るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2006/05/15

日本では年間三万人を超える人々が自らの命を絶っているといわれている。
本当はもっと多いのだろう。
自らの命を絶った人の魂は何処へ行ったのだろうと、ふと考える。
成仏できずに、ふわふわとこの世界を漂っているのかなぁと考える。

自殺者の数も多いけれど、日本においての中絶の数も相当なものだと聞いたことがある。レイプされ、妊娠し、中絶する人もいる。生まれてくる子供が障害を持っているとわかり中絶する人もいる。経済的に子供を育てていくのは無理だという事で中絶する人もいる。中絶を避妊の一つの方法としている人もいるそうだ。人それぞれの理由がある。友達でも中絶した人がいる。彼女はしたくてしたわけじゃないけれど、その時の彼女には、それしか選択がなかったのだと思う。水子地蔵を見るたびに、日本にはこの世に生まれ出ることのなかった子供も供養される場があってよかったなあとつくづく思う。

死刑で命を失う人もいる。法の名を借りて、人が人の命を奪うのは納得し難い。死刑執行を直接担った人やその身内には不幸があると言われているということを本で読んだ。職務として死刑執行を行った人の子供の首がいくつになってもすわらないなど・・・(『元刑務官が明かす死刑のすべて』 著者:坂本敏夫 文春文庫 2006年5月) 

平和な社会で人を一人殺せば殺人と扱われ、だけれど戦争中には多くの敵の人命を奪えば奪うほど英雄扱いされる。

命って何だろう。考えれば考えるほどわからない。

でも、とっても重みのあるもののような気がする。見えないエネルギーのようなもののような気がする。そのエネルギーが集まったら、すごいエネルギーになるんだろう。良くも悪くもこの世で起こることに影響を与えているエネルギーかもしれない。命はつながっているんだと思う(参考:『心の力‐人間という奇跡を生きる』 著者:村上和雄 玄侑宗久 致知出版社 2006年05月) あなたの命は、私の命。私の命は、あなたの命。結局、大きな一つのエネルギー。

「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」と言った宮沢賢治の言葉がよみがえる。
スポンサーサイト

≪ お金より大切なものホーム希求 ≫

Comment

るるどさん、こんばんわ!
遠いところをわざわざお越しいただいてありがとうございます。ビックリしました。
むさくるしいところですが時々おいでくださって、コメントいただくと私も元気がでます。これからもよろしくです。
今日は兄貴は東京へ、弟は大学へ戻って行きましたので本当に久しぶりに夫婦だけで会話をしました。るるどさんもいれば会話も弾んだかも・・奥さんは仕事疲れてでもう寝ました。私ももう寝ます。
あ、母の日はさすがにオヤジは照れくさくて何もしませんでしたが子供達がプレゼントと肩もみをしてあげてました。親が言うのもなんですがほんとにいい子なんです。
子供達の将来が明るいようにと二人で祈りました。PS.私の知人で自殺した人がいました。とても優しいひとでした。いつも他人に気を使って自分を犠牲にしていました。お疲れだったんでしょうね。全く世の中不条理が多すぎます。詳しいコメントはまた今度ね!お休みなさい! (ρ_・).。o○ねみゅいのー・・

宇宙の根源

死んでも命はなくならないのだと思うのです。

形を変えるだけなのかも知れません。

さなぎが蝶になるように。

そして全ては繋がってるのだと思います。

そこになかなか気がつけないのだと思うのです。

それが「命」だと思うのです。

生まれては死に

生まれては死に

生も死も同じ事なのかもしれません。

同じコインの表と裏のように。

自殺
中絶
死刑
戦争
・・・とても複雑な問題ですよね。

僕は「魔法」はもっていなし、無力だけど、
そういった事を“忘れないでいる(考える)”ということだけは、
せめて続けていこうと思っています。

宮沢賢治の、ステキですよね。
(僕も以前引用させてもらっています。)


「命よりも大切なものなんて この世のどこにあるというのか!?」
僕が好きなバンドの唄の一部です。

たびたびお邪魔させていただきます。お母さん想いの息子さんたちですね。そんな人々が次世代の担い手になると思うと頼もしいですね。次世代の人々にとって希望の持てる社会、生活しやすい環境を残すこと、できるだけ「負」を残さないことは今の社会の課題だと思います・・・。

死んでも命はなくならないと考えると、「この世」も「あの世」に行ってもそんなにかわらないのかなとふと思います。死ぬことによって、生かされる命もあるのですよね。ガンジー、イエス・キリストらの死がとても意味のあるものということからもそう思わずにはいられません。

宮沢賢治の言葉いいですよね。今、宮沢賢治が生きていたら・・・なんて勝手な想像をしたりしています。彼のような先生に恵まれた岩手の当時の生徒さんたちがうらやましいです。人間だけでなく、この世に生きるすべての生命に敬意を示していたのでしょうね。

るるどさん、こんにちは。

命があるということはみんな、知ってます。でも、その命がどういうものかは、知りません。何故でしょう?

まったく根拠はないのですが、最近思うこと。

信じなければ、わからないことがある。

命とか魂とかいったものは、そういう類のものではないか、と。
考えてもわからない、ということから出発して、信じることから何かが見えてくる。

そういう気がしてなりません。

愚樵さん

コメントどうもありがとうございます。

命って、どんなものなのでしょうね。

「信じなければ、わからないことがある」
そうですね、きっと。

もしかすると、今命を授かって生きている人たちは命というものを信じてみたから、この世に生きるための命を授かり、生きているのかもしれないなぁなんて考えてみたりします。あの世に行く時はあの世に行く準備ができた命だけが行ける・・・。そしてあの世を信じる命が、あの世に行く。(う~ん、考えれば考えるほど、命がどんなものだかわからなくなりそうです。)

コメントの投稿

 
管理人にのみ表示する
 

Track Back

TB URL

Home

 

プロフィール

るるど

Author:るるど
好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

email: mariaatlourdes@hotmail.com

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。