るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/06/08

私の出逢ったホームレスの君

(海外で生活していたときにあったあることを、ふと思い出したので、書き留めておこうと思う。)

ある日、いつものカフェで珈琲を飲みながら書物に目を通していた。向こうのほうにギターを持ち、ぼさぼさの髪の毛をして、とても綺麗な目をした寂しそうな男性がいた。
目が疲れたなぁと思っていた頃、彼が話しかけてきた(どこの国にいても道を聞かれたりするから、誰が見ても私は親切そうに見えるのかも知れないなぁ・・・。)私もちょっと休憩しようかなと、見知らぬ彼と話を始めた、というよりもほとんど私が話の聞き役だった。

聞いていると、彼は生活の場がなく、バスでいろんな所を転々としているらしかった。ギターを弾いてもらって、その時は30分くらい話し、私は帰った。

数日後、その彼は、また同じ場所で珈琲を飲んでいた。そんなことを何度か繰り返しているうちに、顔なじみになり、いろんなことを話してくれた。そんな風にカフェでの見ず知らずの二人の会話は半年ちょっと続いた。

彼はユダヤ人。お父さんは医者。お兄さんは弁護士。弟さんは医者。妹さんがいて、お母さんは女優さん。彼自身も大学を出ている。年齢はきっと30代後半か40代前半くらい。家族の写真や手紙やなにやらいろんな物を見せてくれた。

付き合っていた女性たちの話もしてくれた。女性との関係でとても疲れきっていた様子だった。彼の容姿は女優だったお母さんにとても似ていて、際立って美形ですてきだった。特に、目を見ていると引き込まれていきそうなくらい魅力的で、写真のお母さんと瓜二つだった。素敵な女性たちが彼の容姿や雰囲気にのまれて、関係を持ち始めるのがなんとなく理解できた。でも、関係はみんなだめになっていた。実は彼はとても病んでいた、精神的に病んでいた。そんな自分とは向き合っていなかった。なぜ女性とうまく関係を維持できないのか、なぜつきあっている女性が、自分を捨てて、他の男性の方にすぐ行ってしまうのか理解しようとしていなかった。そして、ほとんどの女性は、ホームレスで定職がないとわかった時点で彼の元を去っていってしまった様子だった。

ある時、葉巻にして煙草を吸っているかと思えば、匂いが違う。そんなもの吸っていると、つかまるよと何度言っても、これは煙草だと言って、やめない。そのカフェは警察が頻繁に出入りしていたのに、堂々と吸っている彼が不思議だった。吸っていたら、もう話さないよと言ったら、それからは一緒に話している時はやめていた。でも、もう大分依存していて、自力でそれを辞めるのは無理そうだった・・・。やめたらお金だって節約できるのにと思った。わずかな貯金があったようだが、ほとんどそれにつぎ込んでいたように思う。

なんとなく彼が病んでいるのは、はじめて話した時に察していた・・・(行動や聞いた話から、薬物依存、PTSD、その他、DSMに記されているいくつの精神病の傾向が見え隠れしていた(個人的にはDSMを使って人を分類するのは嫌い、だけれど多くの専門家はDSMという枠組みからのぞいて患者を診る・・・いやだ、いやだ)。彼の生い立ちや経験を聞くと、病んで当然だと思った。そしてまた、ホームレスの生活は彼をもっと病ませ、追い詰めていった。自分の場所がないということは、24時間人の目に触れ、人や社会の目を意識しているということになる(日本のホームレスのように青のビニールテントでこぎれいな場をつくれない)。そして、その眼差しというのは、とても冷たい眼差し、社会のゴミを見るような眼差し、何でお前は生きているんだと訴えるかのような眼差し。鉄の棒で殴られなかったとしても、そのような眼差しは彼の心を打ちのめし、彼が持ち得た存在意義、自信、尊厳などすべて奪ってしまっていたかのようだった。

それから、いろんなカウンセリングや病院やその他の社会資源を使うように、具体的に電話番号を教えたり、一緒に行こうと誘ったが、あまり乗り気ではなかった。

唯一、試みてくれたことは、職探しと生活の場探し・・・。でも、生活の場をみつけたといっても、長期の契約を結ぶのが不安で、短期契約しかできなくて、いつも路上に戻ってきていた。安定した生活の場もなく、自信を喪失し、家族から見放され、人の眼差しを恐怖に感じていた彼は、仕事をみつけて、新たに気持ちを入れ替えて「今度こそは頑張るぞ」と働き始めても、一日、二日しか続かない。

お父さんとお母さんはもう何十年も前に離婚。若い頃、お母さんは女優さんで映画などにも出演していたけれど、年々精神的に病んでいった。一緒に生活していた妹さんも自虐的でくり返しの自傷行為を行ったり、重度の摂食障害に苦しんでいたという。お父さんと男兄弟は社会的にも成功している様子で、問題のある家族は厄介者のように扱っていたという話をしてくれた。一言で言えば、家族たちにしかわかり得ないくらい、山あり谷ありの家族の歴史があり、抱える課題の多い家庭の環境なのです・・・(もちろん彼の主観的な話。他の家族と話したら別の視点で家族について話すかも・・・)。

ある日、自分ひとりで頑張り続け、空回りばかりしている彼が理解できなくなり、無力と限界を感じた私は言った「助けを求めに行きたいと思えるコミュニティーや社会サービスはないの?」と。それを言った時には、家族、親類、友人、社会サービスセンター、教会等を利用して、いろんな援助を受ければ、それが立ち直りのきっかけになるかもしれないと思っていた。

そうすると、考えてもみなかった返事が返ってきた。「ぼくはユダヤ人だよ。ユダヤ人の弁護士、医者、大学教授、資産家などのコミュニティーや集まりはたくさんあるけど。ぼくのような負け犬があつまるユダヤ人のコミュニティーなんてないよ。ぼくだって、社会的な支援を受けようとして、いろんな所に電話をしたり、行ったりしたよ。そしたら、ほとんどみんな南アメリカ系のスペイン語を話す社会サービスセンターだったり、アジア人たちの社会サービスセンターだった。みんな仲間にはサービスを提供していたようだけど・・・。成功するべきのユダヤ人にサービスしてくれる人なんていないよ。僕にどうやって接して、何をしたらいいのか、みんなわからないんだ。僕はどこへ行っても、のけ者。居場所がないんだ・・・」と言った。その言葉が何よりも印象に残っている。今でも忘れられない。

そういわれてみればそうだ。彼は、知的な会話を好み、語彙も多く、綺麗な言葉を話す。社会的なマナーも持っていて、その文化社会において一般的に考えられているような社会サービスの対象者ではなかった。私は、心の病が彼をホームレスの道に追い込んでしまったのだと思った。そして、こころの病を隠す器用さがあったので、なかなか社会的な援助が受けられないでいるのかもしれないという印象を受けた。

なにが原因で、何がきっかけで、彼が心の病になり、ホームレスになったか私にわかるすべはない。多くの要因があるのだと思う。彼が今だに脱することのできない大きな傷を負わせてしまった過去は、なんであったのかと考えると、それは、大学時代に大恋愛した同級の女性との数年の同棲生活の後の別れ、そして、まだ彼の愛していた彼女が他の社会的地位のある年上の男性と結婚してしまったこと、のような気がしてならない。それ以降、自暴自棄になって生きているような気がする。人間は、他人から見るとちょっとした出来事によっても、レールを踏み外してしまうことがあるから・・・。

それからも、カフェでの会話は続いた・・・。

ところが、私は、ある日突然どうしても日本に戻らなくてはならなくなった。それからのことは互いに知る余地もない。互いが互いにどうしているのか全くわからない。私は彼の本当の名前を知らない。彼は人を信用していなかったから、本当の名前を言いたがらなかったし、私も無理して聞きだそうとはしなかった。(手紙や書類などを見せてくれた時も、名前だけは必ず隠していた。)彼は私の名前や生活のことは何も知らないというか、覚えていないと思う。自分の日々の生活のことで精一杯だったと思う。それに、薬物で気を紛らわしていたから、彼の意識はいつもどこか違う所にあった。今、生きているか、何処で何をしているかもわからない。お互いに知るつても、あてもない。

どこかで、心を開ける人と出会い、治療を受け、自分らしい人生を歩みはじめていてくれたら、私は嬉しい。とても嬉しい。彼は動物が好きだったようだから・・・、動物と一緒に、ギターを弾き語り、安心できる場で生活し、不安を感じることなく継続できる仕事についていればいいなと勝手に心の中で期待している私がいる。

(神様へ:いろんなことがあったけれど。私は自分の行いが今でも良かったか、間違っていたかわかりません。ここに書いたこと、書いていないことすべてを含めてご存知ですね。お願いです、どうか彼を助けてください。今の私に唯一できることは祈ることです。)

生きているといろんなことがあるなあ・・・。
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≪ 私の出逢ったホームレスの君 IIホーム不自由な社会 ≫

Comment

るるどさん、こんにちわ。私のブログにコメントを残して頂いてありがとうございます。

でも、ホームレスの彼いまごろどこにいるんでしょうね。。。

私の仕事はニューヨークとロスで重度精神障害と薬物依存をもつホームレスの人たちの社会復帰をお手伝いすることだったので、この記事が目にとまりました。

彼が今は自分の居場所を見つけていることを心からお祈りします。

かずみさん

コメントどうもありがとうございます。
リトルスカイのお家、時々お邪魔させていただきます。よろしくお願いします。

「ニューヨークとロスで重度精神障害と薬物依存をもつホームレスの人たちの社会復帰」のお手伝い、やりがいもあったと思いますが、大変なお仕事だったと想像します。VILLEGEなどとも協働していたのでしょうか・・・。機会があれば、是非お話を聞かせてください。

ホームレスの彼の実家は南カリフォルニアでしたが、彼はSFが気に入っていたようで頻繁に行っていました。元気でいてくれれば何よりです。

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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