るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/04/15

教育基本法の改正:第五条「男女共学」削除される?!

教育基本法の改正で「男女共学」という部分は削除される方向へ向かっている様子。男女共学は当たり前になり、統計上、教育機会の差異も少なくなったのは事実かもしれません。でも、地元の県では、大学進学率トップの公立高校は、男子高校と女子高校と区別されています。

私の高校受験の時、男子高校が県で一番の進学率を維持していました。共学の高校は、男子校、女子校についで、下に位置していました。共学に行きたければ、高校の“ランク”を落とさなければなりませんでした。(私は共学に行きたかった、そして共学を選択した一人。)今もそれは続いています。共学は決して当たり前になっていません。

「男女共学」の条文は残すべきだと思う。特に、「男女は互いに敬重し、協力し合わなければならない」という部分は、何故削除する必要があるのでしょう。信じられない改悪です。

男子だけのエリート学校や男子だけの防衛(軍隊)学校などが、公費でますますつくられるような気がしてなりません。

無力感を感じます。今、ここで、私に何ができるのでしょうか。

以下、参考まで:
「第五条(男女共学)
男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。」

改正の方向:
男女共学の趣旨が広く浸透し、性別による制度的な教育機会の差異もなくなっており、「男女の共学は認められなければならない」旨の規定は削除することが適当。

教育基本法資料室:
http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/index.htm

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≪ 変な世の中ホーム義務教育と私 ≫

Comment

おはようございます。今日は夏タイヤに取り替えようと思ってます。筋肉痛になりそう・・。
>「男女共学」という部分は削除
それは絶対にいけませんね。私は男女共学にいきたいと思い受験しましたが何故かクラスには一人も女子はいませんでした。それからは就職するまで女子との触れ合う場もなく暗い青春でした。
女の子と付き合いたいなあと思っても恥ずかしくて何も出来ませんでした。世の中男と女しかいません。
お互いを知り尊敬する気持ちを育む時代に触れ合いさえなくなったら「愛」というものもきちんと理解せずに過ごすことになるのではないでしょうか?
いまだに女性との会話は苦手です。奥さん以外の人とは・・(苦笑

私個人は、「絶対削除すべきでない」と言うほど
確固たるモノは特に持っていないのですが、
しかし、別にあえてそこを削除する意味は
分からないですよね。
「統計上、教育機会の差異が少なくなってきた」
にしても、別にあえて削除しなくても良い、
っていうかなんでそんなに削除したいんだろう?
と疑問に思います。

(他に、もっともっと議論して、今回の改正
以上に改正すべきトコロが山盛りあると、
個人的には思うのですが。)

CONSAMAさま コメントありがとう

夏タイヤに交換、お疲れ様です。家のことに協力的なCONSAMAさまのようなお連れ合いとご一緒の奥様がうらやましいです!

高校は共学でしたが、昔は男子校だったということで7割の学生は男子でした。男子学生の言い分が、何でも通る高校でした。居心地が悪かった・・・。

fumohさん コメントありがとう

そちらのブログにも遊びに行きますね。よろしく。
「(他に、もっともっと議論して、今回の改正以上に改正すべきトコロが山盛りあると、個人的には思うのですが。)」その通りだと思います。私には、改正しようとしている人たちの意図がわかりません・・・。

fumohさんは、どんなところについてもっと議論すべきだと思いますか?もし、よければ意見を聞かせてください!

>もし、よければ意見を聞かせてください

おぉっと。そんなたいそうなモンは全く
もっていないですが(汗)、出先からの
アクセスなので、取り急ぎの内容ででも
書かせていただけるのでしたら・・・
→今回の改正内容を正式には読んでいないので、
改正案自体については軽はずみに「こうだ」と
いうようなことを言えないですし、
教育の現場にいる人間ではないので、「現場の
苦労」も人づてでしか知らないのですが、
「『学校教育』をどうとらえているのか」
をもっと掘り下げてから議論しないと、
つまり、学校教育とはそもそも、一昔前に
「貧しくて学校にも行かせてもらえない
子どもにも等しく教育の保障を与える」
という観点からであったとするならば、
近年叩かれ、批判されている「没個性」
や「一定の価値観の押し付け」という
側面は、そもそもはそれが公教育(義務教育)
の求めるところであったのだから、
それを批判するのは矛盾するとも言える
かもしれないし、「公立」と「私立」でも
話は変わってくると私は思いますし、

「学校にどこまで求めるのか」
「<教育>には何ができるのか・できないのか」

を、“現場の人間も含めて”、もっと
整理してからでないと、
(やったのかもしれませんが・・・)
「各々が言っていることは、それぞれ
素晴らしい論理であっても、“土台”が
決まっていないから、議論自体がとても
無意味なものになる」ような気が
するのですが・・・。
もしやっていたなら、文科省の方、
学識者の方、申し訳ありません。
でも「(学校)教育とは?」の定義って、
実はとても難しいですよね。

るるど様、不適切でしたら、お手数ですが、
削除してください・・・。
すいません・・・。
※取り急ぎで本当に失礼いたしました。

fumohさん コメントありがとう

出先からコメントいただけるなんて、うれしいなあ!
「教育とは?」という定義や土台や方向性が明確でないままに議論しても時間の無駄ですよね。改正案の中では、生涯教育や家庭での教育についても触れられているようです。

学識経験者、官僚、政治家などなどの皆さんが集まって行っている会議は、権力とメンツと私利私欲のすり合わせがあり、色々なことが決められているような気がするのですが・・・。未来の担い手である子供たちがかわいそう。

私としては、子供が希望や夢を持って成長できる社会づくりに向けて教育を考えてほしいです。大人の勝手な考えで、子供をがんじがらめにし、可能性を潰すような教育ならないほうがましかも・・・なんて考えてしまいます。

>改正案の中では、生涯教育や家庭での教育についても
>触れられているようです。

そうなんですか・・・。
「地域-家庭-学校」というつながりを考えて
いかなければならないとは思うのですが、
でもそれを「教育基本法」の中で、「文科省」が
触るのは危険なようにも、あくまで個人的には
思うのですが・・・。(どの程度書かれているのかを
知らない上でのコメントではありますが・・・。)

「学校(教育)のできること」、そして、
「できないこと」をきちんと、恥を捨てて真摯に
見つめ直さなければいけないような気が、極端かも
しれませんが、思います。

※るるどさん、貴重なスペースをすいません・・・。
 不適切でしたら、お手数ですが、削除をお願い
 いたします。

fumohさん コメントありがとう

疲れ気味で、なかなか返事が出来なく、遅くなりました。すみません・・・。「恥を捨てて真摯に見つめなおさなければいけない・・・」ということこそ、今、求められていることなのかもしれませんね。権力や地位や経験のある大人は、お互いの「メンツ」や自分たちの業績づくりばかり考えているような気がします。もうすこし、実際の生活の場や教育現場を見ながら、現場の声を聴きながら議論を進めてほしいです。いつもコメント感謝です!

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