るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2007/06/26

創価学会員さんからの電話

朝早くから電話で起こされた。「7月の参議院選挙には公明党の○○さんに投票してください。どうぞよろしくお願いします」という、ある創価学会員の方からの電話だった。

その方は都内の公団に住んでいる高齢のおじいさん。家の中には、たんすよりも大きな黒い仏壇がある。お連れ合いは創価学会の夫人部長で活躍しているらしい。

普段、ほとんど電話をしてこないその創価学会員のおじいちゃんは、選挙になると「公明党をよろしくお願いしますね!」と明るく、元気な声で電話をしてくる。政教分離、政教分離は???と・・・朝から気が重くなり、早く電話を切りたかったので「は~、は~ィ・・・」と寝起きの声で言い、すぐ電話を切った。もちろん「公明党の○○さん」に、投票するつもりはない。

「公明党の○○さんに、投票してください、お願いします」と言われて、ただそれだけで、本当にその人の名前を書いて投票する人がいるのかと思うととても不思議になる。匿名なんだから、誰が何を言ってきても、それぞれが投票しようと思う人に投票するべきだと思う。市民の声を反映してくれる代表、小さき声や声なき声を国会へ届けてくれる代表者を選びたいと強く思う。その人が誰であるのか、どの党なのかを見極めるのが難しい。そんな人いないよ、そんな党ないよと言って棄権はしたくない。
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2007/06/23

きつねにつままれる

昨日は朝8時頃から、電車が5時間以上も動いていなかったので、駅は人でごった返していた。午前11時には復旧しますとアナウンスしていたのに、気がつくと復旧時刻は午後1時に変更。そして、1時半頃にやっと電車が動き始めた。

その間、駅の外では雨の中、傘をさしながらバスを待つ忍耐強い人たちの長~い列があった。

駅の中では、警察官がたくさん出動し、改札口に立って入場制限をしていた。

午後1時をまわっていたので、いくらなんでももうすぐ電車も動き出すだろうなと思って改札口の警察官の前に行き、アナウンスを聞いていた。「下のホームにも人がたくさんいます。これから来る電車も超満員です。危険を防ぐため、改札口で入場制限を行っております。電車が来ても、超満員の電車に乗ることができるかわかりません。なお、只今、JRがバスの券を発行しています。バスに乗るための列があります。ただ、道も混雑していますので・・・。これが今の状況です。状況を把握した上で、自分で判断してください。以上、○○警察です。」というアナウンスを何度も繰り返ししていた。

私はバスには乗る気は全くなかった。バスに乗るために待っている人たちの連なる永遠と続く長い列と車で混雑している道路を見ていると、気が遠くなるようだったから・・・。

午後1時半頃、駅に電車が入って来た。改札口が解除されたので、改札口の目の前に立っていた私は、早速に改札口を通って、ホームへ向かった。人でいっぱいになっているホームと超満員の電車は嫌だなあと思いつつ、ホームに行った私は、きつねにつままれたような気がした。嘘をつかれた気分だった。ホームに行ってみると人はほとんどいない。着いた電車はいつもよりも空いていて、座れるくらいだった。

JRや警察は、改札口であまり人を通さなかった様子。後から、人はこなかった・・・。あんなに改札口の外には人がごった返していたのに。改札口の外にいた人たちは、ホームは人でいっぱい、電車も超満員だと信じて待っていたんだろう。アナウンスは大嘘だったのに。

情報って恐ろしいなと感じた。実際に自分の目で見なければ、何が本当で何が嘘かわからない。

2007/06/22

涙もろい私・・・障害を持つ人たちと共に

先日、知的障害者の人々が利用している“施設”へ行ってきました。
そこでは、80名以上の障害者が共同生活しています。20名くらいの人々が一時宿泊を利用しています。そして、通所の障害者の人たちも含めて、みんなで利用している畑や陶芸や内職などの作業する場があります。

約3年半前、その施設の敷地の中にある使われていなかった倉庫を改造したそうです。その改装した倉庫を利用して、フリースペースを運営している人に会いに行くのが主な目的でした。私費を投入して場の整備を行ったとのことです。

一つ一つ建物を案内されててみると知的障害者施設全体の雰囲気は無機質で、ひっそりして人の動きが見られないけれど、フリースペースは例外でした。フリースペースでは、卓上の織り機を使って、一人ひとりがマフラーやスカーフを織っています。織り機は20台くらいあり、複数の棚には何千種類もの羊毛の糸がありました。糸はとてもカラフルで、そこにいるだけで幸せな気分になれる空間です。

フリースペースを運営している方は、福祉とは全く関係ない仕事をしてていた方です。障害者の人たちはその方を慕い、フリースペースに来て、おしゃべりをしていきます。

15名くらいの障害者の人たちが昼食後、集まってきていました。通所の人もいれば、グループホームで生活している人もいます。また、施設内の寮で長年生活している人もいます。今、みんなの心配は、これからどこで生活していくのかわからないことだと話していました。障害者自立支援法が、具体的にどのように自分たちに影響してくるかわからない不安を抱えながら、毎日生活していると言っていました。

フリースペースを運営している方が、「みんなで安心して生活できる場をつくろうね」「ひまわりハウスをつくろうね」(フリースペースの名前は、ひまわり)と言っているのを聞いて、目に涙がいっぱいになってしまった私・・・。障害者の人たちも「うん、うん」と嬉しそうにうなずいているのです。その運営者はもう70歳、ご自身もいつまで健康で運営を続けられるかわからないのに・・・。しかも、フリースペースの運営はボランティアで、報酬はゼロ。県が、倉庫を改修した一部屋(光熱費含む)を提供するだけで、運営には、国も、県も、市も、一銭も出していません(公助のための税金は何に使われているのか??)。フリースペースの机、椅子、お茶、織り機、糸、紙、文具などすべて、運営者負担であるとのことです。その運営者の方は、マフラーになる長さ(150cm)一枚織るごとに障害者の人には1000円を支払っています。売れなくてもその運営者の人が、それを立て替えています。販路は、運営者が開拓しています(夏には、マフラーなんて売れません。)ほとんどのマフラーは2000円で販売しています。(2000円の中には、糸代、手芸道具代など、人件費、紙代、袋代などなどすべて入っているのです。善意のマフラーでなければ、1万円以上するでしょう。)

同じ敷地内にあるにもかかわらず、施設の職員さんは、フリースペースにはほとんど来ません。毎年、代わる園長さんは一度も来たことがないとのことです。「園長は障害者のことに関心が無いのがよくわかります」と、フリースペースの運営者はポツリと言っていました。若い職員さんたちはフリースペースの運営には好意的だとのことですが、長年いる年配の職員さんは「そんな余計なことをやってくれるな。障害者は管理しておけばいいんだから」と思っているのが伝わってくるとも寂しそうに語っていました。

3年半前は、物を投げたり、奇声をあげたりしていた障害者の人たちもいて、コミュニケーションをとるのが一苦労だったそうです。今、その障害者の人たちは、フリースペースに来るのを楽しんでいる様子です。テーブルを囲んで、落ち着いて座り、お茶を飲みながら、好きな人の話や、それぞれの思いや気持ちを語っています。そして、数時間、集中して織り物をする姿もありました。

「人が関わると、人はいかようにもかわる」ということを実感すればするほど、障害者の人たちのことが気になり、一日も休めないと運営者の方は話していました。運営三年目に、県はその人に感謝状を出したとのこと。でも「感謝状なんて欲しくない、県は感謝状を出すぐらいなら、障害者のための場の価値を認め、障害者の人たちのためにも運営費を負担するくらいして欲しい」と言っていた。現状のままだと、その人がいなくなったら、フリースペースはなくなるということだから・・・。

2007/06/21

ひとつ

最近、何を見ても、生きとし生けるものすべて、つながっていて、わたしたちは「ひとつ」なんだなぁと感じる。

木を見るとき、太陽と雨の存在を感じる
花を見るとき、ミツバチの存在を感じる
空気を吸うとき、木々に茂った葉っぱの存在を感じる

人間を見る時、ひとつの精子とひとつの卵子が出会って、この人が存在するんだと感じる
人間を見る時、この人はもう一人の人間であるお母さんとへその緒でつながっていたんだと感じる
食事をする時、動物や植物のかけがえの無い命をいただいている、私たちはそんな命によって生かされていると感じる

人間を含めて、すべての生き物はつながっているんだ、私たちは「ひとつ」なんだと心の底から感じる不思議な感覚につつまれるとき、大宇宙という子宮の内にいるような、なんともいえなく不思議な、穏やかな気持ちになる。と同時に、人間の残酷さが痛々しく胸に突き刺さってくる。

「自分たちだけは、生き残りたい、生き逃れたい、甘い汁を吸いたい」という限りの無い利己的な行動が、自分たち人間を含め、数多くの生命にとって存在し続けにくい環境をうみだしていることに気づかない。気づいても、とめることができない弱い人間。

2007/06/17

とんぼ玉

ガラス棒をバーナーで溶かしてとんぼ玉を作る。そんな作業をしているとすべてを忘れて、今という時に没頭できる。

真っ二つに割れてしまった赤いとんぼ玉の間に赤い絹の布を貼り付け、丸に戻した玉を、タコ糸でつなげたモビール?!ガラスを無駄にしたくないので、なんとなく作ったものだけれど、昼間、窓の前につるしておくと、日の光が透けた赤色のとんぼ玉に反射し、とても綺麗。

失敗は成功のもと。成功?か、どうかは別として、私はとても気に入っている。朝、光が反射すると、一つ一つが太陽のようで、見るたびに元気がもらえる。

20070617021739

ふと思いつき、夜になってから、白い壁の前で・・・、しかも携帯で撮った写真。上のほうには写っていない玉も、いくつか・・・。これを見ても、何が写っているのか、良くわからない。ちょっと、かわいそうな写真ですが・・・、失敗した記念に?!

2007/06/17

精神科医だけでなく、多くの方々に読んでもらいたい本

とても読みやすく書かれている本です。集団と個人、社会と精神病、カルト、戦争、日本においての精神医療の歴史などについて関心を持つ方には、特にお勧めの本です。

『99歳精神科医の挑戦-好奇心と正義感』秋元波留夫 2005 岩波書店
内容(「BOOK」データベースより)
パソコン5台を駆使してインターネットと日々旺盛な執筆活動―1世紀を生き抜き、高齢時代の最先端を行く“いきいき老人”の、驚異の人生と現代日本への洞察。
内容(「MARC」データベースより)
100歳を目前にしてなお障害者の社会復帰運動の先頭に立ってまい進する精神科医が、20世紀の生き証人として日本の過去を振り返りつつ、社会の今後のあり方について明快な処方箋を提示する。

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『実践 精神医学講義』 秋元波留夫 2002 日本文化科学社
内容(「BOOK」データベースより)
本書は、著者の20世紀精神医学の歩みの総決算ともいうべきもので、今日および明日の精神医学と精神医療にとって重要であるにも関わらず、何人も触れることのなかったテーマを取り上げた、在来の精神医学教科書とはだいぶ趣きを異にする教科書らしくない実践的教科書である。
内容(「MARC」データベースより)
日本の精神医学の歴史、精神障害の定義、臨床例、医療施設から地域社会までにおけるリハビリテーション、精神障害者と社会の緊密な連関などを論文等をもとにまとめる。著者の20世紀精神医学の歩みの総決算。

2007/06/17

新訳聖書

第二次世界大戦中に精神分裂病という診断を下され、30年間以上も精神病院に入院していた男性の方が、先週、「るるどさん、これ良かったらどうぞ」と新約聖書を手渡ししてくれた。私が英語を読めると知った彼は、日本語と英語が隣り合わせで書かれている新訳聖書をくれようとしました。(聖書を差し出してくれた時、人の気持ちを察する能力のずば抜けている彼が、これからの歩みについて思い悩んでいる私のことを気遣って、聖書を持ってきてくれたように感じました。)当時、彼が国立武蔵療養所に入院していた1940年代~60年代頃、牧師さんが病院によく来てくれていたとのことです。その牧師さんに、いただいた聖書を彼は何十年も大切に持っていたのです。

私ひとりが、もらってしまうのはとても申し訳なく感じ、「ここにおいておいて、みんなで読みましょう」と、彼がいつでも手に取れる本棚においておくことをすすめ、個人的には受け取れませんでした。

そして、私は「この部分が特に好きなの」と言って、一緒にコリント人への第一の手紙の13章の4節から書かれている部分を一緒に読みました。

「愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、うらみをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも耐えることがない。」

心の底から幸せな気持ちに満たされたひと時でした。一緒に聖書を手にして、読む機会を与えてくれた彼に心から感謝。

2007/06/09

厚労省に使われたコムスン

6月9日付けの天木直人氏のブログの中で、彼は、問われるべきはコムスン事件を惹き起こした政府の責任であると書いる。
(以下、一部抜粋)

   コムスン事件は、今日の行政の「業悪」のすべてが象徴的に露呈した事件だ。コムスンは確かに悪い。しかしその悪はこれまでもメディアでさんざん指摘されてきた。それを放置しておきながら、ここへきて急に犯罪者にしたてあげ、折口会長をたたく。バブル絶頂期のディスコ「ジュリアナ東京」の仕掛け人として名を馳せたことばかりを書き立て、金儲けの権化のように国民の怒りを集中させる。行政が私企業、私人をスケープゴートにするいつものパターンだ。おまけに今回は、国民の怒りが沸点に達している年金問題から、世論の関心をそらすために使われた気配が濃厚だ。
   そもそも今の介護保険制度が正しいのか。高齢化福祉時代に入った今の日本において介護は国が責任をもって引き受けるべき一大事業である。それを、米国の赤字財政補填のために我々の税金を湯水のように使い、そのしわ寄せを国民に強いる形で福祉予算をどんどんと切り捨てていく。その結果、なんでもかんでも民営化して逃げ切ろうとする。そもそも小泉前首相が絶叫した「改革」とは官僚の税金泥棒や行政の無駄をなくして税金を有効に使うことにあった。それを小泉前首相は、真の行政改革にはまったく手をつけず、行政改革を民営化改革にすりかえて日本経済を米国に売り渡したのだ。国民の生活が苦しくなるはずである。

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昨日、高齢者介護の事業を経営している人たちと話をする機会があった。コムスンの件に関しては、以前から十分にわかっていた事なのに、『なぜ今』それが紙面を覆うようなニュースになるのか?ということのほうが問題だということに皆がうなずいていた。(他の重大な動き(年金や自衛隊問題など)を見えにくくさせるため?)

「結局、コムスンも厚労省に使われただけなんだね。役割終わったから、はい、さようならって」

介護保険制度が導入された当時、「制度はあっても、サービス無し」という批判をかわすためにも、厚生労働省は行動力や決断力や何が何でもやる折口氏のようなやり手が必要だったのだろう。行政はコムスンにおいしい飴をたっぷり与えてたに違いない。無責任にも、高齢者福祉を大手企業に丸投げ。企業の監査は各自治体にさせるような制度をつくった。

全国的に高齢者介護の事業所が増えてきた昨今、行政は介護サービスが使われすぎると、財政があやうくなるということで、介護サービスの抑制に向かっている。ムチの登場。大手企業の場合、全国に点在している多くの事業所を本部が管理しているので、行政は本部をムチ打てば、瞬時に全国的なムチ打ちができる。

高齢者介護業界では、今回のコムスンのケースは、様子を見ながらの中で計画的に行われたムチ打ちかもしれないという人も少なくない。ある高齢者・障害者福祉関係者は、行政は管理しやすい大企業に丸投げし、アメとムチでタイミングよくコントロールすることまで考えて大手業者に委託させているんだと話していた。「行政は、零細事業所や小規模事業所はコントロールしにくいから、いやがるんだよ。今、日本は、管理、管理と、管理を強める体制の構築に向かっているからね。大企業にやらせれば管理しやすいから、楽なんだよ。何かあったら、大企業の代表に頭下げさせるか、自殺させるかで、処理できるでしょ。官僚たちは責任をとらないでいいシステムがあるんだよ、この国には」と言っていた。

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先日の朝日新聞の一面に頭を下げて、涙をうっすらと浮かべているグッド・ウィルの折口会長の大きな写真が掲載されていた。「ひどい見せしめ」と感じた。ホリエモンのことを思い出してしまった。扱われ方に似ているところが多いなあと思っていたら。経団連からも、折口会長は重い処罰を受けることになるという記事があった。折口氏に、やらせておいて、彼の役割が終わったら、最後に見せしめて、役割から降りて、業界からは消えてもらう・・・。本当にいやなパターンだ。

(折口氏も、本当にしたたかだと思う。介護保険制度のまやかしは見えすぎるくらい見えるだろうに。介護保険制度の問題を重箱の隅をつつくように攻撃すれば、限りなく問題が浮上し、厚生労働省の行いを思う存分批判できるだろうに。そんなことはせず、自ら頭を下げる。さすがやり手。介護保険制度に依存する事業を手放すいいチャンスくらいに思い始めたんだろうとも思う。)

まだ、血圧が高くて心配する年齢でもないけれど、考えるだけで血圧が上がりそうな話題ばかり。コムスンの記事を目にするたびに、メディアが、たたくべきのは折口氏でなく、大企業に福祉を丸投げする行政の無責任な姿勢こそが、問われるべきだと思う。(零細・小規模な高齢者介護事業所は、もう何年も前からコムスンのやり方を問題視していた。そんな介護現場からの良心的で切実な声は無視して、行政と大企業はなかよく、つるんでやっていた。今だって裏では、仲良しなんだろうけど。)

2007/06/08

ジュリアナ東京とコムスンと折口会長と・・・

折口雅博会長兼CEO インタビュー
グッドウィル・グループ株式会社・コムスンはグッドウィル・グループの一員


<下記は、折口会長のインタビューより一部抜粋>

「理念を確認しあうことで意識レベルから潜在意識へと浸透させる。「コムスンの誓い」には偉大な力があります。」
コムスンの誓いの実践です。
コムスンでは、4つの「コムスンの誓い」を毎朝唱和し、理念を確認しあうことで意識レベルから潜在意識へと浸透させるようにしています。潜在意識まで浸透させることで、その人の挙動も雰囲気も変わり、思い入れの強いサービスができるのです。そして、それがお客様の満足につながっていきます。コムスンはこの理念を根本におき、お客様のことを愛し、感謝するという気持ちを強く持ち続けていこう考えております。

今までコムスンがこれほどまで大成長することが出来たのは、間違いなく「コムスンの誓い」があったからだと思っています。

<コムスンの誓い>
私たちは、一人でも多くの高齢者の尊厳と自立を守り、お客様第一主義に徹します。
私たちは、明るい笑顔、愛する心、感謝の気持ちを大切にします。
私たちは、常にサービスマインドを心がけ、真心をこめて介護を行います。
私たちは、責任をもってお客様のプライバシーを守ります。

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逆境は成功をつかむチャンス グッドウィル・グループの会長兼CEOである折口雅博氏のインタビュー

<下記は、Nikkei BP NET上に載っているインタビューより一部抜粋>

グッドウィル・グループの会長兼CEOである折口雅博氏は、ユニークな経歴の持ち主だ。父親が事業に失敗して高校に進む資金がなかったことから、授業料が免除される陸上自衛隊少年工科学校へ進学を決める。そして防衛大学校の理工学専攻を卒業。総合商社の日商岩井(現・双日)に就職し、ディスコ「ジュリアナ東京」を手掛けた。

ジュリアナ東京のプロジェクトでは、利権争いから多額の借金を負うなど、平坦ではない人生を歩んできた。厳しい局面にも立たされた。だが折口氏は、「逆境に陥っても、自分を成長させるチャンスだととらえた。もう駄目だと考えることもできるが、考え方次第で、逆境もチャンスに変わる」と話す。

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折口氏がジュリアナ東京からコムスン経営へと聞いた時、やな予感がしていた。高齢者介護業界は未開拓のビジネスチャンスの世界だと、介護ビジネスに真っ先に参入し、日本の介護保険制度を利用して、よく儲けるなぁと思っていたら、やっぱり、汚いなあ。「ハローコムスン」なんてみんな同じような笑顔のCMばかりふりまいて・・・。折口氏や本部にいる役員は別に高齢者介護なんてやりたいわけじゃないんだよね。$になる商売なら、誰よりも先に飛びつき、何でもござれ。好き放題に暴れた後、焼け野原を残して、次のビジネスチャンスへと飛びついていくんだろう。

数年前に、コムスンで利益を上げ、グッドウィルグループは、ヘリコプターを数台購入という記事があった。その時も、介護現場で利用者に沿って働いている人たちは、ろくな報酬も得ていないのにと、腹立たしかった。

良心的に介護事業所を運営・経営している人たちは、各地に点在しているのに…。高齢者介護業界がビジネスのチャンスの標的となり、大企業に利用されている介護保険制度。これじゃ、まじめにやっている零細・小規模事業所まで疑わしいまなざしで“世間”から見られてしまう。

2005年の介護保険制度の改正では、サービスの利用を抑制することがひとつの大きな目的だったという。日本の急速高齢化社会に対応する制度整備ということで介護保険制度をつくり(厚労省の権限維持や独自の財源確保のための制度とも聞いたことがある)、生活者にとって使いにくいものにして、あまり使われないように(お金のかからないように)抑制する方向へと向かっている。

介護保険が導入された時、高齢者介護にも健全な市場原理を導入と有識者は声高々に言っていた。国の保険制度のもとで行われる高齢者介護に市場原理が機能するわけない。その場かぎりの耳障りの良いキャッチフレーズや表面的なプレゼンテーションで、ほころびだらけ、矛盾だらけの介護保険制度が取り繕われてきていたけれど、これからはどうなることやら。

将来、高齢者対象のサービスと障害者対象のサービスが統合され、すべて介護保険で、という流れがあると聞いているけれど、今から、これでは・・・。将来『高齢者も障害者も自己責任で自分らしい生活の維持を!』と謳いあげられ、実際に使える必要なサービスがなくなるのかもしれない。または、一つ一つのサービスに伴う自己負担金が多すぎて、ほとんどの人にとって、利用できないサービスメニューが形式的に存在し、形骸化された介護保険制度になっていくのかもしれない。

2007/06/07

周りを見回すと・・・

先日、小さな工房へいきました。そこを経営しているおばさんが「今の大卒の人たちの初任給ってすごいのね。何も知らないし、何にもできないくせにね。うちの娘もだけど、友達もみんな28万から30万円くらいいただいているんだって。私、一ヶ月にそんなに稼いだことないわ」と言っていました。

今の大卒の初任給、結構高額なんですね。ちょっと驚きました。

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地方のコムスンで働いたことのある知人の話によると・・・。営業は要介護度の高い高齢者を対象にせよと紙面には決して書かれることのない業務命令がいつもあったといいます。その人は夜勤の訪問介護を頻繁にしていました。行き帰りの交通費は出ず、訪問した時間が30分(オムツを取り替えたりなど)の場合、時給1000円であれば、その半分の500円だったとのこと。ケアマネジャーになるまで、がんばるんだと言っていましたが、そんな働き方ではなかなかケアマネジャーの試験を受けるために必要な時間数を確保することはできません。真夜中の若い女性一人の訪問介護の業務・・・しかもすずめの涙のような報酬。数年前に体を壊してコムスンをやめました。

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地域に密着していてどんな高齢者も障害者も拒否しないということをモットーにしながら介護事業所を経営・運営している人が、昨日コムスンのニュースを聞いて「それにしても役所というのは自分達のでたらめにはすごく甘いのに、民間のでたらめには猛烈に厳しいのですね。コムスンはひどいからみせしめにしても大丈夫だと厚労省は考えているんでしょう。責任は自治体にあるとして、自治体に対応させ、自治体は責任を取りたくないからいっそう規制がきめ細かく行われます。かくして制度は防衛される。末期的な感じでしょう」と言っていました。

どんなに机上で作成された完璧で整備された制度があっても、ひとり一人の人たちの生活の中で実際に利用できるサービスとそれを提供してくれる“人財”が、身近にいなければ制度の存在は無意味です。お役人さんや官僚さんたちのため制度になってしまいます。(もうすでにそうかもしれませんけれど・・・。)

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ある食堂で「自衛隊が市民を監視しているんだって・・・」と会話が盛り上がっていました。「今の人たちは、みんなおりこうさんで、リストラされても、時給800円でも、住民税が上がっても暴動も起こさず、しずかにしているのに。何を監視しているんだろう」「税金の無駄遣いだよ」「自衛隊も官僚も被害妄想が強いんだねえ」「日本人はすぐ保身に走り、自粛するから。これで法律も規制も何にもなくても自粛、自粛、自粛で、物申す人や異論を語る人はいなくなるんじゃないの」となどと話していました。

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長年、知的障害者施設の運営をしている人が「障害者自立支援法が施行されてから、役所への提出書類ばかりで、障害者に直接に関わる時間がなくて、悲惨よ」「実際の日々の仕事の内容や質よりも、書類の中身が重要視されているかのよう。利用者を無視していたり、いじめたり、暴言を吐いたりしていても、利用者の尊厳が低められるような雰囲気に満ちた施設でも、『患者様は・・・』とか『利用者様が・・・』などと、いかにも親切に接しているように記録が残され、細かく丁寧にマニュアル通りに整った書類が作成され、資金の運用も書面上はつじつまが合い、行政の要望に沿った運営やサービス提供が『書類』の上で整っていればいいのよ。実際のサービスや施設の雰囲気ではなく、評価されるのはすべて『書類上のこと』よ。これは、こわいことよ」と話してくれました。

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「自殺者、今年も3万人超えたらしいよ。9年間連続だって」と知人が自殺についていろいろ話していました。統計に含まれていない自殺者も多いのでしょう。数字を鵜呑みにしても、ここ9年間で、約30万人弱?!の人たちが、自らを死に追いやっている。私の街の人口は約30万人弱。10年間で、ひとつの街の人口が消えるということかあ・・・と改めて考え入ってしまいました。

2007/06/03

神学校

今年から神学校へ通い始めた友人がいる。彼女は出会った頃から神学校へ行きたいと言っていた。それから、20年くらい経つ。

一流企業の会社員になったり、留学したり、いろんなことをしてきた友人。10年位前から、難病に冒され、寝たり起きたり、入院したり退院したりを繰り返していた。目の手術、癌の手術、そのほかいろんな手術をしてきた。痛みや病気の進行を抑えるために薬も大量に服薬して、多くの数の副作用に苦しんでいた。日曜日に教会へ行くと、月曜日は寝たきり。そんな生活をここ何年も繰り返していた。そんな中でも、ずっと神学校へ行きたいと言っていた。

去年、本気で神学校へ入学しようと、再度思い立った彼女。今年に入って、体調も安定している様子。4月から日曜日は教会へ、月曜日から金曜日まで、毎日通学している。症状も安定しており、病気は進行していない。彼女の話を聞くと、やっぱり、これが彼女に神様から与えられた道だったんだと思う。

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もう一人、神学校へ行こうか迷っている友人がいる。

その友人は、Episcopal Churchに行っている。小学校の先生、大学の講師、カウンセラー、大工、作家、コメディアン等などいろんな仕事をこなしてきた人。でも、なにをしても満たされないと言う。始めて出会った時、その人は「迷子の子羊」のようだった。よく話してみると、priestになりたいと言う。いろんな人から、priestになればいいと言われるとも言っていた。私もなぜかそう感じていた。今は、大学の教授をしている。「自分は善人じゃない。priestなるような人間じゃないよ」と言う彼に、私は「神様は健康な人や善人を救うためにこの世に来たんじゃないよ。病人や罪人を救うためでしょ」と言う。

priestになることが、彼の天命のように感じてならない。どうか、そのために必要な条件と機会とあたたかく見守り支援する人たちを彼に与えてください。それが神様の御心であるならば、どうか彼に明らかな道を示してください。

2007/06/03

認知症?のおばあちゃんたち

近所には元気で歩き回っている認知症?!のおばあちゃん達が何人かいます。一人のおばあちゃんは、昔、お米屋さんの奥さまでした。よく電動スクーターに乗っている姿を見かけます。今は、息子さんと二人暮らし。息子さんは近くで不動産屋さんを経営しています。そのおばあちゃんは、この辺りの家を一軒、一軒、訪ねて「ここは昔は私の土地だった、みんな取られてしまった・・・」などと話していくようです。でも、身体的にはとても元気で、時々そのスクーターが息子さんの小屋のような不動産屋さんの店の前に止まっているのを見かけます。

もう一人のおばあちゃんは、娘さんと二人暮らしのおばあちゃん。娘さんは都内の学校の先生をしていて、朝早く家を出て、夜遅くに帰宅します。おばあちゃんは、髪の毛をぼさぼさにして、穴でも開いているかのような、だら~っとした洋服をよく来て、お買い物袋をさげて歩いています。昔はとてもきちんとしていたので、その変化が周りの人たちに良くわかるのです。話をするたびに「いつも娘にいじめられている。娘を殺してやりたい・・・」と文句を言っているそうです。ネコ好きなおばあちゃんで、庭に猫がたくさんいるのをみかけたことがあります。家の中もネコだらけだそうです。これまで二度ほど道で転んで救急車で運ばれたことがあるそうですが、応急処置の後すぐに家に帰されたようです。「あれっ?」と思わせるおばあちゃんの言動に関心を寄せれば、認知症の疑いを察することは容易だと思うのですが。なぜ病院から何の対応もなく、ほとんど誰もいない家に返されてしまうのか理解できません。そのおばあちゃんのひとつの救いは、昔からのお付き合いのある高齢者のおばあちゃんたちが、この近所に少なからずいることです。何かあれば、みんながそのおばあちゃんのペースにあわせてお茶を飲んだり、どこかへ行ったりしている様子です。そのおばあちゃんが待ち合わせの時間を忘れてしまった時など、一時間くらい予定を変更することは日常茶飯事です。

上記のおばあちゃんたちは、身体的にはとても元気そうで、活動的です。認知症の高齢者の人たちにも、いつまでも自由にいられる環境で生活していてほしいと強く思う今日この頃。高齢者の人たちに合わせてペースを落とせば、みんなで支えあいながら一緒に生活できるものです。もう少し家族が閉じないで、開かれれば、家族の負担が少なくなるような気もするのですが・・・。核家族が多い今の日本では、家族が閉じてしまうと、家族の負担がとても大きく、家族の一人一人にのしかかる精神的な負担は他人には想像しがたいくらい大きいものだと思います。

2007/06/02

ロボトミー・・・

秋元波留夫先生は4月25日にお亡くなりになった。101歳だった。

1966年に秋元先生が武蔵療養所に行く前は、ロボトミーも治療の一環として行われていたという。先生が行くと、すでにロボトミーの手術がされたと思われる200人のカルテが消えていたということを聞いたことがある。

ある精神障害者の方が秋元先生の話しをしてくれた。精神病院に長期入院していた彼が大部屋の隅で床に座って泣いていると、秋元先生は近寄ってきて、座って彼の肩にそっとふれ「○○さん、どうしたのですか?」とやさしく声を掛けてくれたと言う。そして、未復員兵だった彼に戦争の話を語ってくださいと頼み、病院中の看護師さんたちを集め、みんなで話を聞いてくれたという。今でも、時々、秋元先生の話をしてくれる。「彼は、精神医学の権威だった。最後まで立派な学者だったね」と。ロボトミーを思いのままに患者に施せる時代を生きたにもかかわらず、一度もやらなかった先生。危うい時代を生きている私たちのことをどうか天国からも見守っていてください。

2007/06/02

私とメール

インターネットのメール機能を使い始めたのは、1990年代の初め頃。当時、お付き合いしていた人が東欧州へ留学することになり、それまでほとんどインターネットと縁のなかった私は、それを契機に理工系の授業を受講していた彼が授業のために取得し、使っていたメールアカウントを使わせてもらうことになった。

筆不精の私にしては奇跡的なことで、ほとんど毎日、手紙を手書きで書き、郵送していた。郵便受けを見るのも楽しみだった。何日の何時に、同時にインターネットにアクセスして、メールをしようねと事前に手紙の中で約束をした。月一回くらいだったと思う、その時間になるとコンピューター室へ行って、今のチャットのような感覚で、メールを送り合った。30分間くらいのやり取りだった覚えがある。

男子学生ばかりのそのコンピューター室では、宿題やプロジェクトのために、学生が黙々と作業をしていた。そんな部屋で、まだウィンドウスのカラフルな画面でなく、黒い画面に白地に浮き出る文字をキーボードで打ちながら、メールをやり取りした。遠く離れたところで彼が生きていてくれるうれしさや懐かしさで、涙が湧き出てきた。時々、知り合いや友人が隣のPCを使っていたことがあった。私がその部屋で何をしているか知っていた周りの人たちは、涙を流しながらタイプしている私をそっとしておいてくれた。遠く離れた国にいる人とメールの送り合いをしながら泣いている私に気づいて、あきれていたかもしれない・・・。

当時、付き合っていた彼は、今、かつての友人の旦那。
最近、二人に息子さんができたと風の便りで知った。

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