るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/10/26

憲法

「今の憲法は押し付け憲法だから、日本人の手で書き換えたいと言う声もあるようだけれど」と言った私に、戦争を生き抜いてきた人がこんなことを言った。
「毎日空襲があり、不安の中で生活していた人たちは、あの憲法を待っていたんですよ。あれは、みんなが欲していた憲法なんですよ。真夜中でも空襲警報が聞こえてくれば、寝てる子も起こされて防空壕に入っていったんですよ。どれだけおびえて生活していたかわかりますか。想像できますか。私たちの世代の人たちはみんな、戦死させた兄弟姉妹が一人はいますよ。どれだけあの憲法によって私たちが救われたか、戦争を体験していない人たちには、わからないのでしょうね。戦後生まれの人たちは憲法が空気のように当たり前にある中に生まれ育ってきましたからね。憲法の力を体験することができないんですよね。この平和は当たり前じゃないんですよ。努力しなければ維持できないものです。人間は戦争なんてすぐ始めますよ。重石がなければ。」

戦前生まれの人と直接、顔を合わせて会話をするとき、人々は狂った時代の中を生き抜かされてきたということがよく伝わってくる。

今の憲法はアメリカによる押し付けじゃなくて、日本政府にないがしろにされていた日本の人々が求め、欲していた憲法だったんだろう。

戦前生まれのその女性は「あの憲法の『男女平等』おかげで、私は学校に行くこともできたし、勉強させてもらえたんですよ。もしあの憲法がなかったら、中学校卒業後、進学させてもらえなかったでしょうね…」とも言っていた。
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2006/10/26

『殺気』

小学校の頃から同級生に「ばい菌だ、ばい菌だ」といじめられていた人が言っていた「同級生のことはまだ許せない」と。

小さい頃から、「お前なんて本当は生みたくなかったんだよ。お前が生まれたから、私の人生がくるった」と言われながら育てられた人がいる。彼女は「母が憎い、許せない」と言っていた。

中学三年生のとき「お前は馬鹿だから、高校になんて行かなくていい」と担任の先生に言われた人がいる。彼は「そんなことを言って、就職させたあいつのことがまだ許せない」と言う。

一時期、同棲していた男性から繰り返し、繰り返し性的な暴力を受けた女性がいる。身も心もぼろぼろになり、今でも男性の傍によるだけで鳥肌が立つという。「彼の人生をぼろぼろにしてやりたい、まだ許せない」と言う。

婚約していた彼女が、ほかの男性とも付き合っていたことがわかり、婚約を破棄した人が言っていた「あいつは俺がかわいがっていた後輩と付き合っていたんだ。あいつらのことは絶対に許せない」と。

いつも夜遅く、泥酔いして帰宅したお父さんは、「やめて」と泣き叫ぶお母さんに暴力を振るっていたという。そんな環境で育った人が言っていた「父のことは一生許せない」と。

最近、そんな話をよく耳にする。「許せない、絶対に許せない。殺せるものなら、殺してやりたいくらいです」と。

『殺気』立った空気を感じる今日この頃。
ただの『殺気』ではなく、正当化された『殺気』が蔓延しているように感じる(気のせいか…)。

一人ひとりの「憎しみや殺気」って集合体になると、世の中を破壊するくらいの力になってしまうようで怖い。

許しがたい一つ一つの出来事や人と和解することは、難しいけれども、誰もが試みることのできる平和な世界づくりのひとつなんだろう。
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許すというのは、過去や起こってしまったことを変えることではない。
許すというのは、忘れることでもない。
許すというのは、傷つけた人のためにするものでもない。

憎しみや怒りと共に暮らし続けるのは、傷ついている自分にとって、重荷が重すぎるから、苦しすぎるから…。
自分自身のために許す。『殺気』から開放されるために。
憎しみや怒りから開放されるために。
でないと、怒りによって、自分の体が蝕められていってしまうから。

もうそろそろ、許してあげようよ。自分のために。

2006/10/25

あの世へ向けての準備

20061025010133


先日、織り上げたマフラーです(写真:4つ折にしたもの)。ワイン色のは祖父へ、幅の広い、いろんな色の入ったのは祖母へ贈る予定です。

肺がん末期の祖父は、先月から10キロも体重が減りました。

数日前、出勤する途中に祖父母の家の前を歩いて通ると、祖父は独りで庭先の椅子に座っていました。「じいちゃん、行ってくるね!」と言うと、顔を上げてこちらを見て「今からかい?今日も帰りが遅いのかい。気をつけてね」と言って見送ってくれました。
私はニコニコしながら、元気な声で「うん、行って来ます!」と言い、そのまま行きましたが、祖父の一人取り残されてとてもさびしそうな顔が目に焼きついて、後ろ髪を引かれる気持ちでいっぱいでした。「あんな悲しそうなおじいちゃんの顔、いままで見たことなかった…。おじいちゃんを一人にできない…」などいろいろ考えながら駅まで歩いていきました。

そんな祖父へ、ワイン色のカシミアの毛糸を使い、好きな音楽の流れる部屋の中で、祈りながら織りました。心の平安と共に余命を送れますように、安らかに向こうの世にいけますようにと。

織っている時、「自分のお腹にいる生まれてくる子供のために祈りを込めて洋服を作ったりするお母さんって、こんな感じなのかな」と、そんなことまで、ふと思ってしまいました(ちょっと違うかもしれませんね…)。

私が母のお腹にいるとき母は、よく編み物をしたり、おしめなどを縫っていたとのこと。母は編み物と洋裁、祖母は和裁をします。布や糸が大好きな祖母と母です。そんな環境で生まれ育った私はいつも反抗していました。七五三のときも着物を着たくないと我を通し、手作りの着物を孫娘に着せたいと思っていた祖母や周りの大人を困らせました。小学校の低学年頃までは、駆け回ったり木登りをするのに不都合だから、スカートを履きたくないと言い、既製品のジーンズの半ズボンをはき、半そでの体操着を着て学校へ行っていました。(真冬でも半そでのシャツを着て、半ズボンを履いていた頃もありました。祖母や母の着せ替え人形になりたくなかったということもあったのだと思います。)

こんな私だったのですが、今では手作りのものや布や糸が好きです。布や糸に囲まれているとあたたかい気持ちになり、気持ちが穏やかになり落ち着きます。

話がそれてしまいましたが…。

死と向き合っている祖父が、独り寂しくなることがありませんように、心身ともに痛み無く、平安な気持ちであの世界へ旅に出られますようにと祈りつつ織ったマフラーです。祈りが届きますように。

*掛け布団も重たく感じる祖父にはできるだけ軽い毛糸で、重くならないようにと心がけました。祖母はよく外出するので、大きめでショールにもなるようなものにしました。

2006/10/20

10月23日(月) 共謀の日記念 秋のピアノの夕べ

まだチケットが残っているとのことです。
舘野泉さんの奇跡的な回復については聞いたことがありましたが、実際に演奏を聞いたことはありません。この機会に共謀罪新設反対の願いが込められた、舘野泉さんとフィンランドで共に活動している仲間(お弟子さん)によるコンサートに行ってこようと思っています。みなさんもいかがですか。

共謀罪新設反対 一億二千万、共謀の日記念-秋のピアノの夕べ
東京:10/23(月) 午後6時30分 開場午後6時 (午後9時前終了見込)
東部フレンドホール(江戸川区瑞江2-5-7・都営新宿線 瑞江駅北口徒歩2分 ℡03-5666-1221)
入場券1800円

ピアニスト
舘野 泉さん
「左手のピアニスト」として、 NEWS23でも特集が放送されました。
水月 恵美子さん
平原 あゆみさん

チケットのお求めは、山脇法律事務所 03-3431-2495
または共同署名運動 03-3591-1301(救援連絡センター気付)まで
詳しくはこちらを:
http://www.kyoubouzai-hantai.org/news/siryou/061023concert.htm
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共謀罪新設反対 一億二千万、共謀の日記念
秋のピアノの夕べ  についてのご案内

 この度、2006年10月22日(日)の「共謀の日」に因んで、「秋のピアノの夕べ」を催す事になりました。開催が翌日の10月23日(月)になりましたのは、今回の演奏者の御都合によります。
 舘野泉氏は、フィンランドに住んでおられる、日本(及びフィンランド)有数のピアニストであり、その透明で抒情的な演奏は、多くの人々の心を魅了しています。2002年脳溢血で倒れ、右半身不随になられましたが、演奏への熱い想いと不屈の御努力によって、左手の奏者として、奇蹟的に復活されました。
 舘野氏とそのお弟子さんである水月恵美子氏、平原あゆみ氏の三人の御協力により、今回の音楽会が実現することになりました事を、大変嬉しく、有難く思っております。

(主催者の山脇晢子さんの言葉を一部抜粋)

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音楽会にはあまり行かれない、
あるいは今回迷っていらっしゃる皆様へ

 10月23日に東部フレンドホールでピアノ演奏を披露して下さる舘野泉氏は、日本有数の、多分、名声と演奏活動の多さなどによって、日本のピアニストとしては、5本の指に入ると評価されるピアニストだと思います。
 しかし、私が舘野氏の演奏を望みましたのは、同氏の名声や評価を良しとしたからではありません。私は、同氏の御発病前の演奏が暖かで美しいものであった事を知っておりました。そして、同氏が闘病を経て、左手(のみ)の奏者として復活された後の本年春頃、たまたまラジオ放送で同氏の演奏を聴き、ラジオ放送による調整があるにせよ、同氏の演奏が御発病前より深まっていると感じました。ですから私は、日々のお仕事や共謀罪反対などの活動にお忙しく、音楽会に行かれることも、いわんや演奏者を選ばれることも容易ではない方々に、私が安心してお勧めできるピアノの演奏者として、同氏を選んだのです。
 本当かなとお思いの方、クラシックの音楽なんてどうかななどとお思いの方も、だまされたと思って、是非この演奏会においで下さい。必ずや、皆様のお心の琴線に触れる音楽にお会い頂けると存じます。
 尚、この「秋のピアノの夕べ」の入場券は、皆様においで頂き易くする為に、同氏の通常の演奏会のそれの、半額ないし3分の1程度になっております。

山  脇  哲  子

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ゲスト紹介

舘野 泉
1936年東京生まれ。60年東京芸術大学を首席で卒業。64年よりヘルシンキ在住。68年メシアン・コンクー ル第2位。同年よりフィンランド国立音楽院シベリウス・アカデミーの教授をつとめる。81年以降、フィンランド政府の終身芸術家給与を受けて演奏生活に専念し、今日にいたる。96年日本と諸外国との友好親善への貢献に対し、外務大臣表彰受賞。 これまでに、日本と北欧5カ国をはじめ、欧米、豪州、ロシア、アジア諸国、中近東の各国で3000回を超えるコンサートをおこない、その温かく、人間味あふれる演奏によって、世界のあらゆる地域の聴衆に深い感動を与えている。多彩なレパートリーを誇り、持ち前の情熱的で美しい音色を生かした演奏は音楽への愛情で溢れている。 リリースされているCDはすでに100枚に近く、いずれのアルバムも世界中の、幅広い層の聴衆の熱い支持をえている。 純度の高い、透明な抒情を紡ぎだす、この孤高の鍵盤詩人は、2001年に演奏生活40周年を迎え、それを記念して各地でリサイタルを行ったが、その翌年、脳溢血で倒れ右半身不随となる。2年半に及ぶ苦闘の日々を不屈の精神でのりきって、左手による演奏会で復帰をはたす。命の水脈をたどるようにして取り組んだ左手による作品は、静かに燃える愛情に裏打ちされ、聴く人の心に忘れがたい刻印を残す。日本の、クラシックのアーティストとしては初めての、そして最も長続きしている「ファンクラブ」を各地に持つ。
南相馬市民文化会館名誉館長。オウルンサロ(フィンランド)音楽祭音楽監督。
最新アルバム: 風のしるし・オッフェルトリウム(エイベックス)
新刊: ひまわりの海(求龍堂)
 
水月 恵美子
桐朋学園大学ピアノ科卒業。それまでにピアノを山田雄子、宝木多加志の各師に、室内楽を岩崎淑、中川良平の両氏に、また指揮を堤俊作氏に師事。
卒業後、ジュネーブ国際コンクール指揮者部門東京予選におけるピアニスト、二期会オペラ振興会、モーツァルト劇場等のピアニストとして数々のコンサートの伴奏者を務めた。また関西フィル、東京シティ・フィル、日本フィル、札幌交響楽団等と共演し、グリーグ、シューマン、ラフマニノフの第2、チャイコフスキーの第1、間宮芳生の第3ピアノ協奏曲およびサン=サーンス「動物の謝肉祭」、三善晃「樹上にて」、ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」を演奏した。
87年に舘野泉氏の推薦によりフィンランド政府給費留学生としてフィンランド国立シベリウス・アカデミーに入学、同氏のもとで研鑚を積む。89年フィンランド音楽祭「白夜の国のソリストたち」に出演。同5月にはシベリウス・アカデミーのソリスト・コースを優秀な成績で修了し、その後は東京、ヘルシンキを中心にソロ、室内楽や声楽伴奏など多岐にわたる活動を行っている。
90年にサヴォンリンナ音楽祭にて二期会のソリスト歌手たちと共演、その年より7年間、同音楽祭の主催するマスタークラスにて著名な声楽家のアシスタントを務めた。
94年に日本演奏家連盟主催のリサイタルに出演。96年フィンランド・ヤルヴェンバーにおけるシベリウス・ウィークスに、また98年~2000年夏にオウンサロ音楽祭に出演。2000年3月には師の舘野泉氏とともに録音した「タンゴ・デュオ!」のCDがワーナー・フィンランディアレーベルよりリリースされた。
 
平原 あゆみ
1981年鹿児島生まれ。桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業。第9回フッペル平和祈念鳥栖ピアノコンクールグランプリ、第21回鹿児島新人演奏会・県知事賞受賞。舘野泉が音楽監督を務めるオウルンサロ音楽祭(フィンランド)へ2度にわたり参加し、音楽祭期間中、室内楽・ソロの様々な演奏会で活躍。06年5月東京にてデビューリサイタルを行い本格的な演奏活動をはじめる。現在、舘野泉氏のもとで唯一の弟子として研鑽を積んでいる。

2006/10/18

いじめ

いじめが原因で自殺しているのは、学生だけではありません。会社でも、大人の組織の中でも、いじめはあるようです。そして、そのいじめが引き金となって、自らの命を絶ってしまう大人もいます。

教師だけの問題にしてはいけないと思う。
学校だけの問題にしてはいけないと思う。

重箱の隅をつつくように、教師の資質や学校のあり方だけを問題視しても、構造的に病んでいるこの日本社会から、いじめが原因で自殺する人の数は減ってはいかないと思う。

極限まで追い詰められて「私にはもう行き場がない」と感じ、死を最後の、唯一の手段として考えている人たちに、逃げ道をつくってあげたい。真っ暗闇の中で独り、声を殺しながら泣いている人たち、声にならない助けの悲鳴をあげている人たちに、ひとつでもいいから光の見える道をつくってあげたい。

今、誰かをいじめて追い詰めている人達、誰かにいじめられている人達、いじめられている人やいじめている人をただ傍観者としてみている人達、私を含めたすべての人に、いまひとつの選択肢が必要なんだと思う。

いじめない、逃げる、傍観者でいないという選択肢。

この国では、毎16秒に1人自殺しているという。いじめだけが自殺の原因ではないけれど、この自殺の数の多さは異様だと思う。個々人だけの問題ではないということが明らかではないでしょうか。

自殺によって大切な人を失い、残された人々の心の平安をお祈りします。

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アメリカや日本も、北朝鮮をいじめて、追い詰めている。

大企業も、下請け会社に出す仕事の値段を限りなく値切り、中小零細企業をいじめて、追い詰めている。

企業も、残業代は出せないけどリストラされたくなきゃ働け働けと、会社員をいじめて、追い詰めている。

どこを見まわしても、大きくて力のあるものが正当化され、声無き小さい弱者をいじめて追い詰めている様子が目にはいってくる。

2006/10/16

『身分保証』について

日本に帰ってきて、職に就き、職場の上司に言われたことがある。
「日本は『所属』や『身分保証』が大切だから、きちんとしておいたほうがいいわよね」と。

突然に、『所属』や『身分保証』が大切だと言われても、「はぁ~、そうなんですかぁ」としか思えなかった。

いろいろな会へ参加すると「所属と名前」を聞かれる。それはそれでいいのだけれど「あれっ?!ちょっと待てよ」と思ったことがある。ある組織に所属する人の意見は、その人に属するのではなく、その人の所属先の意見として扱われることが少なくないということ。それに気づいてからは、公の場で意見が言いづらくなった。

              ********

職から職へと転々として、不安定なひぐらし生活を送っていた友人が、今月ある会社に『正社員』として入社した。20代後半の友人はすでにご両親を亡くしており、唯一の身内はお兄さん。でも、お兄さんとは犬猿の仲で、ご両親のお葬式にも顔を合わせたくなかったというくらいの関係らしい。正社員になるために『保証人』のサインが必要だったので、嫌だったけれど、お兄さんに頭を下げてサインしてもらったと言う。

正社員になった友人のことを、仕事関係の人に話すと「『身分保証』がちゃんとできて、良かった、良かった」と言われた。

友人が仕事に就けて、収入が得られる(家賃を払える、食費を稼げる)ことが良かったのではなく、「『身分保証』が得られて良かったね」という反応を耳にした私は「この人まで、そんなこと言うんだなぁ」と日本での『身分保証』の大切さを再度確認させられたような気がした。

            *********

現在、日本では、賃貸のアパートの契約を交わすときに必要な『保証人』がいない人のために、代わりに『保証人』になる会社があるという。もちろんお金を支払わなければ『保証人』にはなってくれない。『保証人』として機能している間はず~っとお金を支払い続けるようだ。毎月、一万円で『保証人』を買うようなものなのかぁ。

なんか変だと思う。

この国では、「私という人」に『保証人』がいないと、「私という人」は信頼してもらえないないのか。『保証人』というのは金銭面で保証するという意味がほとんどであるような気がする。その人の信頼性や能力の保証ではなく、金銭的に連帯保証するという意味合いが多分に含まれているような気がする。

            **********
  
今、一人っ子が増えている。一人っ子の男性と一人っ子の女性が結婚して、子供一人を生み、育てる場合。その子供には、両親がいて、両親の親がいたとしても、兄弟姉妹やいとこはいないし、おじさん、おばさんもいないことになる。

遠い親戚と関係を持っていれば、いいかもしれないけれど。

その子が大きくなり、万が一親が亡くなってしまったら、職に就くとき、アパートを借りるとき、家を購入するとき…等、一体、誰が『保証人』になるのだろう。保証会社なのか。人間関係や信頼関係まで、お金で済ませろというのか。

            **********

組織や社会に対して、「この人は保証された人です」というものを示さなければ、ひとりひとりの人間は、この社会の中では信頼もされない存在なのか。

正社員になることで、この社会の中で通用する『身分保証』がはじめて得られるとか、なにをするにも『保証人』が必要だとか、この日本社会の「常識」が、ちょっと変だと思うのは私だけだろうか。

2006/10/16

言葉

感覚が研ぎ澄まされすぎて、外からの情報ひとつひとつに対して過敏に反応している。

そんな時は、思い感じていることが、自分の中でアメーバのように細胞分裂を起こし、みるみるうちに増えていく。

思いは限りなく増える一方で、行き場を得ない。

思いは原始的な形にとどまり、進化して言葉になってゆかない。

言葉になってゆかない思いは、魔力を持ちいろんな形で私を操る。

思いの魔力に支配されたくないから、どうにかして表現しよう、しようと苦し紛れにもがく。

勇気を持って、未熟でもいいから、言葉にしてみようとする。
そうすると、言葉に対する人のまなざしが、ビュンビュンと飛んでくる矢や、グサッグサッと突き刺さってくる槍のように感じられてくる。
痛くて、痛くてたまらない。

今にも声になりそうな言葉は、周りの勢いの良い槍槍にかき消されていく。

やっとのことで発した言葉が、暴言や非礼な言葉で踏みにじられたら、もう二度とこの体からは言葉は出てこないだろう。

体も言葉も凍りついてしまう。

**********************
最近、表現について考えています。
そんなときにふと思ったことです。

2006/10/12

不安感や恐怖心をあおる

人間をコントロールし、思うがままに操るためには、何らかの手法でコントロールの対象となる人々の不安感や恐怖心をあおるのが一番効果的であるような気がする。

気がつかないうちに大人も子供にやっている。

泣いている子供:「おなかいっぱい!もう食べたくないよ~」
親:「食べないと、もうお前には○○を買ってあげないから!」
子供:「・・・」

生徒:「先生の言っていることに納得できません。」
教師:「内申書に何を書かれるか、わかっているんだろうな!」
生徒:「・・・」

部下:「今月の売り上げは○○円です。」
上司:「本部は人員整理をし始めているから、お前のそんな売り上げだと、危ないぞ!」
部下:「・・・」


精神疾患を持って入院している患者:「好きなときにお風呂に入りたいんです!」
医師:「そんなこと言っていたら、いつになっても退院できないぞ!わがままばかり言っていると、薬を増やすぞ!」
患者:「・・・」

日本の人々:「教育や福祉や医療の充実を!労働の場と生活の質の向上を!」
一部の行政官・政治家・メディア:「日本が北朝鮮の核の標的になるかもしれないのに、そんな流暢に自己中心的なことを言っている余裕はないだろう!」
日本の人々:「・・・」

人々と一部の行政官、政治家、メディアは平らな関係を持ち得ないのか?! 民衆が理不尽で卑屈な立場に置かれ、コントロールされている社会構造が浮き彫りになってくる。

2006/10/06

耳にしたことなど・・・覚書

・「感染症」と「裁判」が今の厚生労働省の一番の関心事だという。また、自分たちの生活・立場の安定、福利厚生が優先課題であり、多くの人々にとっての福祉、医療、労働政策については関心が薄い。

・靖国問題のため、日本の大企業は今までのように中国に投資ができなくなり、行き先に困り果て日本にだぶついている大企業の大金。今、「日中○○○」と名づければ、成果の期待されない活動であっても、ほとんどの活動に資金がついてしまうという。

・日本の携帯はそのまま海外では使えない。香港から来た人も「私の携帯が使えないのは日本くらいだよ~」と嘆いていた。大企業保護のために人々が大きな負担(料金・利便性等の面で)を負っている。社会問題にもならない大企業の通信料独占の現状。

保身、私利私欲、傲慢、虚業、虚言、欲…で覆い尽くされているような社会環境。

きれいな空気が吸いたい。

続きを読む ≫

2006/10/05

自給自足の生活

大企業や官僚が、人民をコントロールする力を強めたい、強めたいと努力している動きがひしひしと伝わってくる今日この頃。そんな流れを目の当たりにするたびに、自給自足の生活を営み、どんなことがあっても権力に飲み込まれずに生き抜くたくましさを持ちたいと、現実離れしたことを考えてしまう。実際には、今現在の日本においてそれは無理だろう…。でも権力にコントロールされずに生き抜くことができたら、どれだけ達成感や充実感があるだろうと夢想してしまう。

食べ物も、身にまとう物もみんな自分たちで調達する。家も自分たちで建てる。水も自分たちで引き、燃料の調達も自分たちで行う。教育も福祉も医療もすべて自分たちのコミュニティー内で調達し合う。日の出と共に起き、日の入りと共に一日の仕事を終える…。

私が理想に描いているのはアーミッシュのようなコミュニティなのかもしれないなぁ。質素でも、飢えることなく、心の平安や小さな幸せを大事にしながら、自然のペース(日の出日の入、四季、動物や植物の成長するペース等)に寄り添って生活を送るということは、今の時代、とっても贅沢なことであるような気がする。

********************
最近、特に、夢見る夢子モードに入っている。今の「とってもおかしい」人間社会の中で日々を送っていると、自分だけの世界にす~っと入ってしまいたくなることがある。今の日本で、現実を直視していたら病気になるのが「普通」で、「健康」でいられるほうが奇跡的なことだと思う。

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プロフィール

るるど

Author:るるど
好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

email: mariaatlourdes@hotmail.com

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