るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/03/04

たけくらべ 女性にとっての思春期

樋口一葉の『たけくらべ』のあらすじを読んだ。
日本人なのに、恥ずかしながら『たけくらべ』の話を全部読んだことがなかった。今、一様さまは5千円札の人であるのに、彼女の作品には、あまり関心がなかった。あらすじを読んだらとても面白そうだったので、原文を見たら、意味が良くわからなかった。

『たけくらべ』 樋口一葉
http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/hikaku/takekurabe.html
上記のページに原文あり。

原文の理解は、ちょっと私には無理そう。でも、あらすじから、思春期の男女の様子変わりなどを繊細に表現している作品だということがわかった。

私が一番関心を持った場面は、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、あるときを境目にして、突然その元気を失うところ。その理由については、いろんな説があるという。一つの説は、美登利が初潮をむかえたためで、もう一つの説は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、というものらしい。

文学少女でもないし、学会でどんな論争があり、どのような定説があるか全くわからない。でも、美登利の変化の理由にとっても関心がある。同じ女性として関心がある。

以下、美登利の変化した場面を原文より抜粋:
「美登利はかの日を始めにして生れかはりし樣の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束はてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも恥かし氣に顏のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌さは再び見るに難く成ける、人は怪しがりて病ひの故かと危ぶむも有れども母親一人ほゝ笑みては、今にお侠(きやん)の本性は現れまする、これは中休みと子細(わけ)ありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順しう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたと誹るもあり、表町は俄に火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な/\の弓張提燈、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そゞろ寒げに、折ふし供する三五郎の聲のみ何時に變らず滑稽(おどけ)ては聞えぬ。」
 
美登利がある日をきっかけにして、元気を失い、以前の彼女ではなくなってしまった様子が良く描かれている。

同じ女として、ついつい、自分の思春期と重ねてしまう。
私も5年生の時に、美登利のように突然、変化した頃があった。

小さい頃から男勝りで、男の子とばかり遊んでいた。休み時間が待ち遠しかった。放課後、校庭で男の子とドッジボールをするのが楽しみだった。帰り道も仲良しの男の子と一緒で、空や宇宙や太陽の話などいろんな話をしながら帰ってきた。木に登ったり、走り回ったり、とても楽しかった。一年中、半そでと半ズボン。寒くなると、誰が最後まで半ズボンで頑張れるか競争したりもした。

女の子が、よくやっていた歌手の物真似、何とかごっこ、おままごとのようなことは、全く関心がなかった。無理してやろうとすると、心から楽しんでいるようすの友だちの中で孤立感が募っていった。その場にいればいるほど、自己評価が下がり、空間を共有するのが辛くなり、早く時間が過ぎていって欲しかったことを覚えている。

そんな私が、ある日、自分が女であることを意識した。隣の仲良しの男の子と違う性である「女」だということに気が付いた。その時から、私は変わった。その頃、初潮をむかえたり、体に変化が起きていたから、そんなことも自分が女だと意識させる要因だったのだと思う。

私は男の子と違う「女」であると意識した時、トラウマといっていいほどのショックを受けた。「もう男の子とは友達になれないんだ。男と女は、彼と彼女の関係になるもので、男は女にとっての将来の結婚相手」と思ったのだ。その頃、同級生も私が男の子と一緒に遊んでいると、冷やかしたり、「お前ら好きなんだろう」とか、「男は女と遊ばないぜ」とか言い、からかい始めた時でもあった。

胸も膨らんでいくし、余計な贅肉の付いていない体がふっくらしてくるし、とても恥ずかしかった。しかも、学年で一番、二番目に初潮をむかえたようで、同じクラスに誰も生理について話す相手がいなかった。周りの女の子からは、頻繁に「生理って痛いの?」など、いろいろ聞かれたけれど・・・。胸が大きくなってきて、ブラをし始めたら、男の子が胸を触ってきたりした。もちろん、そのままにはしておかない。そのかわりに私はその子たちを追いかけていき、うしろからズボンを下ろそうとした。その子たちは、「わー、女番長だ!」と言って逃げていたけれど、追っかけられ楽しんでいたような気がする。

その頃から、男の子とは全く遊ばず、部屋にこもりがちになった。男の子たちが外でサッカーしているのを、部屋の窓からひとり寂しく見ていたことを記憶している。女の子と室内で遊ぶのもつまらない、だからといって男の子とはもう遊べない。遊んでくれない。とても孤独だった。今でいう、思春期うつ病のような状態だったかもしれない。

美登利のそれとは違うが、私は私なりの思春期における変化があった。
今だに、自分の思春期体験については不可解な部分が多い。
「なんで、男の子をそんなに意識し始めたんだろう?」
「何か、直接の原因があるのかなあ?」
「もし、私が早熟でなかったら?」
などなど。

本当に生きづらい頃だった。

今になってやっと女でよかったとも思えるけれど、それまでは、ず~っと男に生まれたかったと思ってた・・・。
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≪ 明治45年とくらべて、後退している日本ホーム「勝ち組」と「上流社会」に属する人たちの政策づくり ≫

Comment

こんにちは

http://jump.sagasu.in/goto/blog-ranking/で記事が取り上げられていたので、見にきちゃいました。僕もブログをはじめようと思っています。又見に来ますね(^^)ノシ

どうも

いろんな経過でここにたどり着く方がいらっしゃるんですね。足跡残してくれてありがとう。またきてくださいね。

女性の体の不思議さといいますか、なんといいますか男はそれを判ってあげないといけないのですね。
与謝野晶子は鉄幹(彼は恋多き人だったらしく何人もの恋人に子供を作っている)にみそめられ?相思相愛?で結婚し12人も子供をもうけたそうです。それが仕事にもお互い良い影響を与えたのかもしれませんが。
るるどさんは以前付き合っていた人のことを書いておられましたね。好きだった人の幸せをそっと見守ってあげるなんて人間の性としてなかなかできないのではないかと鉄幹と晶子の記事を読み思いました。
るるどさんはきっと女性として優しくしかもしっかりと自分を持っているんでしょうね。

CONSAMAさま 与謝野晶子も関心のある女性の一人です。是非、作品を読んでみようと思います。素敵なお言葉ありがとう。残念ながら、ありたい自分と現実の自分のギャップが大きく、自己嫌悪に陥ることもしばしばです。昔、好きだった人の幸せを心から願えるのは、彼が最後まで私に誠実だったからだと思います。別れて数年後に海外から手紙を送ったとき、彼は縦書きの便箋十枚くらいに近況報告と気持ちをしたためて送ってくれました。内容は、もう一緒にはなれないと言うものでしたが、正直な気持ちと誠実さが伝わってきて、時間が経つほど、彼の人のよさが出てくるのです。誠実さを彼から教えてもらったような気がします。素敵な彼の子供がこの地に生まれたことは、人間社会にとってプラスになるような気がして、同じ人間として嬉しいのです。自分の過去を振り返り、感傷的になっている記事を読んでくださってありがとう。心ある眼差し、はげみになります。

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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