るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2008/01/31

日本の女性

今日、上司の上司と話している時、「○○さん(上司)は、私を扱いにくくて、困っているんでしょうね」と言ったら・・・。

「そんなことないんじゃない。いいんじゃないかな、新しいやり方に接することができて・・・日本人の女の人はあまり言わないからね」などと言葉を濁して言っていた。

日本の女性は何をあまり言わないんだろう?
よくおしゃべりしているけれど・・・。何を言わないんだろう。私は何を言っているんだろう。
自分では自分が一番わからない・・・。あ~あ。

やっぱり日本の女性とはちがうと思われていたんだ・・・。
どこがどんな風に、ちがうんだろう。

組織の中でも上下関係をあまり気にしないで話したり、がさつなところや、おおざっぱなところが日本人の女性らしくないのかなあ・・・。しょうがない、だんだんボロが出始めているみたい(ため息・・・)。
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2008/01/31

たかが英語、されど英語

仕事ができても、英語ができない50代の社員がたくさんいる。とても大変そう。「これどういう意味だろう」「なに言っているかわからない・・・電話お願い」「これ英語にしてください」「これ日本語に訳してください」などなど、次から次へと頼まれる。言葉が壁になって本来の業務が滞っている。どうなるんだろう、この職場は?!と思わせられることばかり。最近、若い20代、30代の男性社員は、この会社に見切りをつけ、新たな転職先へと行ってしまっている。40代の社員もあまりいない。男性社員の平均年齢が益々高くなる職場。でも女性の平均年齢は低い。不思議な会社。

英語という道具が、使いこなせないと仕事にならない職場。この会社の行く末が見えるようで怖い。あと2年だろう・・・と心の中で感じる今日この頃。

すでに、外資によって分権化された大企業。そして、すべての部門から利益を上げようとするだろう。そして、赤字の部分、お荷物の部分はそぎ落としていき、最後は収益の上がる部門だけ残すんだろう。外資が入らなかったら、今頃山一證券のように倒産して、なくなっていた会社。何がいいのか、悪いのか、私にはわからない。倒産してしまったほうがよかったのか?そうすれば社員さんたちは英語で苦労しなくてもすんだのかも・・・。何が良くて、悪いのかわからない。

ただ、個人的に思うことは・・・。そんな大企業はなくなり、より多くの人が農業や福祉に携わり、すでにあるもの、自然の恵みをいかし、それぞれの人たちが人間や大地と共に生きていければいいなとは思う。

2008/01/26

また、やってしまった・・・

またやってしまった。職場で上司の上司に・・・「緊張感がなさ過ぎるんですよ・・・それはこの部署の責任、○○さん、あなたは最終責任者なんですよ!みんな無責任に自分の責任じゃないと言って、決断の先延ばしをしていたら、益々経費がかかってしまうんですよ!」と、またしても生意気なことを大声を張り上げてみんなの前で言ってしまった。“えらい”人の無責任な言動は何よりも腹が立つ。(年収何千万円も稼いでいる人たちが無責任に会社ごっこをしている中で、時給800円で工場で働いている人たちの職が奪われ、多くの人が失業し、下請け会社が倒産していくのを見るといたたまれないのです・・・。)

そばで会話を聞いていた平社員の父親くらいの年のおじさんは、私の言動があまりにもひどいと感じたからか、仕事の帰りに一緒に食事をしませんかと声をかけてくれた。海外の部署でも長く仕事をしていたその平社員の方と、駅の近くのお店で夕飯を一緒にした。その人のお話によると、やっぱり周りの日本人の男性の上司の人たちは私をどう扱っていいかわからず、戸惑っているとのことだった。また私にどう接していいのかわからないらしい。「気持ちはわかるけど、言い方っていうものがあるだろう」とも言われた。私はあまりたくみに言葉を扱えないから、誰に対してでも何でも思ったことをストレートにぶつけてしまう。かわいそうな上司たち。私が予想できない言動をとるから、いつもひやひやしているらしい。そうなら、そうと言ってくれればいいのに・・・。

私は、「いやなら首にしてもらっていいんです。私は変われませんから。」と言った。

そしたら、「そんな風に開き直るなよ」と言われた。

開き直らなかったら、あんな職場でやっていられない。

家に帰って母に話したら・・・。
仕事はビジネスなんだから、感情をあらわにしてはよくないわよと揶揄された。
私が「でも・・・。でも・・・でも・・・」といろんな理由をあげて、自分がイライラする理由、感情を出さずにはいられなかった理由をあげても、母は「ビジネスの場ではそんな風に感情をあらわにしないものよ」と言う。あ~そんなものか・・・。私には無理。

2008/01/24

失ったこと

時間を束縛されて、現金収入を得ている代わりに失っていることが多いと感じる。
心から気を許しあって話す人たちとの時間が失われた。
お金にはならないけれども、じぶんの手を使って何かを作るという時間が失われた。
高齢の人たちとすごす時間が失われた。
障害を持った人たちと過ごす時間が失われた。
親のいない子供たちと過ごす時間が失われた。
街の居場所づくりをしている人たちとの時間が失われた。

「最近、るるどさんの姿が見えないね・・・」と言われると、とてもつらい・・・。

「お金にならないところには、るるどさんも来ないんだね・・・」と言われているようで。
「ぼくたちより、やっぱりお金なんだね・・・」と言われいてるようで。

そして今の自分は「お金がなければ生きていけない」と感じて、多少お金の入る仕事を選んでいるから・・・余計につらい。

以前、「やさしいだけじゃ、生きていけないんだよ」と父から言われた。それを鵜呑みにしている自分がここにいるんだと思う。少しお金がたまったら、自分の納得のいくような生き方を歩み始めたい。でも・・・少しお金がたまったらって?いつになるんだろう。If not now, when?

2008/01/24

育ち合い

今の職場にいても感じること・・・。

次の世代の人を育てようとする意識が感じられない。
お互いを大切にしようという気持ちもあまり感じられない。
とてももったいないと思う。

人は育てられたように、次の世代の人を育てていくのだろうと思いながら・・・、人をつぶし、良いところを伸ばそうとしない職場環境にいると、とても悲しい気持ちになる。

そんな職場だけれど、最近、とげとげしかった人が、ちょっとだけどやさしくなってきたような気がする。ぶっきらぼうに部下を扱っていた人が、時々親切に指示するようになってきたような気がする。朝や帰りの挨拶もする人が出てきた。私はそんなたわいのない人と人との間にあるものに関心を寄せてしまう。そんなことにかけがえのない大切な価値があるような気がしてならない。そんな人と人との間にある何かに良い変化や心地よさが感じられるとき、私はとても幸せな気持ちになる。

私は今の仕事の内容には意味や価値を見出すことができない。
仕事が速くできたり、間違いなくできることに価値を置けない自分がいる・・・。
この会社のしていることは、今の時代求められている仕事なのだろうかと疑問に感じることもある。この会社は無くなったほうが、環境にいいのかもしれないともふと思う。

そんなふうに仕事に意味を見出せない中で、職場で心がけようとしていることがある。自分が知っていることは分かりやすく教える、まわりの人たちの仕事ぶりやがんばりを言葉に出して評価する(ゴマすりでなく、本当のことだけ)、気持ちよく人に接する、人の良いところ・長所を見出す、けなさない、一人ひとりの好きなことや興味に関心を寄せる、ストレスのたまるような職場環境づくりに貢献しない・・・など。

社会や時代から必要とされなくなったら、会社や組織はなくなってもいいと思う。だからこそ一人一人が成長できるような組織のありようが重要なんだと思う。組織が消えても、生きていけるような人間力を培える育ち合いは、どんなところにいても、何歳になっても、とても大切なことだと思う。

2008/01/23

取締役会

派遣社員として今の職場へ行き始めて約4ヶ月。

先日は取締役会に出た。議事録を作成してほしいと言われた。「契約外のことだから、できません、嫌だ」と言って断ることもできたのだけれど、物好きな私は取締役会がどんなものか見てみたかったので、了解した。

会議中に使われる資料は丸秘資料。年収数千万円の報酬を得ている役員さんと、時給○円の私が会議の場を、共にしていることがとても不思議に感じられた。上司の上司たちも私に気が引けるのか、正社員にしますからと合うたびに言う。どうせなら、すべての役員の給与を下げて、たくさんの労働者たちの時給を上げ、多くの派遣社員やパート社員を正社員にしたらいい。

会議は全て英語だった。私には心地よくても、英語の苦手な50代、60代のおじ様たちにはとてもストレスフルな会議なんだろうと思う。

質疑応答の場は、社外の通訳者の人が会議に入った。私にはできない仕事・・・私はついつい自分の考え、自分の思いを言ってしまう。同感する発言は、ついつい気持ちを込めて訳してしまう。通訳者は、バイアスなしで人が言ったことをもうひとつの言語に置き換えるような作業・・・。私にはできないなあとつくづく感じる。

2008/01/20

窒息しそう・・・

窒息しそうな空間・・・会社

学生服のような会社の制服。
学生かばんのような黒いかばん。
校則を破らない中学生のような“つまらない”髪型。
軍隊にいる人たちのような顔つき。
無期懲役で牢獄にいる人たちような無気力な姿。
牢獄でだされるような選びのない食堂。プラスチックを食べているようなランチ。
感情のないロボットのようにPCを見つめ、キーボードを叩く。
軍隊にいる人たちのように、上の人たちにへこへこし、おべっかを使い、異なった意見は言わない。

窒息しそう・・・。

いろんな色の入った好きな服をまといたい。
古布で織った布でつくったかばんを持ちたい。
自分に似合う色の髪の毛にして、好きな髪型にしたい。
泣いたり、笑ったり、怒ったり・・・自由に表現したい。
相互に励ましあい、学び合い、育ち合いたい。
無農薬の野菜を使ったサラダやスープ、玄米ご飯などホンモノを食すことのできる食堂で食べたい。
人の顔を見て、声を発しながらのコミュニケーションを持ちたい。
間違っていることや、より良い提案があれば、お互いに、また上司にも自由に意見を言える環境が欲しい。

そんな当たり前の自由が欲しい。


思いっきり息のできる空間に行かないと、窒息死してしまいそう。

一日の楽しみは、お昼の1時間・・・毎朝作る手づくりのお弁当を食べながら、他の派遣社員さんとの会話の時間。そういえば、小学生の頃もお昼が楽しみだったなあ。

2008/01/20

労働組合 今と昔・・・と

今、行っている100%の社員が労働組合に入り、組合員だという。そして、今50代半ばの上司の上司が若かった頃は、組合活動という名のもとに、運動会の準備や練習、お祭りの準備、旅行の計画等をすることが忙しく、直接の仕事はなにもしなくていいといわれていたと言っていた。「なんで今の若い人たちはあんなにまじめに働くんだろう。俺は自由にやりたい放題やっていたけどな・・・」など時代錯誤もいい加減にしてくれと言い返したくなるようなことを言っている。

その上司の年収は数千万円。工場では、時給800円の人たちが働いている。そして、調達部の人たちは下請け会社を競争させて、これでもかこれでもかと値段を叩く。取引先の中小零細企業が倒産しても、淘汰されていくのはしょうがないと大企業の社員は痛くも痒くもない・・・他人事。会社にしがみつき、毎月確実に入ってくる給与を確保することばかり考えている様子。あとは退職金をもらって退職できる日を待っているだけのように見受けられる。「俺がいる間つぶれなきゃいいよ」と毎日、誰かが言っている。

その上司に「労働組合員って組合の理念を知らずに組合活動しているんですか?」と思わず聞いてしまった。そしたら「ちゃんと勉強会もやってるよ」とさらっと言う。それじゃ何故「自分たちは何千万円もらっていて、安い時給でたくさんの派遣社員を雇えるんだろう?!パート、正社員、アルバイト、派遣社員、契約社員等と人たちを企業の都合で区分けしたりしていて・・・自分の考えや価値感に矛盾を感じないんだろうか!?」と、とても不思議な気持になった。結局、労働組合というのは企業組合で、労働組合というのは名前だけ。労働者のための組合なんてうそ。企業のための組合、そして組合に入っている人たちが自分たちの利権を守るための組合。そんなの労働組合じゃないよ・・・。もちろん、派遣社員は企業の労働組合には入れない。企業の労働組合から見たら、派遣社員は労働者じゃないんだろうね。とても変な話。

日本は会社や組織からはずれたら、まともな社会保障を受けられない。今までは企業が社員やその家族のために、社会保障を充実させてきたから、行政の社会保障制度が不十分で、未発達でも問題があまりよくみえてこなかった。でも、今は企業も社会保障を充実し続けていく潤沢な余力はない。そして家族も個族になっている・・・・。

行政が人間が生きる権利としてのセーフティーネット・社会保障制度に力を入れてこなかった日本で、生きる権利としての社会保障を提供してきた組織(企業・家族)がますます脆弱化していったらひとりひとりの生活はどうなってしまうんだろう。子供たち、病気になった時、障害を持ったとき、収入がなくなった時、高齢者になった時、障害を持った時、・・・私たちは社会のお荷物と考えられるの?

私はそんな考え方は嫌だ。一人一人年齢も、経験も、状況も、置かれた環境も、好きなことも、嫌いなことも、得意なことも、苦手なことも、生活習慣も、直面している困難さも、歩んできた道も、感じ方も、違うからこそ、私たちの生活や人生が豊かなんだと私は思う。多様な在りかたが喜ばれる環境、そんな豊かさに恵まれた社会の中で生きたい。

2008/01/15

体調がすぐれず・・・

ヘモグロビンが正常値よりだいぶ低いと言われた・・・。
このところ検査するたびに下がっている。
疲れやすい・・・。

そんなに心配しなくてもいいのかなあと思うけれど・・・。
今の仕事があわないとより強く感じる今日この頃。身体は正直。

今の職場には尊敬できる人がいない。
今の仕事は社会的に貢献する仕事ではない、環境にもよくない仕事。
今の職場環境は身体に決してよくない・・・。
暴言を吐きあったり、社員がキレて会議中に机やモノを倒したりということもある職場。
女性蔑視の根強い文化のある職場。
社員はマネーゲームの一つの駒。
得られるのはお金と人生経験を積むこと、犠牲にしていることが多すぎるような気がする。

これ以上病まないように、次の動きを考えよう。

コメントを残してしてくれた皆さん、どうもありがとう。決して忘れていませんから・・・。余力ができたらすぐお返事しますね。

2008/01/05

気にかかる人たち・・・

1999年の台湾大地震の日以来、連絡の途絶えている台湾の友人。彼女の名前は、Ying Ling Chenさん。とても筆まめで、筆不精な私に毎月といっていいほど頻繁に手紙を送ってくれていた。もしかしたら・・・とずっと思っているけど・・・お互いの知り合いが台湾にいないので、知るすべもない。というか、私自身、・・・知りたくないんだと思う。

去年、同僚とけんかをして、プライドを大きく傷つけられ大学をやめてしまった教授。米国でも50半ばを過ぎると、まったく異なった業界で、次の仕事を探すのは大変だと言っていた。持病を持っていて、毎日高額の薬を服薬している。仕事をやめてから医療保険に入っていない。どうしているだろう。

日本が景気のよかった頃、日本で生活していたイラン人の知人。欧州経由でイランのテヘランに戻った。それからどうしているだろう。かろうじて米国は、まだテヘランを攻撃していないようなので、少しは安心してもいいのか・・・。

何年も前に、北欧旅行を一緒にしたフィンランド人の友人。おとうさんがアル中で、お母さんに育てられたという話をよくしてくれた。心理士になって、地域の子供たちや家族のサポートをする仕事についたと聞いた。その後、日本にも来たと言っていたけれどあまりよい経験をしなかったらしい。今頃どうしているだろう。

2008/01/05

寝正月

年末から引いた風邪がやっと治り、咳が治まってきたかと思ったら、今度は体中に発疹が出てきた。こんなの生まれて初めて。私の場合、体調を崩すと気が弱くなる・・・そして、ろくなことを考えない。体調が優れないときは、何からの病気を持ちながら日々の生活を送っている人に対して、改めて尊敬の念を抱く。

こんな風に体調を崩していると、年明けの月曜日には出社拒否したくなる。今の無意味な仕事を嫌だ嫌だと思っていると余計嫌になり、思い切って農業をやろうかなとか、少しは世のためになる他の事をはじめようかなと考える。

体は素直だから、今の仕事が合わなければ何らかの症状を通して、私にメッセージを送ってくれるんだろう。今のところ様子を見てみよう。

2008/01/04

グローバリゼーションと国の制度

一労働者として、多国籍企業と接し始めて約二ヶ月、グローバリゼーションの波が日本にどのような影響を与えているか、その一部を目の前で見させてもらった。

英語での報告書作成
海外の時差に振り回される仕事の仕方
外国語での電話の対応
あうんの呼吸でコミュニケーションの取れない外国人上司とのやり取り
などなど・・・

社員にのしかかっているストレスは相当なものだと想像できる。

そして、海外の本部から来る人たちは日本の社員を、「今まで何度同じことを言わせたら君たちは分かるんだ!私はもう十回以上言ったと思うよ。私たちはよりよいチャンスや人材のいるところなら地球のどこへでも行く。もっとリスクをとって!各自が責任を持って、スピード感を持って動いてください。君たちはもう日本だけで活動しているわけではないのだから!」と叱咤激励する。

日本人を見ていると、みんな怖くてリスクや責任なんて・・・と逃げ腰。責任を問われて、首になったら再就職の場がない、家族を養えない、ローンを支払えない・・・という恐怖におどおどしている。ある50代の男性社員は「うちはまだ子供が10歳だから・・・」などと不安そうに何度か話していた。海外で働いている外国人たちの間では、来年はどこどこの国の○○社に転職するとか、二ヶ月前に○○社から引き抜かれてきたとかいう話が少なくない。でも、この日本では、人々はそんな気軽に転職できない。人の経験や能力を最大限にいかすような動きも、流れも、日本社会の中にはない。だから転職先がない。また、失業した時の社会保障制度も手厚くなく、冷たい社会の目があるため、不安を抱えたまま、身動きをとれないままにひとつの会社にしがみつき働き続けている。

お金と物はグローバリゼーションの名の下に、世界中を自由に動きまわっている。外国で働く人たちも、少なからず国境を越えて移動し、働いている。でも、仕事がないからといって国境を越えて働く場を探す日本人はそんなに多くないだろうと思う。日本ではお金と物だけは国境を越えて動いているけど、人や制度は国境を越えることなく、国内にとどまったまま・・・。

世界を見回すと、お金も物も人も流動化している。だけど、教育制度や社会保障制度などは流動化せずに日本だけのものにとどまっている。これではいびつになる。どこかに軋轢が出てくる。負担が出てくる。日本の場合、その負担は、先ずは一番弱い一人ひとりの人たちが背負うことになるんだろう。

教育制度や社会保障制度も他の国との交流や往来がいかされ、開かれたものにし、それによって日本の人々が恩恵を受けられるものにしないと・・・企業や国はグローバリゼーションの恩恵を受けても、人々はグローバリゼーションの恩恵を十分に受けられず徐々に取り残されていくような気がする。エネルギーや食をとってみても自給自足できない、江戸時代の頃のように自己完結する余裕のない今の日本。そんな島国で生活する私たちは、より生きやすい場を得ることのできないまま、負担ばかり(高負担低福祉、高値低質など)を背負わせられていくような気がする・・・。いつかそんな日がやってくるような気がしてならない。

2008/01/04

寝入るときに考えていたら、ぞっとしたこと

風邪を引いているので、早く床に入った。いつも、布団の中に入るとすぐに寝入ってしまうけれど、珍しく30分くらい天井を眺めながら考え事をした。

昨年、職場の上司の上司に言われたことが気にかかる。気になるのはその内容ではなく、・・・その向こうにある何か・・・。

その人のありようとナチスなどの官僚組織に属していた人びとのありようとが重なる。
その人はとてもおだやか。いわゆる“いい人”。威圧的でもない。仕事を無理やりやらせもしない。仕事はわかりやすく教えてくれる。人の悪口も言わない。口も悪くない。“常識”もありそう。学歴もある。身なりもいい。やるべき仕事はやっている。何を言われても逆らわない。部下をいやな気持ちにさせるような発言はしない。ただ、何を考えて、何を思い、何を感じているのか表現しない、表情にも出さないので、わからない。その人は、組織の規則だからとか、上司の命令だからという理由ですべてを正当化し、何でもするような気がしてならない。ひとりひとりの人の命や人が生きるということよりも、組織への忠誠心や組織のルールに価値を置いているような気がしてならない。人を首にすることも、痛くも痒くもないような人であるような気がしてならない。組織にそぐわない言動をとる人たちを排除することも、日常の仕事のひとつとして行うんだろう。自ら考えることを放棄し、感じることを拒否し、ただただ組織の規則や命令に沿って動く人。組織の中で有能で“いい人”こそが、そんな行動をとるんだろうと考えたら、ぞっとした。

2008/01/03

風邪・・・

風邪を引いてしまい、PCの前に落ち着ついて座り、思考をめぐらすことができないでいます。気管支炎のような症状で、咳き込むと息苦しくなり、涙がぽろぽろ出てきてしまうくらいむせてしまいます・・・。

子供の頃、日本で生活していた頃は、冬になると毎年一度は咳のひどい風邪を引いていましたが、海外ではこのような風邪を一度も引いたことがありませんでした。この辺は空気があまりきれいではないのかなあ・・・。

冬が訪れるたびに、咳のひどい風邪に襲われるかもしれないと思うと・・・がっくりです。

2008/01/01

新年明けましておめでとうございます!

A Happy New Year!

今年もどうぞ宜しくお願いします!

「誠実」を実感しあえるような一年になりますように。

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プロフィール

るるど

Author:るるど
好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

email: mariaatlourdes@hotmail.com

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