺伝子や神経伝達物質だけで説明のつくものではないはずです。

結論として、まだ科学ではっきり解明されていない精神病と呼ばれるものを、単に『脳の病気』と言い切ることによって、金銭的に利益をあげている人々がいること、社会のルールに反する行為・経験が病気という名のもとにコントロールされること、適切な治療が受けられないこと、問題の根本解決になっていないことなどの可能性が大きいと当事者活動家の人達は言っているだと思います。

でも、前にも書きましたが、当事者の人達の間にも様々の考えがあり、私が書いたことはあくまで、私はこう聞きましたというぐらいに理解していただければありがたいです。

かずみさん

体調がすぐれないととのことあまり無理されないで下さいね。

丁寧なコメントどうもありがとうございます。

そうですね。日本でも、アメリカでも、何処でもひとり一人の病気についての考え方や価値観は違いますから、結論を出すのは難しいですね。

きっと、当事者・患者主体の医療が優先されるべきなんでしょうね。

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