るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007/04/30

魂のこめられていないテレビの番組よりも・・・

テレビはほとんど見ませんが・・・。どうしても見たい番組やお勧めの作品は録画したり、録画したものを借りたりしてみています。

作られた魂を奪われたテレビ番組を見るよりも、今、見たいものは東洋館や浅草演芸ホール浅草演芸ホールで披露されている奇術、漫談、漫才などの生きている芸。

昨年、東洋館へ行く機会を持ちました。涙がでるほどおかしく、面白く、こんなにも笑ったのは何年ぶりだろうと感激して帰ってきましたが、余韻が今でも残っているほど芸人の魂のこもった芸でした。

また、面白おかしいだけでなく、今の世を的確に捉えた風刺漫談などからは強烈な印象を受けました。社会風刺に対してのたくさんの笑い声を聞きながら、みんな同じように納得しがたい、何か変だと思いながら今の世に生きているんだなと、テレビのニュースや報道を見ていては味わえない不思議な感覚(知らない多くの人たちの持つ秘めた思いや気持ちや意見と重なりあう自分の感覚)を持ちました。

通常の大人料金は2500円となっていますが、事前に金券ショップなどに行ってチケットを買えば1000円以下で購入できます。60歳以上、学生、子供(1100円浅草演芸ホール)は当日窓口でも通常2000円以下です。

是非、一度気軽に足を運んでみてみてください。きっと、やみつきになります。
スポンサーサイト

2007/04/26

クラウン  ホスピスにて

おじいちゃんがお世話になったホスピスの看護師さんから、マジックをやってもらえますかと弟に声がかかっていたので、私も一緒に行ってきました。私は荷物持ち、兼写真係でした。

弟はクラウンの格好をして、ステージマジックとクロースアップマジックを披露。音楽に乗ってリズミカルに動きながら、ハートの形をした風船をみんなの前で膨らまし、一人ひとりの患者さんに丁寧にさしあげていた。医師、看護師さん、患者さんやその家族たち、みんなで35~40人くらいの人たちが見に来ていた。たくさんの笑顔や笑い声に包まれたとっても楽しいひと時でした。

終わってから、おじいちゃんの担当医だった先生とゆっくりお話。
ホスピス病棟で1300人以上の患者さんを看取ってきたという。先生は肉体はなくなっても魂は生きているんだよと、いろんな不思議なお話をしてくれた。また、心をこめて仕事をすることの大切さや、同じ仕事でもその仕事をする「動機」によって10年後自分の位置するところが大きく違っていくことなどについてやさしく、とても分かりやすく話してくれた。

みんなが去ったホスピス病棟の大きなリビングルームで、目のあまり見えない高齢の女性の患者さんは「今日は入院してから一番楽しい日だった・・・」と、自分に言い聞かせるように小さな声で言っていた。

弟のクラウンは最高だった。すべてに感謝。ありがとう。

2007/04/25

素朴な疑問

わからないことがあるとよく質問をする。

"There is not a stupid question to ask.
Not asking is stupid"だと心の底からそう思う。

(人の心の奥に踏み込むような質問や個人的に攻撃したり、人心を傷つける質問はもちろん控えている。)

素朴な疑問の交し合いはとても楽しい。そんな会話の中では、お互いの知らないことが飛び交い合い、お互いの理解が深まり、世界が広がっていく。

でも日本に戻ってきてからは、「この子の素朴な質問にいらいらさせられるのよ」と言われたり、「子供みたいにいろいろな質問するんだね」「原理主義者なの?原理的な質問が好きだね」と言われたり…する。そんなことを言われると、悲しくなる。そして「当たり前のことについて意識して生活していないんだなあ。知らない自分を知られることがいやなんだなあ。答えを持っていないことに引け目を感じるのかなあ」とふと感じる。「わからないこと」「しらないこと」が折角、与えてくれた、思考し始めるチャンスなのに…。

わからないことをわからないままにすることが美徳であるような、わからないことをわかったふりして、自分の知っていることに話題を移すほうが得策であるような場の空気。

ある時、素朴な質問をしたら「なんて恥ずかしい小娘!!!!」と大声で怒鳴られた。

不思議な体験だった。怒鳴った人がかわいそうだった。(この特定の場面では、怒鳴られたこともびっくりしたけれど、それよりも、質問の途中でさえぎられてしまったので、得られたかもしれない返答が得られないままになってしまったことが残念だった…。また、怒鳴った人に対しては、みせたくなかったであろう言動を公の場で引き出してしまい、悪かったと思う。けれど、二人だけの密室ではなく、みんなの目があったので良かったと思う。他の人たちの反応も勉強になった。無反応の人がほとんどで、一人の男性が私のことを気の毒に感じてか「海外ではどうなの?」などといろいろ声をかけてくれていた…。)

たぶん、また、同じような場面で、知らないことがあったら、私は質問すると思う。質問するたびに、知らなかったことについて知ることができる。「そうなんだあ。知らなかった。そんなこともあるんだ!」という発見がある。世の中には、知らないことばかり。知らないことを知らないままに、わからないことをわからないままにしておいたら…、折角の時間がもったいない。

*************************

きっとどこかに「真実」はあるって心の中で信じているからいろんなことを見聞きしたくなるんだと思う。知れば知るほどその真実に近くなるような気がするんだろう。でも最近は、そうではないのかもしれないと感じることもある。たくさんの知識を広く浅く収集するよりも、ひとつの道を究めることで得られることのほうが「真実」に導いてくれるような気がする。ひとつのことを極めると、それがなんであっても、突き詰めた究極の部分は普遍化でき、「同じ何か」を共有することのできる接点を持つことができるのかなとも思ったりする。

2007/04/21

Devil's advocate

Sometimes I miss my life overseas. One of many things that I miss is playing a devil's advocate with my colleages.

According to Wikipedia, a devil's advocate is "someone who takes a position for the sake of argument. This practice is generally an instructional technique in which one person argues a position that another is less familiar with, thereby teaching proper argument."

It is fun. But if you do it with your girlfriend/boyfriend too much, you annoy her/him.

2007/04/21

全家連解散について思うこと

白々しい新聞記事・・・。

このハートピアきつれ川の件で、旧厚生省官僚の天下りはあったのか?20億円で22室の部屋を持つハートピアを建設した企業は?その企業と政治家との関係は?全家連が地道に草の根的な活動をしていた頃、東京本部の土地やビルを寄付したのは誰か? その人たちに起こった出来事は?旧厚生省と建設会社と政治家と全家連の馴れ合い・・・などなどについて知りたかった。そんなことには全くふれない白々しい作文記事。

*************************

4月17日 朝日新聞

<社会との「懸け橋」赤字に勝てず>
<栃木の精神障害者施設が事業譲渡>

精神障害者の働く機械を増やし、社会復帰を進める象徴的な施設が、甘い事業見通しから、運営者が変わらざるを得なくなった。「ハートピアきつれ川」で、これまで経営していた厚生労働省所管の財団法人「全国精神障害者家族会連合会」(全家連)から、別の社会福祉法人に引き渡されていたことが16日わかった。96年の営業開始当初から資金繰りに困り、02年には国などの補助金流用が発覚、全家連の負債も膨らんでいった。全家連側は、国などに債権の一部免除や放棄を求めていく方針だ。・・・・

(長い記事なので、部分的に抜粋します)

ハートピアきつれ川は、社会福祉法人 「全国精神障害者社会復帰施設協会」(全精社協)に今月1日付で事業譲渡された。障害者約10人を含む職員約50人は全精社協に雇用され、これまで通り、仕事を続けている。債務は引き続き、全家連が負う。ただ、ハートピアの収入は、全家連の年間事業収入約3億円のうち、7割を占めており、負債の返還は極めて厳しい状況になった。

・・・・旧厚生省からの提案を受ける形で94年に建設に着工、2年後に営業を始めた。・・・建設費約20億円がその語の運営の大きな負担となった。国などから約11億円の補助を受け、全家連の負担分は約9億円だった。・・・・精神障害者への根強い偏見から、施設を受け入れる地域は少なく、社会復帰は難しい。こうした中、精神障害者が、宿泊客や従業員と交わることで、誤解を解く「きつれ川モデル」を成功させることで、一気に社会参加を促す狙いだった。

しかし、理想とは別に、全家連が疲弊し、ハートピアを手放す結果になった。補助金を流用した全家連幹部の体質にも責任の一端があるが、そこへと追い込んだ、そもそもの原因は、旧厚生省にあった。
旧厚生省の職員が全家連にホテル構想を提案した91年はリゾートブームの最中だった。各地で乱立し、その後閉鎖に追い込まれた第三セクター経営のリゾート施設と似ている。

旧厚生省は、建設資金の大半を寄付金に頼る全家連の甘い見通しを容認した。

厚労省は「精神障害者の声を代表する団体がなくなれば、業背としても得策ではない」として、難色を示している。

厚労省はいま、ジレンマに落ちいている。補助金回収のために財産を差し押さえるなどの強制微収に動けば、全家連は解散を余儀なくされる。一方、補助金を免除すれば、税金を無駄遣いしたと批判をうける。いずれにせよ、自らの失策を認めざるを得ない情勢だ。(抜粋、終)

*「ハートピアきつれ川」‐‐温泉と22の客室を備えた一般向けの宿泊施設がある。精神障害者の就労訓練の場として接客や配膳なども行う施設。

*全家連が結成されたのは65年。精神障害者や、その家族を支える中核的な団体で、全国各地の家族会連合会を取りまとめ、傘下の家族会は約1600。

栃木県の観光地からも遠い土地に建設されたハートピアで就労訓練することが、社会参加なのだろうか?地元から精神障害者を栃木県のある場所に移動させ、就労訓練させると聞いたときは、社会からの隔離だと思った。

本当に、17日時点で厚労省は、ジレンマに落ちいっていたのか???嘘だあ!と叫びたくなった。自らの失策を認めざるを得ないと書いてあるが、どのようにして認め、反省し、謝罪するのか。失策なんて、痛くもかゆくも無い厚労省。

************************

4月18日 朝日新聞

<全家連が自己破産>負債10億円
精神障害者や、その家族を支える厚生労働省所管の財団法人「全国精神障害者家族会連合会」(全家連)は17日、東京地裁に自己破産を申し立て、解散した。

・・・・説明では、負債はハートピア建設時の尺入金の残額約5億4600万円、補助金を流用したため国や日本財団から求められている返還金の残額約3億8千万円など計約9億6600万円。主な資産であるハートピアや本部ビル(東京都台東区)の土地建物は、東京地裁が選んだ破産管理財人の管理に置かれ、債権者に分配される。・・・・
・・・・事務局の職員8人は17日付けで全員解雇された。・・・・
・・・・47都道府県にある家族会連合会は存続するので、各家族会が運営する施設などに直接の影響は無いと見られる。また、全家連にかわり、都道府県の家族会連合会を束ねる組織づくりも進められている
全家連解散について厚生労働省は「精神障害の当事者たちの窓口がなくなり、情報交換がむずかしくなくなる」としている。(抜粋、終)

**********************

その組織とは、以下の機構であるらしい。

NPO法人 地域精神保健福祉機構・コンボ
COMHBO : Community Mental Health & Welfare Bonding Organization

特定非営利活動法人(NPO法人)地域精神保健福祉機構・コンボは、平成19年2月にスタートした新しい団体です。 英語名:COmmunity Mental Health & welfare Bonding Organizationの頭文字をとって、COMHBO(コンボ)と称します。
コンボの使命(ミッション)
①精神障害をもつ人たちやその家族等、当事者の視点を活動の中心にすえる
②科学的な根拠に基づく精神保健医療福祉サービスの普及活動を進める
③志を同じくする人や団体が有機的に連携し、地域精神保健福祉の向上をめざす(HPより、抜粋)

コンボがメンタルヘルスマガジン「こころの元気+」を発刊し、創刊号は無料とのこと。ホームページからPDF版全文をダウンロードできるようです。

この会は、行政のお墨付きで、すでに権力の息がふりかかっている様子。

全家連の歩みや解散に至るまでの過程、組織が間違いを犯した要因などを、丁寧に振り返り、具体的に意見交換を公の場で行うべきだと思う。組織が過ちを犯すような流れに乗ってしまった要因、本質的な問題、踏みにじられた声なき当事者やその家族の善意など、隠されたまま、綺麗に塗り替えられた大きな組織が、なんとか存続している47都道府県にある家族会連合会を取りまとめていくことになるのだろうか。

全家連が解散することを懸念して、家族や当事者ではなく、精神障害者を代表する全国組織をつくらなければと考える「有識者ら」の一人歩きから始められた組織であるような印象も受ける。行政は、全国の家族会をひとまとめにしてくれる大組織があれば、何かあったときには、まとめて管理しやすい。巨大本部(たこの頭)を指導すれば、小組織(たこの足)までコントロールできるから、手っ取り早いし、都合がいい。またすぐに権力者に使われ、自民党の集票マシーンになっていくんだろう。
ハートピアの件で、分断された全家連は集票マシーンとして機能しなくなり、全国にある家族会を統括する能力は失われたので、もう役割は終わったも同然。全家連が解散しても、権力者は痛くもかゆくも無いらしい。

過ちを振り返らず、なにも反省せずに、過去を消し。綺麗な顔して、綺麗な言葉につつまれた新組織が、それにかわって歩み始めてしまうと、今度は、もっと大きな過ちを犯すような気がする。あってほしくないことだけれど、その過ちの被害を一番先に受けるのは、精神障害者なんだろう…。

2007/04/21

Meja

Meja メイヤ
スウェーデンの女性アーティスト 
1969年生まれなのに、まるで60年代のヒッピーみたいな感覚を持つ彼女の歌がいい。

最近、良く聞いている“It's all about the money”と“Hippies in the sixties”の歌詞(以下に記載した歌詞はmeja.netより)。こんな曲を聴きながら、Haight & Ashbury の町並みを頭に描いてみたり、60年代にヒッピーだった友人たち(私より年上の友だちで、教室では学べない、いろんなことを教えてくれた人たち)を思い出したり・・・現実を直視することがあまりにも痛々しいと、こんな風にして現実逃避したくなる昨今。

*******************
It's all about the money <D.Carr/Meja>

Sometimes I find another world
inside my mind
when I realise
all the crazy things we do
It makes me feel ashamed to be alive
I wanna run away and hide

Chorus
It´s all about the money
I´s all about the dum dum.......
And I don´t think It´s funny
to see us fade away
It´s all about the money
It´s all about the
I think we got it all wrong, anyway

Strange ways of showing
how much we really care
when in fact
we don´t seem to care at all
This pretty world
is getting out of hand
So how come we fail to understand?

Chorus

************************

Hippies in the sixties <M.Beckman-B. Steinberg- M.Frederiksen>

I don´t need therapy
I don´t need Disney (to be happy)
I don´t need you to tell me
I don´t need TV (to be happy)

I don´t need to get laid
I don´t need an upgrade(to be happy)
I don´t need looks that won´t fade
I don´t need to get paid(to be happy)

Chorus
Hippies in the sixties
wore flowers in their hair
I can still feel the
love vibrations in the air
Hippies in the sixties
knew money isn´t God
I wish I was there 2.
I don´t need celebrity
I don´t need extacy (to be happy)
I don´t need plastic surgery
I just wanna to be free(to be happy)

Chorus

Bridge
Sit on a granit boulder
let the sunshine warm your skin
Turn on,turn on, drop out, drop out
tune in

Chorus

2007/04/19

失恋とライフルと私

米国で、高校に通っていた頃、朝一番の私の授業は「バンド」だった。管楽器を吹いていた。フットボールの応援、クリスマスコンサートや演奏会のために毎朝練習、練習。

とても自由な雰囲気で好きだった授業。音楽を通し、自由にコミュニケーションできて、言葉を超えて友達と関われる時間だった。

ある朝、音楽室に行った。みんながそれぞれに楽器を使って、好き勝手に音を出している時間なのに、…部屋には誰もいない…「あ~今日は校庭で練習する日だったかなぁ…」なんてふと思った。音楽室の中には、ガラス張りの先生の部屋があった。ガラスの向こうに、バンドの先生が一人で、不安な顔をして机越しに座っていた。私は何が起こっているのかわからなかった。自分の頭の中は、遅刻した言い訳を考えることで精一杯。

すると、トランペット演奏者のひょうきんで、クラス一番の人気者の学生が…、ライフルを腕に抱えて、部屋に入ってきた。そしてそれを私に突きつける。私は、もちろん、それは「おもちゃ」だと思った。からかっているんだと思った。一寸たりとも怖がっていなかった私。何気なく、さっさっさっと彼から遠ざかり、手招きしている先生の部屋へ。私に「ドアを閉めろ!」と小さな声で言う。先生は冷や汗をかいて、電話をしようとしているけれど、手が震えてできない様子。まだ何が起こっているか十分に把握できないまま、私は言われた数字を押して電話をした。すると、すぐに警察が…。そして、ライフルを持った彼は…、たくさんの警察官に取り囲まれ連れて行かれた。

しばらくすると、みんなワーワー泣きながら、肩を抱きかかえながら、お互いを抱えあい、支えあいながら、50人くらいのクラスメートがぞろぞろと教室に入ってきた。泣いて動揺しているみんなの気持ちと自分の平静な気持ちとの大きな乖離がとても不思議に感じ、ライフルの危険性について無知な私自身にふと救われたような気がした。それから、カウンセラーの先生が三人来て、みんなの意見やそのときの気持ちを聞きながら、“事件”の振り返りをした。

彼は、恋焦がれていたフルート演奏者の彼女に何度告白しても、ふられっぱなしだった。それが主な引きがねだったらしい…、彼女を殺し、自殺すると以前から身近な友人に言っていたらしい。その日の朝、ライフルを車に入れていることを知ったクラスメートが、授業の直前に、彼女とクラスメートに伝え、みんなトイレに隠れていたそう。もちろん、遅刻した私はそんなこと知らないで、のこのこと一人で音楽室に。

その時、生まれて初めてライフルを見た。それも、弾の込められたライフル。

その日、バンドの授業をとっている生徒たちの親へは、学校から直接、連絡が行き、数時間後に学校に迎えに来てもらい、クラスメートは全員帰宅。

私の場合も、心配そうに「アメリカのお母さん」が仕事を早退して、迎えに来てくれた。しばらくすると、日系人の牧師さんが家に戻っていた私に日本語で電話をしてきてくれた。牧師さんは、近所に住んでいる日系人の老夫婦に連絡してくれた。その日の午後は、その日系人のお宅へ行って、日本語でおしゃべりをしてきました。

みんな、とっても心配してくれた。でも、ライフルの怖さを知らない私には、みんなの過大な親切や思いやりがとても不思議に思われた。みんなが私のことを心配する理由を一生懸命に理解しようとしていた私もいた。(だって私は全く怖くなかったし、危害を加えられなかったんだから…、人一倍に怖がる理由はなかった。「もし、彼が引き金を引いていたら…」ということは、その場にいた私は考えなかった。考えたくもなかったんだと思う。そして、「彼は誰にも危害を加えなかった」ということが私にとってはとても大事な事だった。)

次の日も、バンドのクラスには、カウンセラー3人が来た。そして、いろいろなことをみんなで話し合った。一番印象に残っているのは、フルート演奏者の彼女の心のケア、彼女とクラスメートとの関係、そして、トランペット演奏者のケアについてだった。彼女が悪いんじゃないということ、心が病んだ人こそ仲間の支えを求め、必要としているということ、誰もが「トランペット演奏者の彼」になり得る可能性はあるということ…などなど。その年の卒業式には、(少年院へ行ったのか?または問題行動を起こした学生が行く高校へ行っていたのかもしれない、その部分は私は全く知らないし、覚えていない)、彼はみんなの卒業する姿を見に来てくれた。みんなが彼の姿をほほえましく思い、向かい受け入れていたことも、印象的で心温まる光景だった。

このことを思い出すたびに、運が良かった、「無知でナイーブで無防備な私」でよかった、と思う。彼が引き金を引かなかったのは、たまたま運が良かっただけかもしれない。私の精神や心を救ってくれたのは、「無知でナイーブで無防備な私自身」だったと思う。ライフルの怖さを知っていたら、ライフルを抱え真剣なまなざしをして、それを突きつける彼と隣りあわせでいた時間を経た私は発狂していたかもしれない。(良く考えてみると、自分が実際に経験したことよりも、周りの人々の動揺や不安や心配する様子のほうが私に与えた影響は大きかったと思う。)

でも、もしまた同じ様なことがあったら、今度は「無知でナイーブで無防備」な私ではないから、どうなるかわからない。運命はいたずらっ子だ。また、良い運にめぐり合えますように。
**********************
今、国会で審議されている「少年法」や長崎市長殺害のケースやバージニア州の大学で起きた最近の事件を聞いた時、ふと、過去の小さな小さな出来事を思い出した。

**********************
伊藤一長 長崎市長、どうして、今、命を奪われなくてはならなかったのか…やるせない思いです。ご冥福をお祈りいたします。どうか市長の志を一人でも多くの人たちが引き継いでいきますように。

また、バージニア州の大学で命を失った方々、その家族や友人の皆さん…。気が狂うほどの悲しみや恐怖に陥っている人もいることでしょう。どんな言葉も…軽く感じてしまい、只、只、皆さんの心に平安を…と祈るだけです。

2007/04/13

東京ヒルトンとクリスピークリームと高島屋・東急ハンズと都知事選と・・・

都知事選の前日の土曜日に、東京ヒルトンにて所用があり、新宿へ行きました。

東京ヒルトンにはいると、そこは異空間、日本ではないみたい。アジア諸国や欧米諸国からの観光客、ビジネスマンなどなど、いろいろな人種の人たちが交じりあい、いろいろな言語が交わされていました。≪そんな空間がとても心地良かった。虚の世界だとはわかっていても、そんな空間があたりまえだった世界にまた戻りたい…。今の生活からは、ほど遠いそんな世界に浸っていた頃の自分を思い出すとふと悲しくなった。その場にいた人たちがとても遠い存在に思えた。でも、さすがに、24時間後には、土があり、大きな空の見える場に戻りたくなってしまったけれど…。そんな世界が日常であるような生活を何十年も送っていると、いろんな意味で病んでくる…人たちも少なくないと思う》
※人工的に作られた、昼も夜もわからなくなるようなきらびやかな室内

久しぶりの新宿だったので、ついでに新宿駅の南口周辺へ向かいました。そうすると「クリスピークリーム」が見えてきました。話には聞いていたけれど…。ドーナッツを買うためにできた長~い列。小麦粉を油で揚げて溶かした砂糖をかけたドーナッツを買うための待ち時間2時間!≪人は目新しいものが好きなんですね。二時間待って買ったと言えば、職場や学校での話題にもなるのかも…。海外にいたときに「クリスピークリーム」に頻繁に通って、1ダース買って持って帰っていた頃もあったけれど、その頃は朝食には、100%のジュースと紅茶とドーナッツ(またはシリアル)とヨーグルトと果物のような生活だった…。今、日本でわざわざ食べたいと思わない。甘いものが食べたくなると、ドーナッツより「たい焼き」が食べたくなる。朝食だったら納豆とご飯とお味噌汁のほうがよっぽど健康的でいい。≫

それから、南口にある高島屋・東急ハンズへ。入ったとたん、人、人、人、人、人、人、人!酸欠で倒れる人は、いないのかなあと不思議になる。東京に行くと「お金で買えないものはない」「お金があればほしいものは何でも手に入る」「お金が無いとなにもできない」かのような感覚に襲われます。周りを見渡すと、みんななんとなく物質的には満たされていて、生活には困っていない様子。混雑したデパートの中では、人は前に歩くことに一生懸命だったり、売り物に目を奪われているので、顔には表情があまり無く、心の中は???わかりません。

お金をそこそこ持ち、一人ではどうにもならないような困難な状況に置かれていない多くの人びとは、益々巨大化し、「便利」になり、「小奇麗」になっていく今の東京に満足しているんだろうなと思いました。満足していないとしても、都政に強い関心を持つように動機づけられるような日々の生活に関する大きな不満や具体的な困りごとはないのかもしれないなあと…。そして、大地にふれることのできない大都会、土の見えない大都会、自然の循環にふれることのできない大都会で生活や労働をしていると、お金や国家を含めた巨大な管理組織に依存し、大きなものにすがる以外に安心感を獲得する術がなくなってくるのかもしれないと…哀れにさえ感じました≪自分も含めて…。哀れというより、恐ろしい現実。まさにそれはジョージオーウェルの描く「1984年」の世界!≫

そして、日曜日の夜、石原都知事の再選を知りました。
*****************
月曜日、本屋に立ち寄った時「小農はなぜ強いか」という本に出会いました。

「小農はなぜ強いか」
≪著者:守田志郎 解説:徳永光俊  2002年 人間選書
初版は1975年に出たもので、守田氏は30年以上も前に今の日本の姿をすでに見ていたことがよくわかります。今、日本が置かれた状況についての本質を見抜きながら、丁寧に書かれた本です。是非、是非、一人でも多くの人に読んでもらいたい一冊。≫

週末に東京の大都心で見た風景と「小農はなぜ強いか」に書かれている守田氏の言葉を付き合わせただけでも、石原都知事は再選されるべくして、再選されたような気がしました。≪もちろん他にもいろいろな要因はあるんでしょうけれど…。≫

2007/04/12

働きたいと願っている人との会話から

先日、統合失調症の診断をもらってから30年以上もの間、病と自分と家族と社会と・・・格闘している人と一緒に時間を過ごしました。

とある国立大学在学中に発病しました。バイト、サークルなどの活動に忙しくしていたときに発病したようです。国語の教員になりたいと思っていたそうです。

発病してからは、ずーっと入院生活でした。家族とも疎遠になり、退院するきっかけも持てずに、宇都宮病院に入院していました。『宇都宮病院事件』が契機となり、他の病院の持つ援護寮に移りました。何年も後、地域のソーシャルワーカーや家族会の人たちの協力もあり、地域に生活の場を得ることができたそうです。

今は、生活保護が唯一の収入源です。視力が落ちていて、めがねを作らなければならないのですが、そのお金もないようです。また、クーラーも壊れていますが、そのお金は全額自己負担だそうです。貯金のない彼は、クーラーを買うお金を、夢物語の中の『宝の小槌』を叩いて出せれば別ですが、自分で調達するのは無理でしょう。(3ヵ月後には夏がやって来る)

彼と会うと、いつも仕事のお話になります。「仕事したいよ」といつも言っています。ハローワークに行ったり、社協のボランティアに行ったり、いろんなことをしています。でも、仕事をする場を得られたためしがありません。まず、洋服を買ったり、身だしなみを整えるお金はどこにあるのでしょう??それから、面接に行く時の交通費、書類を作るためにかかるお金はどこにありますか???何もないのです。(二ヶ月に一回の収入(生活保護費)は、食費や日用品や光熱費など、毎日の生活に必要な出費で消えてしまう。)

先日、「仕事につくには、8時間立ち通しで作業ができるくらいじゃないと無理だよな。8時間、飯も食わずに働けるようじゃなきゃ、どこも雇ってくんないよね。8時間、外にいて練習しなくちゃな」と言っていた。私もボランティアとしてお手伝いしたことがあるので、彼の言っていることが伝わってきました。

「都知事になれば、週に数回しか職場に行かなくてもいいのにね。石原都知事が都庁に行けば、誰かがお茶出したり、お茶菓子出したりして、快適な環境で椅子に座って仕事してるんでしょう。障害者だけ、なぜ長時間、快適とはいえない環境で、単純な労働作業しなくちゃいんだろうね。しかも、時給100円もらえればいいほうなんだよね・・・」という話になった(というか、私がそんなことをぶつぶつ言っていた。)

************************************
彼は、ここ数日、生活保護費が底を尽きたようで、調子を崩していたようです。夕方暗くなった頃、私が留守をしていたときに、うちに電話があったとのこと。ちょうど一人で家にいた父が、電話を取りました。父が「ちゃんと食べてるか?」と聞くと、「食べていません…。すぐ来てください…」と死にそうな声を出していたと言っていました。話していたら、「はー、はー」という辛そうな息が聞こえるだけで・・・びっくりしたそうです。父は車で20分~30分くらいのところに住んでいる彼のところへいき、手作りのサンドイッチやジュースを差し入れたとのこと。

父が行ったら、元気になったそうです。また、夜、彼から「るるどさんのお父さんの顔を見たら元気になりました」と電話がありました。一人暮らしで、病気や障害をもち、いちばん辛く苦しいときに誰にも会えず、お金が尽き、これからの見通しが立たなかったら、程度は人それぞれだろうけれど、誰でも、精神的に不安定になり、心細くなり、不安になり、どうしようもない気持ちに追い詰められるんだろうと思いました。

父いわく、「なんだよあいつ、俺が行ったら元気になったぞ。大して調子崩していなかったんじゃないか。電話ではあんなに死にそうな声出していたから、やっていたことすべて放り出して行ったのに・・・」と腑に落ちない様子で言っていました。

そうすると母が、「一人暮らしの人が病気で大変なときは、誰かの顔を見るだけでも元気になれるものよ。お父さん幸せじゃない、『あなたの顔を見たら元気になれました』なんて言ってもらえるなんて。すごいことよ」と。

そして、父は、「こんなことやっているんじゃ、まるで家族みたいだなあ」と、自分の行動を振り返りながら、まじめな顔をして言いました。みんなで大笑い。私は、『今頃、やっとわかったんだ(笑)そんなことに、今、気がついたんだあ!(笑)それも、いいじゃない。 地球上のみんなが家族なんだから』と心の中で言いました。情の深い父が、病と共に生きている彼を思いやる様子が頼もしく感じられ、ほのぼのとした幸せに浸ることのできたひと時でした。そんな機会を与えてくれた○○さんに感謝。

夜、彼からお礼の電話のあった時、電話口で母は「いいのよ、お互い様なんだから。私が困ったとき○○さんに何かお願いすることもあるかもしれないし、そのときはよろしくね」と元気な声で言っていた。やってもらってばかりいて、負い目を感じているかもしれない彼の気持ちが少しでも楽になり、彼も対等な立場で頼りにされている存在だということを伝えたくて、言っているんだろうなということがそれとなく伝わってきました。

偶数月の15日に生活保護費が出るとのこと。今が、いちばん辛いときかも・・・。どうか、彼が16日(月)まで、いろんな人にSOSを出しながら、なんとかがんばれますように。

***************************

これは「彼、個人の問題」ではありません。「社会の問題」なのです。
彼は、社会への問題提起者の一人になってくれているのです。

2007/04/07

投票権を持っている人たちの特権

自分の思いを少しでも社会に反映させるために、投票しにいこう!!!
私も行ってきます。

大きな組織の既得権益確保、組織の指示、昔からの地元のしがらみに、一人ひとりの投票行動がコントロールされるのではなく、それぞれの有権者の持つ内発的な思いが反映され、「声なき声」を抹殺するのではなく、そんな声を少しでも社会の目にふれさせるような動きをとってくれる人を選択することができますように。(確かに、そんな人たちはほとんどいないと言われればそれまでだけれど。でも、だからといって権利は放棄してはいけないと、自分自身にも言い聞かせています。そんな人が立候補しない、できない社会をつくってしまったのも、私たち一人ひとりの責任なんだと思うから。)

投票権は持っていて当たり前だと思いがちだけれど、持っていて当たり前のものではなく、獲得した権利なのです。

日本の国籍を持っていない人、20歳未満の人たち、犯罪を犯して権利をしなってしまった人たち、病院に入院していて投票所できない人たち、したいけれどもできない人もたくさんいます。

2007/04/06

したいこと

農業をやり、
時間のあるときには、糸をつむいで、染色をして、糸を織り、着る物や使うものを縫ったり、
ガラス細工やトンボ玉をつくったり、
皮でかばんを作ったり、
刺し子をしたり、
刺繍をしたり、
手作りで身の回りの小物をつくったり、
腹話術をしてみんなで笑ったり、
子供たちやいろんな世代の人たちと交流したり、世話したり、世話されたり、
無農薬無化学肥料の野菜を使って料理したり、
たわいない作業をしながら、みんなで歌を歌ったり、踊ったり・・・。

こんな生活がしたいと言ったら、ある人には「あなたはいつの時代に生きている人?」と言われてしまった。「今は2007年ですよ」って。
もう一人の人には、「面白いことを考える人だね」と。
三人目の人は、「農業はそんなに甘くないよ」と。

なぜ、今という時代にここに生れ落ちたんだろう。
私の描く生活は不可能なことなんだろうか。

大人になっても、こんなこと言っているから昔から夢見る夢子と言われてしまう。そういえば、母も子供の頃、周りの人たちから「夢見る夢子」とよく言われていたという。母と娘、変なところが似るものだ。

2007/04/01

除草剤・雑草・・・神草

先日、ホームセンターへ行きました。そこで見てしまったものは…、山積みにされて売られている農薬や除草剤。

「ネコソギエース」「オールキラー」という除草剤がありました。
名前からして、怖い! 怖い!

(散布するときに、目や手にかかったり、口や鼻から吸い込んだりして、人間にとってもよくはありません。時間が経つにつれ、耐性ができ、もっと強い薬品が必要になるのでしょう。それに、空気にも土にもよくない。除草剤が土にしみこみ、井戸水も安心して飲めなくなる。土も死んでいってしまう…。)

「根、茎、葉、すべてを枯らす」「ヨモギ、スギナを枯らす」と誇らしげに書かれた除草剤の箱ばかり。「雑草を枯らす」ことが、除草剤の目的なのは、わかっていても・・・。でも、とても悲しくなりました。だって、雑草も生きているのです。

生きているものを薬で殺して喜ぶ人間って、私たちは悲しい存在ですね。

自慢げに雑草を枯らす毒薬をつくり、利益を上げている化学薬品会社と、「“生産性”のある健常者が優遇される社会」の中で障害者や病人のケアにかかる手間や税金を削減することに懸命になって取り組んでいる人たちのことが、頭の中で重なってしまいました。雑草も「“生産性”のない人」たちも同じような“排除のまなざし”の中で、何かとってもたいせつなこと、かけがえのないことを、目に見えることや目先のことに振り回されている人々に伝えようとして、一生懸命に存在してくれているのかもしれないとふと思いました。
************************

≪余談≫ 雑草というと思い出すこと…。
小学校の卒業式に、担任の先生は、私のノートに筆を使って大きな字で「雑草のように」と記念に書いてくれました。その時、私はうれしくありませんでした。「えっ?!雑草?ごみみたいな雑草?踏みにじられる雑草!」「なんで、『ゆりの花のように』とか、書いてくれないんだろう」と感じ、腑に落ちませんでした。その先生は大学卒業したばかりのスポーツマンタイプの素敵?!な男の先生でした。そんな人に「雑草のようになれ」と言われても、うれしくなかったのです。

冷静になって考えたら、頭では「雑草ね。うん、うん。これからいろんなことが、世の中では待ち受けているから、もっとたくましくなれって言いたかったんだ。踏まれても、踏まれても、立ち上がるようなシブトイ人間になれってことかぁ」と先生の伝えたかっただろう意味はわかりましたが…。12歳の乙女心は複雑でした。

なつかしい思い出です。まだ、ちゃんとノート、とっておいてありますよ。先生。
************************

野菜も野花も草も木もみんな一緒に、雑居して、共生できる環境を維持することが、理想的な環境づくりなんだと強く思います。すでにある自然の力を引き出し、いかし、循環させることが、わたしたち人間に求められていることなのでしょうに、すでにある空気、土、水、光、種、生物…等等に、感謝せず、破壊したり、殺したり、傷つけたり…そんなことばかりを得意としている私たち人間。

赤峰勝人氏は、「草は雑草ではなく、神草だ」と言います。
くりもと地球村でも、野菜たちが、草と一緒にふさふさ元気に育っています。そんな草と野菜が共生している豊かな畑を見た後は、草のない農地を見ると、ちょっと怖くなります。

2007/04/01

『日本の軍券』

戦争中に、日本軍は香港で軍券を発行していたという。
もちろん証券会社が株券を売る時のように、当時、日本政府は「これを今これを買っておけば、価値は上がる。今は最高の買い時だ」と言い、日本軍の資金調達のために、香港の人々に売ったという。

香港には、まだ、ゴミ袋のような大きな袋にいっぱいになるくらいの「日本の軍券」を持っている人たちがいるという。戦時中に生きていた人たちは、戦争を知らない息子や娘たちに、これは決して捨ててはいけないと言い残して、証拠としての「日本の軍券」を子供たちに託して、他界した人たちも少なくないとのこと。

かつて「日本の軍券」も通貨としての価値を持っていたが、敗戦と同時に紙くずになったということらしい。日本軍が負けるとわかっていた戦争で、「日本の軍券」を「これは後々価値がでる」と言って売るのはどうやって考えてみても詐欺だ。

倒産するとわかっている会社の株券を「これは後々価値がでる」と言い、その株を人々に売るのは、誰に聞いても、詐欺だと言うだろう。

10年以上も前に「日本の軍券」についてのニュースを新聞社に提供した人たちがいたが、記事はすべてボツになり、いつの間にかその話は消されてしまったという。

「歴史」は、時の権力の都合によって書かれ、書き換えられるものだと、改めて考えさせられる。

何のために学校で歴史を勉強したんだろう。いい国つくろう鎌倉幕府かぁ。ばかばかしい。

そういえば、誰かが"Learn to unlearn, teach to unteach”と言っていたなあ。Unlearn (学びほぐし、学びなおし)のために、時間を注ごう。

ホーム

Home

 

プロフィール

るるど

Author:るるど
好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

email: mariaatlourdes@hotmail.com

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

カレンダー

03 | 2007/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。