るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/06/03

グループ

小さい頃から「グループ」が好きじゃなかった。
小学校低学年くらいまでは、みんな気の合う友達と遊んでいて、グループなんてなかった。

高学年になったら、グループづくりがはじまった。
「ねえ、るるど、私たちと一緒になんなよ」
「あのグループじゃなくて、私たちのところに来て」
「何であの子達のグループに入るの、私たちと一緒に遊ぼうよ」
あっという間に、いくつかのグループがつくられた。

私は、どのグループにも属していたようで、どこにも属していなかった。誰にもどのグループに属するとは言わなかった。あるグループに属してしまうと、違うグループの友達とはあまり話せなくなり、遊べなくなるからだった。そして自分たち以外のグループの悪口を言う。そんな暗黙のルールがあった。友だちと友だちの間にグループという壁をつくりたくなかった。

結局、どのグループにも属さないと、最終的には孤立することになる。
だから、残念だけれど、その頃の楽しい思い出はあまりない。

不思議なもので、グループに属している一人一人と個別にかかわると、とても楽しかったり、気が合ったりした。学校が終わってから、家で遊んだり、話したりすると、グループの壁は消えていた。そして、クラス全体で何かをするときは、当たり障りのない私を推薦し、学級委員長に選ぶ。 そんな時以外、学校ではみんな自分のグループに属し、グループの仲間だけで群れていた。そして、自分たちは特別だという目に見えない壁を、それぞれのグループがつくり、互いに距離を置いていた。そんな空気がいやでしょうがなかった。グループに属さない、属せないでいる自分が恨めしかった。属していても楽しくなかったし、属さなくてもひとりで寂しかった。どちらを選んでも望むものではなかったから、私にとってはとても居心地の悪いクラスの環境だった。

でも、そんな中でも、良い思い出が一つある。私がいなかった時、どこのグループにも属さないような風変わりな私をみんなの前でかばう言動をとってくれた子がいた、ということをいろんな子から後日聞いた。その子とは特別に仲が良かったわけでもない。私を守ることのメリットはその子には何もなかった。とても嬉しかった。その体験を通して、自分をわかってくれる人や「味方」は必ずいるものだと人に対して希望を持つようになった。よき理解者は、私が知らなくても、遠く離れているかもしれないけれど、どこかに必ずいてくれると思うようになった。その子とは、特別仲良くなったことはなかった。けれど、私の心の中では特別な存在になった。私が彼女だったらそんな勇気のある事は出来なかったと思う。

今でもグループに属して、人と人の間に壁をつくるのなら、一人でいたほうがいいと思う。人間は群れを成して生きる社会的な動物なのに・・・、こんな私はきっと早死にするんだろう。

人は生まれる時も、死ぬ時もこの体一つしかない。でも、生きている間、人間は一人では生存できないので群れを成し、組織をつくる。組織の力を強めるため、そして仲間の結束を強化するために、組織の壁を高くする。その組織が肥大した時、人間は自分たちの身の丈を見失ってしまうのかもしれない。人が人をコントロールできる、人が自然をコントロールできる、人がこの世を自由自在にコントロールできると過信してしまうのかもしれない。それが、権力闘争になり、戦争につながっていくのかもしれないとふと思う。(もちろん、戦争の原因は、それ以外にも多くあるけれど・・・。)
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≪ ルミホーム「共謀罪」 反対  ≫

Comment

はじめまして。
拙ブログをリンクに掲げてくださっていますね。ありがとうございます。こちらでも早速リンクを貼らせて頂きます。

るるどさんは、ひとりでいるのがお好きなようですね。けど
>人間は一人では生存できないので群れを成し
ます。そう、生存のためにです。るるどさんは、この「群れ」に抵抗感があるように思いました。「群れ」は壁を作るからでしょうか?
では、壁のない「群れ」があれば、そんな「群れ」なら好きになれるでしょうか? 
そんな「群れ」なんか、ありえないかもしれません。壁がなければ、そもそも「群れ」ではありません。でも、近頃思うんです。壁がない「群れ」を作らないと、人類は生存していけなくなるのではないか、と。

いきなり重たいコメントで申し訳ありません。こんな奴ですけど、今後ともよろしくお願いします。

おはようございます。
中学生の頃の女の子は「グループ」をつくりたがりますね。私のときも女の子達は「グループ」で行動してました。「群れ」に属さないのは、勇気のいることでしょうね。
国もある意味「グループ・群れ」かもしれません。そして群れが変な方向へ「世論」を作り国をわけのわからない方向へ導かないことを願うばかりです。

愚樵 さま

コメントどうもありがとうございます。
自然とのかかわり方が素敵だなと思いつつ、時々お邪魔させていただいていました。勝手にリンクをはってしまい、すみませんでした。こちらこそどうぞよろしくお願いします。

私は寂しがり屋なので、孤独は苦手です(だから、当時は辛かった・・・)。

「群れ」と言った時、羊の群れのようなものを想像していました。一人一人の意思とは関係なく群れる羊のようなグループづくりが当時ありました。

「壁がない群れ」とは領域を超えたつながりのようなものなのでしょうか。一人一人の意思によって持たれるゆるいつながり、そして何かあったときは団結するような。そんな、つながりが求められているような気がします。

CONSAMAさま

コメントどうもありがとうございます。
以前、「たけくらべ」の美登利と重ねて、自分の思春期のことを書きましたが、ちょうどその頃でしたので、子供の私にとっては大変な時期でした。グループで行動していなかった男の子たちがうらやましかったです。

ひとり一人の顔が見えない大企業や組織は「群れ」のようだなぁと思うことがあります。

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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