るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/06/29

ホスピス

最近、世の中を見回してもよい話がないので、自分の世界にちょっと浸ってみよう。

私の将来の夢はホスピスケアに携わること(いい大人なのに、子供みたいにまだ夢見てます・・・)。

以前、ホスピスでボランティアをしていました。高齢者施設の同じ部屋で生活していた旦那さんをなくしてしまったおばあちゃんとのかかわりを持っていました。おばあちゃんに会いに行き、たわいないお話しをしたり、旦那さんの遺骨・お葬式の相談、おばあちゃん自身の病気のこと、家族のこと、これからのこと、その他のいろんなことについてをお話をしました。

それから、医師や病院にホスピスのことを知ってもらうために、病院に行ってマッサージをしたり、学校や地域の中でホスピスについて知ってもらうための活動や資金集めの活動などをしました。

私の関わっていたホスピスの財団は、夫婦二人で立ち上げた手作りのホスピスでした。奥さんが看護士、旦那さんは縁の下の力持ち的な存在でした。二人はお子さんがいなく、多くの私財を投入して財団を立ち上げました。奥さんは「このお金で、リゾート地に豪邸を建てることもできた。でも、そんなことはばかばかしい。お金は自分たちが長年あたためてきた夢を形にするために使いたかった」と言っていたのが印象的でした。

できれば、いつか、自然の残された地球のどこか大きな空の下で、彼らのような志や夢を持った人たちと一緒に働きたい。

私が本気でホスピスに関心を持ち始めたのは、大切な人の死がきっかけです。その人は余命6ヶ月と医師から言われたとき、治療はせず、緩和ケアのみで自宅にてホスピスケアを受けることにしました。そして、最期の10日は、延命治療は一切せず、大量のモルヒネなどの痛み止めの投与だけでした。遠方にいた私が彼のところに着いたのは、天国に行ってしまった日の午後。

普段、私はほとんど夢を見ないのですが(見たとしても覚えてない)、彼の命があと数日だと聞いた次の夜にある夢を見ました。今でも鮮明にあの夢のイメージは頭の中に残っています。その夢のことを、彼の傍で最期まで一緒にいた人々に伝えたらみんな驚いていました。彼が死ぬ前に、あの世とこの世を行ったりきたりしていた時に見ていた幻覚・夢と私の夢は全く同じだったのです。彼は死ぬ前に周りにいた人たちに見えていた幻覚・夢を何度も伝えていました。本当に不思議です。私はその夢は彼からのプレゼントだと思いました。あの夢を見てから、死がとても身近になり、いとおしくさえ感じるようになりました。夢を通して、彼は光の中へ向かって行くということを教えてくれました。彼が一番大切にしていた者たちと共に光の中へと歩いていきました。先に行った人たちはすでにもう光の中にいるということも教えてくれました。

絵が上手だったら、あの夢を油絵か水彩画で残しておけたんだろうなと思うと残念です。でも、何年経っても夢に見たイメージは頭の中から消えません。

死は、村上さん、小泉さん、赤ちゃん、若者、ホームレス、女性、男性、日本人、スウェーデン人、イラン人、エチオピア人、インド人、どんな人に対しても平等です。死の直前というのは、人生の中で、一番矛盾が少ない場面であるような気がします。出産も一つの大切な場面だけれど、この世を去る時もまた大切な一つの場面だと思う。大きな泣き声をあげてこの世に出てくる赤ちゃん、そして穏やかな笑みを浮かべてこの世を去り、向こうへ行く人。そんな最期の場面に立ち合わせてもらえる仕事に携われる日が来ることを夢みています。

あの夢は私の宝物です。形のあるどんなものよりも大切な、誰にも奪われることのない宝物です。それと同時に、多くの人たちと分かち合うことのできる宝物でもあります。そして、この覚書はその分かち合いの一つです。どうぞ遠慮なく受け取ってください。これを読む一人ひとりの方が、この世を去るときには笑みを浮かべつつ、心穏やかに向こうに行くことを願っています。

後日追記:
ホスピスケアは、スピリチュアルケア、往診する医師、看護師、福祉士、ボランティア、家族、友人、地域の人々の手厚いケアがあって充実するものです。
私の関わっていたホスピスでは、料金を払えない人に対してもケアの拒否は一切していませんでした。裕福な人も貧しい人も同等の対応やケアを受けていました。
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2006/06/29

『外務省、英軍に日本人記者の同行取材拒否を要請』

NIKKEI NETより(6月29日)

外務省、英軍に日本人記者の同行取材拒否を要請
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060629AT2M2900429062006.html

 日本の外務省がイラクへの英軍同行取材ツアーに日本の報道機関記者を加えないよう、英外務省に要請していたことが28日明らかになった。ツアーは7月に予定されるイラク南部ムサンナ州での英軍など多国籍軍からイラク治安部隊への治安権限移譲を取材するもの。在英日本大使館によると、「退避勧告が出ているイラクに日本人記者が入るべきではない」と英国側に伝えた。

 英外務省の担当者は「記者の取材をやめさせるような要望が来ているのは日本だけ」と困惑しているが、要請を受けて日本の報道機関についてはツアーの受け入れ手続きをいったん中断した。

 ムサンナ州の州都サマワに約600人が駐留する陸上自衛隊はクウェートに向けた撤収作業を始めているが、イラクでの取材は一切受けつけていない。(ロンドン=横田一成) (12:46)

***********************
この記事を読んだら、鳥肌が立ち、気分が悪くなってきた。
なぜ外務省が自国の報道者の行動を束縛するのか。
他の国の報道者には与えられた報道する権利や自由まで、自国民から奪う外務省。

2006/06/28

そばにいて、そっと寄り添ってくれる人

愛する人たちを失った時、悲しみに打ちのめされている私にそっと寄り添ってくれる人は一人もいなかった。

愛する人たちを失った時、どうしていいかわからなかった。

愛する人たちを失った時、人々はそれは私のせいだ、私が悪いと言った。

愛する人たちを失った時、世間は私の私生活を世間の話題にし、噂話に花を咲かせ、お金を儲けた。

愛する人たちを失った時、世間は沸々としている私の怒りを逆立てることばかりをくり返し私の耳元でささやいた。

愛する人たちを失った時、悲しみと怒りで頭が狂いそうになった。

愛する人たちを失った時、誰も私をそっとしておいてくれなかった。

愛する人たちを失った時からもう何年経っているだろう。
あの二人はもう戻ってこない。
時間だけが私の傷を癒してくれると思った。
そっとしておいてほしい・・・時間が悲しみと怒りを薄めてくれるまで。

でも、世間は私をそっとはしておかない。一時とも、忘れさせてはくれない。生々しい傷をくり返し毟る。その度、傷が深くなる。その度、傷は大きくなる。傷で覆われてしまった私。

そっとしておいてくれなかった世間は、私を涙も出ない鬼にした。
もう、泣きたくても泣けない。自分が何を感じているかわからない。

ただ、凍りついた怒りと悲しみと氷のような理性だけが・・・残された。
こんな私の傍にそっと来て、寄り添い、心をほぐしてくれる人はいない。

2006/06/27

やな予感・・・

日本にいても、外国にいても、私はほとんどテレビを見ない。でも、最近体調がすぐれなく、家にいる時間が普段よりもあったので、何度かテレビをつけてみた。

なぜか殺人事件ばかりが取り上げられている。そして、日本社会の規律と安全を守るためには、犯人には死刑という罰が下されてもしょうがないかのような風潮がつくりあげられている。若者の起こす殺人事件や子供の事件を、これでもかこれでもかというくらいに放映するテレビ局ばかり。何度かそんな番組を見ているうちに、精神的にも、身体的にも気分が悪くなってきた。テレビはやめて、知人から借りた岡倉天心に関してのビデオを見た。いつもテレビをつけて見ている人たちは、どんなこと考えながらで見ているんだろう(テレビは大衆を洗脳するのには手っ取り早くて、都合がいいんだろうなぁ。誰からも見ろ、見ろと強制されなくても、視聴者たちは自分の意思で進んでお金(電気代も含め)を出して見ているんだから・・・)。

話がちょっとそれてしまったが・・・。
なぜ、子供の事件や若い人たちが起こす“理解しがたい”殺人事件をこんなにも取り上げるのだろう(理解しがたい事件だとはあまり思わないけれど)。行政やメディアが何らかのキャンペーンを張っているのではないかと深読みしてしまう。教育基本法の見直し、そして改正に対しての反対意見を押さえつける流れをつくっているような気がする。人々の不安と恐怖をかきたて、国として、社会として、子供や学生や若い人たちの教育、指導、管理の強化を図らなければならないと思わせる風潮をつくりあげているのではないか。

そして、そのすぐ先には、徴兵制度が見え隠れしている。やな予感・・・。(もちろん、徴兵制度なんて言葉は使わず、「青年自立支援給付制度」とかなんとか言って反対できないような社会正義に満ちた言葉を使うんだろうな。)

時の流れの速い現代社会においては、一見平和な社会から、不安定な戦争社会へ向うのは、あっという間に起きてしまうことかもしれない。

一部少数の人たちの欲や利益の為に、国や権力者によって、民衆の不安や恐怖感や不満が利用されてしまう場合が少なからずある。メディアが人々の不安を必要以上にかき立てるときは、要注意だと思う。自分たちの負の感情をうまく利用されないように冷静になり、政治的・社会的権力に対して警戒していないと、結果的に自分たちで自分たちの首を絞めることになる。

「気がついたときには、すでに時遅し」

************
そうだ、そういえば「テポドン」のこともあった。「テポドン」を理由に日米軍の武力強化や防衛庁から防衛省なんてあってはならないこと。そんなことをしたら他の国々に向かって「目の前に敵がいるので、これから戦争の準備に入ります!」と示すのと同じことになるのではないか。「テポドン」は、戦力ではなく、外交力で解決する問題ではないのか。このグローバルな時代に、それほど日本は外交力がない国だということを、世界各国に示したいのか? 武力以外にも、情報、物品、人脈などが豊富にあるにもかかわらず、すでにあるものを最大限に使おうとしない、頭も使わない、おろかな国よ・・・。

2006/06/26

義務教育現場―そうじの時間

小学校の時、私が好きだった時間は、図工、家庭科、体育、給食、放課後・・・そして、そうじの時間。

それ以外の時間は先生が一国の主のように、生徒に対して天下を取っていたので息苦しかった。国語の時間は最悪だった。教科書に載っている物語を読んだ後、「この作品には著者のどんな想いが込められていますか?」という質問をする先生。読み手によって物語の解釈の仕方はいろいろなんだろうなと思いつつ、挙手し、起立して自分なりの答えを発言すると、いつも間違っていた。正しい答えは先生が持っている。教室では、先生の答えが唯一、絶対的に正しい答え。生徒たちが納得しないと、いろんな理屈をこねて自分の答えが正しいこと、それと異なるの答えが間違っていることを証明しようとする。そんなことをやる先生を見ながら、何が楽しいんだろうと子供ながらばかばかしく思った。先生だけが持っている本には「正しい答え」が書いてあったようだけれど、それをそのまま鵜呑みにして、一つの答えしか持てない先生がかわいそうで、哀れに見えたこともあった。こんなたわいない経験からも、生徒たちの想像力や考える力が潰されていたことに気づく。

国語の時間は私の想像力や考える力を潰していたけれど、そうじの時間は私を育ててくれた時間だと思う。そうじの時間が大好きだった。庭そうじ、教室の掃除、廊下の掃除、トイレの掃除、・・・いろんなところで、生徒だけで自由に動けた。そうじの時間は、担任の先生は職員室で他の先生たちと会話に花を咲かせていた。そんな時間は生徒だった私には天国だった。

自分たちで、自分たちの使う場所を綺麗にするというのはとても気持ちがいい。トイレ掃除も楽しかった。まず床を掃く、そしてホースから出てくる水を床にかけながら、たわしで綺麗に床を磨く。便器や流しや窓ガラスも綺麗にする。自分たちで掃除をするから、みんな丁寧に、綺麗に使う。だから、汚いものを掃除していたという感覚はなかった。真夏の暑い時期に水をかぶりながらのトイレ掃除は最高の時間だった。誰かが率先して楽しんで掃除をしていると、みんなで楽しく掃除をする雰囲気ができてくる。(さすがに、1年生~4年生が使っていたこいだめが足の下に見えるトイレは用務員のおじさんが掃除してくれていた。感謝。感謝。)

今考えると、文句も言わずにみんなよくやっていたなぁと思う。楽しかったから、文句なんて考えつかなかった。掃除の時間は、責任を与えられ、それを果たす立派な大人になった気分をちょっぴり味わうことができたような気がする。

掃除が大好きになったのは、小学校の校長先生の影響もある。毎朝、誰よりも早く学校へ行っていた校長先生。竹ぼうきを持って、校庭や周りの庭掃除をしていた。校庭やその周りはいつも綺麗だった。時々、植木の手入れもしていた。毎朝ほとんど欠かさずに黙々と掃除をしている校長先生の姿を見て、なんて立派な先生なんだろうと思った。今まで、日本で出会った先生の中で一番尊敬している先生。そして、教育の場で多くの「先生」という人たちに幻滅する経験をしたとき、大島校長先生のことを思い出して、素晴らしい先生もいるんだから「先生は嫌いだ!と全ての先生を批判しない」と心に念じていました。

外国の学校へ通い始めて、掃除の時間がなかったことが物足りなく感じた。自分たちで使うものは、生徒が自分たちで綺麗にすればいいのにと思った。その学校は、清掃だけをする労働者がいた。そんな労働者の姿は生徒たちの目に留まらない様子だった。生徒たちはどんなに汚くしても自分たちで掃除をしなくてもよかった。だから、掃除のする人たちの大変さが全く想像できなかったのだろう。あまり綺麗な学校ではなかった。落書きや食べ物のしみ、ゴミも落ちていた、破損物も少なくなかった・・・。綺麗だったのは清掃する人が掃除をした直後だけ。

生徒がやりがいを持って掃除できる環境づくりとその余裕のある教育は日本の義務教育の宝の一つだと思う。でも、今はどうなんだろう。

2006/06/22

義務教育現場―部活動

日本の義務教育の中で忘れられない一つに部活動がある。
バレーボール部に入っていた。一学年40名くらいで、約120名いた大きな女子バレー部。

毎朝、朝の練習で授業が始まる前に校庭10周くらい(4キロ)走った。
一日の授業の後、放課後にはよる7時過ぎまで練習。
土曜日も日曜日も日が暮れるまで練習。

一年生の時は、基礎体力づくりと玉拾い。三年生の補欠の先輩が、一年生の練習指導と管理をする。腹筋100回。背筋100回。日の照った暑い日には、水呑場まで行ける休憩が待ち遠しい。でも、水を飲んでコートに戻ってくるのが遅いと、電気椅子の罰が待っている。両腕を体に対して90度にして、前に突き出し、ひざを90度まげてがまんする。先輩の許可が出るまでがまんする。もしがまんできなければ、校庭10周。

二年生になると、一部の選ばれた選手だけがボールを使って練習できる。三生の先輩が引退すると、二年生はみんなボールがさわれるようになる。

練習試合に出れるようになると、それはそれで楽しい。でも、負けると顧問の先生は自分の体育館履きを脱いで、選手の頭をたたきつける。鼻血を出しながら、ユニフォームを真っ赤にして試合していた選手もいた。

今考えると、ひどい環境にいたものだ。

学校外でも、街中で先輩を見たら、頭を下げて姿が見えなくなるまで「こんにちは~、こんにちは~」と大声で叫ぶ。大人は見ていても、何も言わない。

将来、ピアノの先生になりたいと言っていた同級生は、突き指をしたら大変だと言い、部活動を途中でやめた。そうすると、その生徒の友達関係は180度変化した。学校でのその子の評判は悪くなり、違うクラスの子だったけれど、大変そうだった。

一つ上の学年に遠い親戚のお姉さんがいた。偶然にも同じ部員(入ってから知った)。優しくしてもらった私は恵まれていた。その頃は背も高く、ジャンプ力もあった私はボールを早くからさわらせてもらえた。他の生徒より恵まれていたかもしれない。でも、厳しい上下関係、盲目的な過度な練習、いじめなのか指導なのか微妙だった先輩の後輩への指導など、いろんなことがばかばかしく、いやになった。そして二年の途中からは生徒会活動ばかりに時間を割くようになった。生徒会を理由に部活動の練習は頻繁に休んだ。逃げていたようで、気が引けたが、今考えると自分の感覚は間違っていなかったんだと思う。どう考えてもあれは、変だった。

自分たちが三年になったとき、同級生はみんな、後輩を大切にした。意地悪もしなければ、過度な挨拶も中止した。1年生も喉が渇いたら、水を飲みにいけるようにした。そして、どんな罰もやめることにした。

でも、私たちがその中学校を卒業した後は、残念なことに、また逆戻りしていたようだ。

まだ、今以上に世間知らずで、10代の多感な時に、そんな3年間を体験した私は洗脳されたと思う。規律の厳しい私生活のない軍隊にいたような3年間だ。「洗脳」というと大げさかもしれないけれど、洗脳という言葉が似合うような気がする。どんな風に洗脳されたかは、自分でも良くわからない。

2006/06/21

お金と健康と生活 雑考

リュウマチで苦しんでいる30代の友人がいる。以前は仕事をバリバリしていた。30代になって疲れやすく、手首が痛くなり始めた。いろんなものを読みあさり、「これはきっとリュウマチだ!」と感覚的に思ったという。しかし、リュウマチという診断が下されたのは、その2年後。「これはリュウマチですね」と診断したのは12人目の医師だったという。それまでは、風邪だとか、働きすぎで免疫力が落ちているなどと言われ、周りからは怠け病だと思われていた。

リュウマチだと診断名がついたとき、やっと受療を始めることができた。

そのうち仕事もできなくなった。体の痛みがひどく、夜中トイレに行く時30分くらいかかって、這って行ったこともあると話してくれた。体の変形は避けたいので、強い薬を飲んでいた。薬の副作用で、目の病気など16つの新しい病気にかかってしまった。もう一つは、癌・・・。手術をして再発しなければ安心だと言われている。

彼女は有名大企業の元取締役の娘さん。家には一生働かなくても十二分に生きていける貯えがある。(税対策の為、資産は分散し、子供たち、孫たちの名前に書き換えてあるものが少なくないという。)手術をする前は、保険のきかない病院で一回約10万円の診察料を出して診てもらう(担当医の奥さんのかかりつけ医を紹介してもらったという)。民間の保険にも加入している。また、公の福祉や医療がなくても困ることはない。すでに譲り受けている財産だけを考慮したとしても、80歳まで生きたとして(医療費などは別)一ヶ月20万円の予算で生活すれば、生活に困ることはないとのこと。(彼女が卒業する時に、お父さんが地の利のよい住宅地に彼女のマンションを購入したので、生活の場の心配はない。)生まれた時から、生まれる前から、ご両親のお金で、一生、金銭的に豊かな生活することができる恵まれた環境に置かれているのです。

友人は病気で苦しんでいる。もう働けないと思う。でも、公の制度にほとんど期待も依存もしていない。公の制度の変化に左右される心配もほとんどない家族環境に置かれています。

彼女や彼女の家族のような恵まれた社会生活環境に置かれている人たちが、日本においての社会保障・福祉・保健・医療の施策の構築に携わっているのではないかと思う。それだけ経済的に恵まれた環境に置かれた人が、世の中にどのくらいいるのかわからないが、そんな人たちが国の政策づくりの主導権を握り、影響力を持っているのだろうと思う。

以前、政策づくりに関わっていた人が言っていた。「制度をつくっているほとんどの人たちは、自分たちが使うとは思っていない」「公の制度に依存しなくても、十分な生活ができるだけの財産や蓄えがあるから。自分たちが当事者だとは思っていない」と。

友人のことは、一人の人として大好き。そして、彼女が健康になることを祈り続けています。でも、別世界にいる人でもあります。そして、彼女にとっては制度に依存することによってしか安心して生活を送ることができない人たちはある意味で、別世界にいる人たちのようです。

***************
制度づくりに携わっている人たちの中で、悪意を持ち、あえて弱者を切り捨てようとしている人は少ないのではないかと思う。多くの経済的に恵まれた人たち(資産家や多くの財を築いている人たち)は、自分たち以外の世界を知ろうとせず、知らないのだと思う。そして、社会のセーフティーネットとしての制度や社会資源の循環に関しては、他人事で、関心がなく、優先性もないのだろう。そして限りのある社会のパイの配分に敏感になり、私利私欲が働き自分たちに有利な政策づくりに走っているのかもしれない。

特に、社会的弱者といわれている人たち、そしてその人たちを支援する人たちは声をあげる義務があると思う(私もその一人)。それが大きな社会の声になるよう、みんなが自分の役割として、ちいさな声でもいいから、発する必要があるのではないかと思う今日この頃です。

2006/06/21

もう一人のヒトラー、日本のヒトラーをつくりださない為に

なぜヒトラーのような影響力・破壊力を持つ人がつくられてしまったのだろう、なぜ多くの人々がナチスの活動に賛同したのだろうと考える時があります。

ヒトラーは音楽、美術、建築など芸術に惹かれていたという。彼は反ユダヤ思想を持っていたワグナーのオペラや楽劇などを敬愛していた。ヒトラーはワグナーの思想を体現した人とも言われている。彼は絵画が得意で、18歳の時にウィーンの芸術学校を目指し、入学試験を受けたが不合格。翌年も芸術学校を受けたが不合格に。

ヒトラーについて考えるたびに、彼がもし、(歴史に「もし」はないと言われるが・・・)もし、めでたく芸術学校の入学試験に合格し、入学していたら・・・と想像します。そしたら、彼は世界でも有数の芸術家になっていたかもしれない。ワグナーを慕っていたから、もしかすると反ユダヤ主義的な思想がこめられている絵画を創作していたかもしれないが、でもあのように人民を支配し、悲惨な行いを統括する政治的なリーダーにはならないですんだのかもしれない。彼の非凡で莫大なエネルギーを、芸術へ向かせることができなかったのは、振り返ってみればウィーン芸術学校や教育者の大きな「過ち」だったのかもしれない。(ヒトラーが芸術家になっていたとしても、他の人が同じようなことをしていたかもしれないけれど・・・。)

また、ヒトラーの大衆の前で演説する才能が、反ユダヤ主義を広げ、世の不幸の道を切り開いてしまったようにも思う。才能は良くも使えるが、悪いことにも利用できる。ヒトラーについて考えるたびに「才能」自体に良いも、悪いもないような気がする。何事もすべて使い方なんだろう。

最近、多くの人たちの前で話し、その場の空気を自分に合わせてつくりあげてしまう才能とカリスマを持っている人に出会った。その方と二人で話しているときは普通の人。でも壇上に立ち多くの人々の前で演説する時、同じ人には思えないほど大きく見え、後光のような「光」が放たれていた(宗教者ではありません。また、壇上には他にも話をした人がいたけれど、彼女との違いは明らかだった。)そして、その会場にいた500人くらいの人々は彼女の言葉に引き込まれていき、何か言うたびに大きな拍手。そのとき、はじめて「大衆の前で演説する才能」に恵まれた人にどんなことができるのかわかったような気がした。ヒトラーは、彼女の何十倍以上も大衆を引き寄せる才能、魅力、言葉を持っていたのだろう。

また、ヒトラーは当時の大衆の不満をうまく汲み上げ、それを利用することができたのだと思う。ヒトラーのような人に権力を与え、彼を時の権力者につくりあげたのは当時の民衆の不満だったのかもしれない。

http://members.at.infoseek.co.jp/hitler/studies/thought1.htmより一部抜粋:

「ヒトラーの世界観の中心は何と言っても反ユダヤ主義(Antisemitismus)である。彼は最後までユダヤ人への攻撃をやめなかった。それは一人の偏執狂の姿なのか?-違う、それはまさに当時の社会風潮でありあのディアスポラ以後世界に分散していったユダヤ人へのヨーロッパ人の眼を体現していたのである。

彼の反ユダヤ主義は同時に、反資本主義であり、反共産主義であり、国民社会主義国家つまりドイツ的国家を破壊する最も邪悪な敵としてのユダヤ人という考え方であった。それは、近代社会が急速に資本主義化して、人々の関係が金銭関係によって規定されつつあるということへの多くの人々の反発でもあったのだ。そうした影響を最も大きくこうむった社会がドイツ社会であっただけに、国際金融を牛耳り背後で金儲けしているユダヤ人への社会一般の反発というもの絶えずくすぶっていたわけである。

ことに第一次大戦後、全く”敗戦意識”のないドイツ国民にとって、ドイツをこのような悲惨なめにあわせているのはユダヤ人である、ユダヤ人による「背後からの一突き」がドイツを敗北に導いたというのは広く受け入れられていた観念であった。そして、レーニンの世界革命宣言によるボルシェビキ革命の動きに中産階級は恐怖したのである。共産主義者の革命が失敗に終わったのち、世界一民主的なワイマール憲法のもと社会民主党中心の政府ができた。しかし、ドイツ人たちはこの政府をほとんど信用していなかったし、民主主義というものへの理解が全くといっていいほどなかったのである。

反ユダヤ主義の一般的風潮そして全預貯金をインフレで失うといった悲惨な状況にあった中産階級の怨念そうしたものが新たな指導者を創出したのである。ヒトラーはまさに国民の体現者、象徴的な姿だったのである。ではヒトラーというドイツ的観念の集約した人物の世界観は、これは当時のドイツ人の世界観だが(そして多かれ少なかれ現代にもつながっている)それは何だろうか?」

もう一人のヒトラーをつくりだすか、つくりださないかは、今の時代に生きる一人ひとりの意識にかかっていると思う。

自分たちの持つ不満や恐れや恐怖のはけ口として、罪のない人々を虐殺してはならない。

<参考>
アドルフ・ヒトラー(Adlof Hitler)について書かれているサイトに
http://members.at.infoseek.co.jp/hitler/があります。彼の生い立ちがよくまとめて書かれております。

2006/06/17

受け入れるということ

「今までかかわってきた病院や社会センターを否定していたから、具合が悪くなっちゃったんだ。」「やっぱり受け入れなくちゃね、受け入れると楽だね」「あれから調子がいいよ。ありがとう。やっぱり一人でこもっているとだめだね。気分がめいっちゃうよ」と精神を病んだ友人が電話越しに言っていた。

私は「うん、そうだね」といいつつ、いろんなことを考えていた。
自分の過ちも、社会の過ちも、医療の過ちも、周りの人たちの過ちも、家族の過ちも、考えたくないほどひどいこと、思い出したくないくらい醜いこと、頭がくらくらするくらい苦しいことでも、まず受け入れるということが大切なんだなと、彼の言葉と自分の過去とを重ねながら思った。

自分自身が歩んできた道のりを、そしてまたその過程で出会った人たち、あった出来事すべてを、無理なく「受け入れる」時、初めて「受け入れる」ことの意味を実感する。すべて「これでよかったのかもしれない」「しょうがない、これが自分の人生だ」と腰をすえて受け入れられる時、自分の存在が苦しくなくなるのかもしれない。そして・・・生きるのが少し楽になる。

電話してくれた彼は、あの宇都宮病院事件(医療者によるリンチなどがあり1984年に事件として社会に知れ渡った)のあった宇都宮病院に長期入院していた。今は、いろんな人たちの協力、彼自身の想いや努力で地域で生活している。彼はどうやって医療関係者や病院を許すのだろう。私だったら、簡単には許せないと思う。

犯罪者には弁護人がつき、牢獄に入れられても、刑期があるという。
精神病者には弁護人もつかず、いつ出ることができるかわからぬ病院に入院させられる。そんな人たちがまだ病院の中に少なからずいる。多くの長期入院者は高齢化し、死ぬのを待たれているという。そうすれば自然に病院のベット数も少なくなり、長期入院者の数も減る。今の患者は3ヶ月で退院というのが良くあるケースだという。だから、3ヵ月ごと病院を転々としている患者も少なくない。また、地域で安心して生活の場の確保や支えるネットワークや支え手のないまま、病院が患者を追い出しているケースも少なからずある。

精神を病んだ人たちも共存できる地域社会こそが、共生社会なのだと思う。共生社会というのは、病院や専門家や家族だけに押し付けるのではない。患者も障害者も高齢者も社会の一員として、みんなで支え合うことだと思う。ある一部の人たちを、病、障害、高齢という大義名分によって隔離しているうちは、まだまだ共生社会にたどり着くまでの遠い道のりが目の前にある・・・。

*そのうち、病や障害が年齢や性別による差別ではなく、所得(資産)による差別社会が社会を覆っていくのかもしれない。資産や所得を持ち得ない人たちは、社会の中から居場所を奪われていくのかもしれない。もうすでに経済的な理由で自殺する人は少なくない。そして、ニートやフリーターの肩身が狭くなるような社会づくりが進められている。

2006/06/16

世の中の不思議 いくつか・・・

政教分離って言葉だけ? 創価学会と公明党。政治家と統一教会・・・。天皇制と神道と日本の政治・・・。信仰の自由は尊重するべきだけれど・・・。宗教活動が個人の信仰の枠に収まらないところが問題なんだろう。政治的な意味や影響力があまりにも付加されているような気がする。それにしても、なぜ創価学会について、誰も何も言わないのか? 低所得者や生活保護で生活している人々の中にも少なからず被害にあっている人たちもいるのに・・・(身近で実際に見聞きしたことがあります。ある人の言葉:『障害者の創価学会員です・・・。学会組織のやり方、人間関係に不信を抱くうちに心の病にかかり、脱会しようとしましたが保留にされてしまいました。・・・今は落ち着いて再び信心をやり直そうとしていますが・・・。』)

健康志向って言葉だけ? マーガリンはとけるプラスチックと言われているのになお生産し、売り続ける。農薬、DNA組み換え済みの野菜や果物、着色料、防腐剤、その他の添加物、多くの塩素など・・・。健康がこれほど注目を浴びている時代に、飽食の時代といわれる時代に、なぜ今なお人々は体に悪いものを食べ続けるのか?

汗水流して働くことに価値があるって言葉だけ? 工場をどんどん海外に移していく日本企業。外資の日本企業乗っ取りを危惧するだけで、危機感のない日本の大企業。BMW、ベンツ、米国の牛肉、外資系の保険などなど多くの外来品を買い続ける人々。日本がそれほど大事なら、外来品ではなく、日本製を買えばいい。日本で生活している人々が汗水流して農産物を生産し、工場で働き必要なものを自分たちで生産すればいい。外来物の無買運動をすればいい。そうすれば、日本は低賃金で雇われている海外の労働者の搾取をこれ以上続けなくてすむ。そして、日本が過酷な労働を海外の低賃金労働者に負わせ、海外の資源を使い、どれだけグローバリゼーションによって恩恵を受けてきているかが良く見えてくるだろう。   
     
いろんな考えが頭をよぎる。

近頃、特に顕著な、言葉と行動の乖離。こんな世の中で生活していて、病まない人がいるということが不思議です。

世の中にはいろんな不思議がある。

2006/06/16

タコ社会 日本

日本はタコ社会だと聞いたことがある。

99%の人々は、右や左、北や南、西や東、官や民などと自分たちの理念やこだわりを主張しながら「たこ足」のように縦割りに分断された中で、てんでばらばらに動いている。

でも1%の人々は、タコの頭のような一つのところにがっちり属している。タコの頭の部分には、重要な情報、権力、人脈、金がある。理念、信念、信仰、理想なんて、なにもない。タコの頭に属する人たちは互いに持っている情報、人脈、金を使い、自分たちの権力や立場の維持や力の増加のために奔走する。

多くの人々が、たこ足のように、ばらばら動き、たわいのないことで分裂し、対立している。それは「タコの頭」には都合がいい。子供たちの遊びを眺めるかのように、高価なお酒を口にし、葉巻を吸いながら子供だましの争いを眺めている。権力の構造は、いつの時代もそうなのか・・・。

後日追記:
日本だけでなく、フセインもブッシュもプーチンも小泉も安倍も金日成もみんなつながっているのかも。

少数の権力者の権力闘争の為に、99%の人たちから犠牲者が出ているような気がする。犠牲者が出されている99%の大衆のことは、同じ人間とも思わないのか。権力者からは、なかなか犠牲者は出ないし、出さない。権力者のお互い息の根を止めることはしない。持ちつ持たれつの関係で権力は維持されている。権力のしくみが大衆にばれないように・・・。甘い汁を自分たちだけで独占的に吸い続けるために・・・。99%の人たちの犠牲なんて、たいしたことないのかもしれない。自分たちの力のために、人的資源や自然資源を使い尽くし、大衆を恐怖や不安で駆り立て、時勢を自分たちに都合のよいようにコントロールする権力者。

2006/06/16

『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』

先日『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』を書店で見かけた。ISBN:4255003238 朝日出版社 (2006-06-10出版) 著者:本田 美和子「エイズ・ウイルスは人を選びません。このままだと、ものすごくたくさんの人が感染してしまう。感染爆発を目前にあなたができることは?特効薬はきちんと知ること。」

病院に一冊、学校の保健室に一冊、役所に一冊、保健所に一冊・・・置いてあったらいいんだろうなと思える本でした。それだけでなく、一度は目を通し、エイズやHIVに関しての知識を身につけるために、日本語を読める人皆さんにお勧めの一冊です。

・HIV感染者が増加している日本(2004年末にHIV・エイズの報告数が1万人を超え、今年の報告数は1万1251人:厚生労働省エイズ動向委員会)

そうです。HIV感染は日本では増加中なのです。

HIVについて雑考・・・
HIV検査の為の検査では日本においては医療保険がきかないので高額です(約5千円~1万円とのこと)。保健所や特別なセンターへ行けば無料検査が受けられる。日本のまちや学校や病院でコンドームの無料配布も見たことがない。書店へ行けば、「セックスできれいになろう」「気持ちいいセックスをしよう」「今度はあの人とやってみる」などと書いてある雑誌が並ぶ。正しい情報提供を優先するよりも、人々の欲望をあおり、大衆消費をあおる悲しい日本・・・。

約15年前、東京においてエイズのシンポジウムがありました。瀬戸内寂聴さんやエイズホットライン(電話相談)の代表者などがパネリストとして参加されていました。今でも忘れられないことは、そのエイズの電話相談の方が「他の国ではエイズは同性愛者の病気だと思われており、電話相談では同性愛者の相談が多いらしいのですが、日本では多くの相談は主婦からです」ということです。「旦那さんが婚外で性的な関係を他の女性と持っている。もしかしたら私はエイズをうつされたかも・・・」「出張しているけど、旦那が他の女性と性関係を持っている様子。私も最近体調が悪く・・・」という相談が少なくないと言っていました。

学生の頃、婚前SEXはしないと言っていたおしゃれで美人系の友人が夜泣いて私の部屋に来たことがあります。「付き合っている彼がHIVに感染してしているかもしれない。彼は前の彼女からうつされてるかもしれないからHIVの検査に行くと言っている。体調も悪いし・・・」「彼ならいいと思った・・・初めての相手で・・・こんなことは想像もしていなかった・・・」HIV感染の可能性があるかもしれないということで・・・うろたえていた。一晩中あれこれ話した後、翌日早速一緒に検査に行きました。(一人じゃ心細いということと、私にとってもいい経験だと思ったので、一緒に初めてのHIVの検査をした。感染の可能性がほとんどないとわかっていても、結果が出るまでの間はなんとなく落ち着かない気分でした。注:感染後3ヶ月以上たってからの検査でないと確実な検査結果はでないとのこと)。

幸い彼も、友人も、私も結果は陰性でしたが・・・。ウィルスは人を差別しないんだなと感じさせられました。それ以来、エイズは他人の問題ではなく、自分たちの問題となりました。

感染者が増加しているからといって、感染した人々に差別や冷たい眼差しを向けるのではなく、社会は寛容であるべきだと思う。早期に治療を始めれば多くのケースは、完治は今のところ無理だけれど、薬で対処できるという。受療しながら“普通”の社会生活を送り、結婚し、子供を産み、家族を持っている人たちもいるのですから。

2006/06/16

世の中そんなものなのか

6月15日:27歳の若い女性と93歳の女性の高齢者の歩行者同士がぶつかり高齢者が骨折したという。東京地裁は「高齢者は交通弱者、若者には注意義務がある」として、若者に約780万円の賠償を命じたという。16年8月に事故があり、都内の93歳の女性は2000万円の損害賠償を求めていたとのこと。

上記の記事を読んで、祖父のことを思い出した。都内の住宅街の路上で当時70代後半の祖父が一人で散歩をしていた時、マラソンをしていた高校生とぶつかり怪我をした(陸上部の部活中だったらしい)。それがきっかけで、入院し、寝たきりになり、亡くなる数日前に退院し、畳の上で子供たちに見守られる中で息を引き取った。とても優しいおじいちゃんだった。誰一人身内で、その高校生や高校を訴えようという人はいなかった・・・。理不尽ではあっても、世の中何があるかわからない。訴えても、訴えなくても、おじいちゃんの怪我の経過はかわらなかった。高校生と部活の先生が病院まで来て、もう路上でマラソンはしないということを告げたという。その高校生の将来を考えると、訴えなくてよかったんだと思う。

某公立高校で学生がカンニングを疑った教諭の執拗な追及が原因として自殺(平成16年5月)したとして、母親が損害賠償を求める訴えを起こした。「物理の試験中、消しゴムにはった日本史のメモを教諭に発見された。試験終了後、教諭5人はその学生にカンニングを認めるよう、約2時間にわたり事情徴収を行った・・・」そして「同日夕、お母さんに『本当に本当に迷惑を掛けてごめんね』とメールを送った後、・・・飛び降り自殺をした」という。

事実の確認が不十分であったにもかかわらず、そこまで執拗に生徒を追い詰める教師・・・。これを読んだ時、身の回りで起きたカンニング事件を思い出した。統計学のテストでカンニングをした大学院生がいた。統計学の教授も、彼女がカンニングをしたことに気づいていた。私も見てしまった(見たくなかった。なにも知らなければ良かったと思う)。それに気づいた日の夜、教授はショックで眠れなかったと言っていた。しかし、統計学の教授も学部長もそのことに関して何も言わない方針を採った。なぜかといえば、その大学院生は影響力のある教授とお付き合いをしていたから(今でも付き合っている)。結局、何が一番作用していたかといえば大学内の政治力。堂々とカンニングをしたその大学院生は数年後博士号を獲得し、今はとある大学の教授をしている。その大学院生は、事実を知っていた私や統計学の教授のほうが悪者であるかのように振舞っていた時期があった。

世の中そんなものなのか・・・。

2006/06/16

うつ病 雑考

うつ病は、内に向けられた怒り(Depression is "anger turned inward")とも言われています。理不尽な社会、人を使い捨てにする組織や企業、人を粗末にする社会に対する怒りの行き場がどこにもなく、自分自身に向けられた時、うつ病になったり、自殺という形になったりすることも少なくないと言う。自殺防止対策やうつ病対策の為に、自殺やうつ病について真空の研究室で研究したり、議論していても、効果的な対策は生まれてこないのではないでしょうか。目をそらさずに、今の社会を直視し、目をそらしたいと思う部分に目をむけ、聞きたくない部分に耳を傾け、自分の世界の枠の外に出てみることによってこそ、なんらかの効果的な対策が考えられるのだと思います。

(*精神的な病と社会のあり方や政治的権力は切ろうとしても切れない・・・過去がある、そして今も尚・・・。)

2006/06/16

保険と日本人 雑考

生命保険の金額や加入割合が世界一である日本(参考:世界各国の保険事情より http://www.ansin.ne.jp/mac/sekainoseiho.htm)

日本の保険事情を知ると、世界中の保険会社に日本人が狙われてもしょうがないような気もする。

「保険の好きな日本人」
「日本人を見捨てようとしている日本の公の福祉・保健・医療制度」
「安心・安定をお金で買えると信じている日本人」
“保険教”の信者が多い日本は世界の保険会社にとって美味しすぎる市場になってもしょうがない・・・。

日本人と保険について考えていたら、「ふりこめ詐欺」を思い出した。人の弱みに付け込んで、お金を持っている人を狙う「振り込め詐欺」。日本の保険屋さんも含めて世界の保険会社は、「安心をお金で買うという信仰」を持つ日本人の弱みに漬け込んで、日本人一人一人のお金を狙っているような気がする。

日本人がみんなで意識を変えて、保険を拒否し、保険依存から少しは脱却すれば狙われることもないのにと思う。日本人は保険以外に、お金以外に頼れるものや安心を得られるものを、すでに失ってしまったのだろうか・・・。過度な民間保険への信頼や依存が日本の共同体や人々のつながりや信頼を崩した部分も少なからずあると思う。限りなく保身で、いさぎよくない多くの人々・・・。

(どうすれば、お金以外の方法で、もう少し安心しながら生活することのできる社会をつくることができるのだろう・・・。)

2006/06/11

天使たち

「愛の形見を残してください」

「自分の信じた道を歩みなさい」「光のほうに向かって歩みなさい」

「家族も大切だけれど、自分のことも大切にしたほうがいいよ」

最近、これらの宝物のような言葉を統合失調症という診断名を与えられている人々からいただきました。

彼らは私にとっては天使のような人たち。

精神を病んでいる人たちと話すとき、「健常者」が感じることのできないことを察し、感じることができるんだなと思うことがあります。そして、生きていく上で大切なことがなんであるのかが、良くわかっているなぁとたびたび感じさせられる経験をします。

「愛の形見を残してください」と言ったのは、35年以上精神病院に入院していたおじいちゃん。現在は兄弟姉妹や多くの人々の力添えを得ながら在宅生活を送っています。哲学者の彼は詩も書きます。以前、ルバイヤートの本を見せてくれ、みんなで朗読しました。「ルバイヤート」という甲州ワインがあるのを知ったのはそのときでした。先日は、リルケについていろんなお話を聞かせていただきました。美について語ってもらったり、高齢になるにつれて病気の力が弱くなっているのか、日に日に頭がさえてくるような彼です。

戦争中に平和主義者だった彼さえも、赤紙が来て兵隊に入隊せざる得なくなりました。訓練中、上の人の言うことを聞かずに、何度も殴られ、叩かれ、そのうちに拒食になり、精神病になって入院したそうです。精神病院では電気ショックを何度も受けたようです。そして、その頃は患者も電気ショックを受けた直後の患者を運んだりしていたとのこと・・・。いろんな記憶が今よみがえってきています。抑圧されていた記憶が、精神の自由や安心と共に、開放されてきているかのようです。

哲学者の彼は、私の尊敬する人であり、大好きな人です。とってもやさしくて、紳士的で、自分なりの哲学を持っている素敵な人なのです。彼の笑顔を思い浮かべると笑みが浮かんでくるくらい素敵な人です。

先日、リルケについて話していると・・・。「るるどさんも愛の形見を残したらどうでしょう」「5冊か、6冊くらい残せるんじゃないですか」「るるどさんがいなくなった後で、こんな方がいたということを残すためにも、愛の形見を残されたらどうですか」と哲学者の彼は言う。彼はいつも文章を書いているから、書くことに対しては人一倍の思い入れがある。私は「文才がないから・・・」と言うと。「人それぞれですから、るるどさんの愛の形見を残せばいいんですよ」と言ってくれた。

最近、特に感じることは、私の心や魂や精神を癒してくれるのは、精神科医でもPSWでも看護師さんたちでもなく、病んでいる当事者の方たちだということです。私にとっては天使のような人たちなのです。

周りの「健常者」の人々にはわからなくても、彼らには、今の生活のなにかが私にとって良くないということを察しているんだなと感じます。私より私のことを良くみていて、わかってくれている人たち。どうもありがとう。

2006/06/11

数字の魔力

村上さんは拘置所の中でも、投資銘柄の値動きが気がかりでならないそうです。
「接見室の透明の仕切り板に、弁護士が株価の一覧表を押し当てる。板の向こう側から村上世彰(よしあき)容疑者(46)がその数字の列にじっと見入る――。」と6月11日付けの朝日COMに載っています。

なんとなく、人間的なところがみえたように感じました。
もちろん私の勝手な想像ですが、村上さんも「数字の魔力」の虜になってしまっているのかなと思いました。もちろん会社の心配、流れの早い業界で遅れをとってしまったら大変だという気持ちもあるのでしょうが・・・。

ちょっと話はそれますが・・・
日常生活を見ても、数字の魔力は恐ろしいとつくづく思います。
学校の偏差値、通信簿、まやかし的な方法で収集されたデータに基づく統計、株価、銀行口座の残高、ギャンブルの儲け、給与(時給)、時間、・・・みんな数字で表現されます。それからブログランキングやブログやHP訪問者の数などみんな数字で出てきます。

数字が悪いといっているわけではありません。
ただ、数字は明快なので、借金の額や負の意味を持つ数以外は、増えるととても気分が良いのです。そして、その増やし方の戦略や方法を見つけ、そして自分が上手にできるとわかると、もっともっと増やしたくなり、“行き過ぎれば”深みにはまっていく可能性も出てきます。

偏差値も学校の通信簿もテスト勉強が得意ならば、もっと高い偏差値の学校、もっといい成績と頑張るのでしょう。本当は偏差値や通信簿以外にも、もっと大切なものが教育の世界や学生の生活の中にいっぱいあるにもかかわらず、なぜか数字に縛られて、魅せられて、視野を狭くしまうのです。偏差値や通信簿に依存しすぎで、その中で見失われていることや忘れられていることを考えるととてももったいないと思います。

話を、元に戻すと・・・
村上さんも株価の数字に見せられて、株中毒、仕事依存症になっているのかなとふと思いました。「人生には仕事以外にもたくさん素晴らしいことありますよ」と、周りに誰も教えてあげる人がいないのかなぁ・・・。

村上さんやホリエモンを時給100円で働いている障害者の作業所へ連れて行ってあげたい。必ず、彼らが障害者から学ぶことがあると思う。

ちょっとだけでもいいから、目をつぶって、心を静かにして、数字から距離を置いてみてください。何かほかに大切なことが見えてくるかもしれません。

2006/06/11

おっちょこちょい

私のおっちょこちょい度・・・はひどい・・・。

中学校の頃は、毎朝、友だちがうちまで来て、一緒に50分くらいの道のりをあるいて登校していました。運動靴ではなく、サンダルをつっかけて、学校へ行きそうになったことが何度かあります。いまでも、昔の友だちには笑われます(他にもいろんな変なことをしたり、言ったりしているから、笑いの種はたくさんあるようです。)

中学校からの帰り道、赤信号で待っている間、重たい学生かばんを道に置き、置いたままで帰ってきてしまったことも何度かあります。家に着いて「あれっ?なんかないなぁ」と思っていると何処からか電話がかかってきて、なかったのは「かばんだった」と気づき。親切な人のところへ、かばんをとりに行った記憶があります。

まだまだ色々ありますが・・・

海外にいた時は・・・
国境を渡るときにパスポートを忘れてしまうことが度々ありました。マレーシアからシンガポールへバスで行く時、「あっ!パスポートを忘れた!」と気づき、後もうすこしでシンガポールに着くというときに道端で一人バスから降り、途方にくれたことがあります。

それから・・・

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2006/06/10

お金

マーケット市場が、戦場のようにみえる。
お金が、武器のようにみえる。

労働者が、兵士のようにみえる。
過労死や自殺する人たちが、特攻隊の人々の死や戦場で死に行く人のようにみえる。

お金儲けの競争が、どれだけ敵を討てるかという競争のようにみえる。
職場で病んで離職した人々が、未復員兵のようにみえる。

アルバイトやパートや派遣の職員が、新兵や一等兵や二等兵のようにみえる。
大企業の経営陣や株主の人たちが、軍の上層部の人々のようにみえる。

今、人々は負け犬にならないように、金儲けに走る。
戦時中は、戦争に負けないように、勝つまで戦い続ける。

いつの時代も戦いや競争には、綺麗でまっとうな大義名分がつく。

もっと、もっと、いいぞ、いいぞ、勝つためには、幸せを手に入れるためには、これをやれ、それをやれ、あれをやれ。コントロールされずに自分の信じた生き方を全うしている人たちを笑いものにし、のけ者扱いする。あいつらのように負けるな、落ちこぼれるな、勝者になりたいだろうと大衆心理をあやつる。

お金が増えれば増えるほど、敵を討てば討つほど、もっともっととエスカレートしていく。競争や欲は限りを知らない。

働けないものや戦えないものは、社会のお荷物ですか。
過酷労働やお金や戦争は、命を捨てるほど価値のあるものですか。

1945年8月15日、戦いは終わったのだと思いましたが、戦争は形を変えただけで、継続しているかのようです。

争いや競争を望まず、平穏な日々や平和な社会を望む人たちはどこで暮らせばいいのですか。
心のやすらぎや人々の笑顔や生きる情熱を求める人たちの居場所はどこにありますか。

2006/06/09

『ラダック 懐かしい未来』

今日は一日家でゆっくり休みました。おかげさまで、風邪も良くなってきたようです。

休んでいる間に、「ラダック 懐かしい未来」著者:ヘレナ・ノーバーグ‐ホッジ (2003年 渓谷社)(原書:Ancent Futures: Learning from Ladakh, Helena Norberg-Hodge, Sierra Club books, 1991)に目を通しました。

文化人類学の視点から、西洋の近代化の影響を受けているラダックにおこっている変化や弊害を奥深い視点から捉えている一冊です。グローバリゼーション、地域の復興、近代化、環境問題等に関心のある方にお勧めの本です。

とても読みやすく、気楽に手にとって、読みたいところからぱっと開いても読める本です。ラダックの近代化についての具体的事実や人々の言葉が記されていますが、それと重ねてスウェーデン人の著者がラダックの人々から学んだことも書かれています。

日本の近代化のプロセスは、あっという間におこり、その過程の中で何を得るために、何を失ってきたかについて振り返る間もないくらい早いスピードだったような気がします。この本の中には、日本文化が西洋文化に盲目的に感化されることによって、何を得、何を失ってきたかを、考えるにあたって参考にできることがたくさんあるように思えます。

あと、興味深かったことは、著者はあの「ジョージ・ソロスまで、グローバルな資本主義システムに綻びが見えていると言っている」と述べていることです。(ジョージ・ソロスは「グローバル・オープン・ソサエティ:市場原理主義を超えて」(2003)の中で、資本主義の綻びについてふれているとのこと。)

以下、「ラダック 懐かしい未来」より、一部抜粋:

「今日、グローバリゼーションは、世界中で生まれ増加している反グローバリゼーション運動グループから異議にさらされ続けている。
 忠実な『グローバル・ビレッジ』の提唱者と思われてきたような、著名な政治家や財界人もグローバリゼーションに疑問を投げかけはじめている。たとえば、ジョージ・ソロスはグローバルな資本主義システムは綻びがみえ始めていると認めている。フランスのジョスパン首相は、それは構造的に弱いものだといっている。人々の不安を感じて、経済政策に新しい転換を打ち出し始めている政府もある。たとえばイギリスのブレア首相は、社会主義と無制限の市場経済との間の『第三の道』を提唱している。
 世界中で、自分たちの仕事や共同体、環境に対してグローバリゼーションがどんな意味を持つのか知るにつれ、「ノー」と言いはじめている。・・・そして今、世界の潮流を転換するチャンスがやってきている。」(p.245)

ジョージ・ソロスだったら、村上ファンドやライブドアについてどう思うんだろう。彼には、日本の村上ファンドやホリエモン叩きはどう見えるんだろう。

もしソロスまでが現在の資本主義のシステムの限界を感じているのなら、それに取って代わるシステムについての提案やアイデアがあるのか知りたい。彼の最近の著書でも読んでみようかな・・・。

2006/06/09

私の出逢ったホームレスの君 II

あのホームレスの君に何があれば立ち直るきっかけが出来たのか・・・といろいろと考えてしまう。

これがあれば良かったかもしれないと考えることの一つとして「場」や「居場所」がある。

・雑居的で敷居の低い場
・彼の悩みや苦しみもそのまま受け止めてくれるような場
・彼が彼らしくいられる場
・治療を必要とする場合、病院に紹介し、治療入院の後、戻ることのできる場
・人間的な弱さが絆となって、人々とつながれる場
・彼が何らかの役割の取れる場 
・彼をあたたかく迎え、彼を必要とする場
・彼が安心していられる場
・つながりを通して、他の人の苦しみを垣間見ることのできる場
・彼らしく生きることを支えてくれる人たちのいる場
・彼を色眼鏡で評価することのない場
・多様な人々との出会いのある場
・多様な価値観が雑居する場
・彼の苦しみさえも意味があって、無駄ではなかったと思うことのできる場
・いろんな生き方・あり方を肯定する場
・通気性や流動性のある、いろんな動きのある縛り付けのない場
・人間だけでなく、いろんな生物(植物、動物等)のいる場
・その場を拠点として広がりのある動きがとれたり、つながりを持てる場
・・・

こんな場があればよかったと思う。

(日本であったら、行政の手垢のついていない精神障害者の生活支援センターのような所が、そんな「場」に一番近いのかなぁ・・・。障害者自立支援法などでどうなるかわからないけれど・・・。)

2006/06/08

私の出逢ったホームレスの君

(海外で生活していたときにあったあることを、ふと思い出したので、書き留めておこうと思う。)

ある日、いつものカフェで珈琲を飲みながら書物に目を通していた。向こうのほうにギターを持ち、ぼさぼさの髪の毛をして、とても綺麗な目をした寂しそうな男性がいた。

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2006/06/08

不自由な社会

これは全くの独り言(仮想 近未来にっぽん)・・・こんな世の中にはなってほしくないと思う。

20XX年6月8日付 るるどの日記

最近、人々の食べるものといえば・・・抗生物質の注入された“病気”のないノイローゼ気味の動物の肉(豚肉、鶏肉、牛肉等)。 水銀で汚染された魚。大企業が品種改良した種からできた、日光がなくてもできる野菜、しかも工場で生産され、天然の栄養がほとんどなくビタミンCやAが投入され「ビタミンCたっぷり野菜」と書かれて販売されている野菜。海外の工場で大量生産され輸送されてきた防腐剤や着色料がたくさん入ったお菓子や嗜好品。水といえば、もう土壌は化学薬品で汚染されているので、地下水は飲めない。水はお金で買う。どんなに食べても食物からはバランスの取れた十分な栄養が取れないので、ビタミン剤が主な栄養源になっている。レストランでも必要な栄養剤のオーダーができる。最近、一日分の栄養剤をお酒に混ぜたショットドリンクが人気だという。

日々の生活の保障として、いろんな保険が出現した。火災保険に、健康保険、介護保険、入院保険、癌保険。それから、車の保険に、自転車保険や歩行者保険。自転車に乗っていたり、歩いていて誰かとぶつかって加害者・被害者になった場合のために入る。もし走っていて、ぶつかって誰かに怪我をさせた場合・・・保険に入っていないと大変なことになる! 保険に入っていないで、もし加害者になった場合、慰謝料が払えなく、自己破産しなければならなくなりそうだ。最近、保険の掛け金が払えなくて、破産状態の人もいるという。

住宅に関しては、100年間耐震保障のある地震がおきても絶対安心である(万が一の場合には地震保険が100%保障)マンションや家を45年ローンで買う人が増えているときいた。頭金なし、月々の返済金も12ヶ月×45年で分散されて、月々の家計の負担も少ないため、45年~60年ローン(多世代ローン)が流行っているという。安定と保障が一番!という、うたい文句に乗せられて多くの人は、80年の人生を45年以上のローンの返済で縛られる。

人間の管理に関しては、社会保障番号が一人ひとりに与えられ、銀行の口座、税金、教育、年金や保険も含めたすべての社会保障、医療、住所などすべてを管理するために、その番号が使われる。社会保障番号カードの紛失が増えているので、再発行の手間を省き、利便性と効率性を図る為に、自己選択で社会保障IDのバーコードのチップを腕に埋め込む人もいる。戸籍、社会保障番号、住民票、出生届けなど、何重もの方法による人心の管理に手落ちはない。一人一人の指紋、目、声、髪の毛の記録は社会保障番号によって整理されているので、近年の犯罪者の逮捕率が上がってきている。

日常生活では、どこへ行っても地区ごとにゲートがあり、閉じた門のそばには警備官が立っている。門を開けるコードがわからなかったり、忘れたりすると、その地区には入れない、通りぬけもできない。

最近の常識は「見ない・聞かない・話さない」 自分と関係ないことには関与しない、関心を持たない。都合の良くないことを見聞きしてしまうと犯罪になり、万が一それを話した場合には命取りになる。自分に利益のないことはやらない。

空気の汚染が激しいので、目を保護するためにサングラス、呼吸器官を保護するためにマスクの生活。誰が誰だかわからない。紫外線や汚染された空気に直接あたるのがよくないので、腕は長い手袋、体はスカーフで覆っている。

これらに対して不服を持つ者、社会のルールに不適応の者は、まずは心理テストを受け、カウンセラーと何が問題なのかを明らかにする。問題が明らかになった後、偏った考え方、感じ方、価値観、生き方等を更正し、社会に適応できるように、さらには個人の柔軟性や社会的適応能力を高めるために、薬物療法やカウンセリング等を用い医療と共に行政が指導する。人間の命を担保にしている医療の力は衰えを知らず、社会・政治・経済的権力と一緒になって、人心をコントロールする力を失いたくないと必死になっている。

12年前には想像もしていなかったことが、今起きている。こんなに急激に社会が変わってしまうなんて・・・思わなかった。

以上、私の独り言でした。

一言: あぁ~怖い。こんな世の中になってほしくない。残念だけれど、もうすでに現実化されてしまっている部分も少なからずある・・・。

2006/06/07

「日本は楽ですよ」

ある研修へ行った時、その講師(医師)が「日本は楽ですよ」ということをくり返し言っていた。

その講師の方は、数年前に、研修の為、欧州のある国に一年間滞在していたらしい。きっと、その時の外国生活が大変だったのだと思う。そして、その国の社会と比べると日本は「楽」だという。

一つの例としてあげていたのは、日本では、疲れた顔をしていると「大丈夫ですか?」と周りの人が心配して察してくれるという。でも、滞在先の国では、どんな顔をしていても、自分から「頭が痛い」と言わなければ誰も心配してくれないということを話していた。

日本での生活が決して「楽」でない私にとっては、講師のいう「日本は楽」という言葉をすんなり受け入れられなかった。

先生にとっては日本の生活が楽なんだろう。私にとっては大変。
私の身近(特に職場)で海外の話になると、いつも「日本はいい」「日本は楽」という言葉が耳に入ってくる。そんなことが繰り返しある。

周りを見回してみると大抵そんな風に言う人たちは、日本で社会的に成功し、ある程度の社会的地位を持っている人たち。日本は「先生」や「上司」や「目上の人」にとってはとても生活しやすい所なのかもしれない。「下」の人たちがいろんなことを察してくれる、下準備は「下」の人たちがやる。「下」の人たちは「上」の人たちに対してとても低調で、大抵の場合「上」の人たちの思いのままの意見が通る。場の空気は「上」の人によってつくられる場合が多い。そしてその「上」「下」関係は、ほとんど崩れることがない。「上」の人の地位はよほどのことがない限り脅かされない(あぁ~怖い!)

私にとって、なぜ日本社会の居心地が悪いのか、理由がまた一つ見えたような気がした。永遠の「下っ端」の私にとっては、海外での生活のほうが「楽」なのかもしれないという考えがさっと頭をよぎっていった(どこで生活していても、いいことも大変なこともあるから、そうでないことは、わかっているのですが・・・。まあ、多くのほとんどの社会では、主流社会に属している人たちは、その社会の中では居心地がいいんだろう。それにしても日本は色々な面で流動性に乏しく、硬直していると思うのは私だけだろうか・・・。)

2006/06/07

マザーテレサ

小さい頃、マザーテレサのようになりたいと思ったことがある(ある男の子が野球の選手、ある女の子が花屋さんになりたいと言うように。)でも、子供の頃の思いとは程遠い生活をいとなみ今日に至っている。多くの煩悩と邪心にまみれた生活から足を洗わなければと思いつつ、一度この世の生活の甘さにハマってしまうと、軌道修正するためには相当の覚悟が要る。(その時が来るまで待つしかないか・・・。)

6日目、まだ熱が下がらない。マザーテレサなら病気になっても、神様に心から感謝するんだろうなふと思う。

マザーテレサの残した言葉で好きな言葉はたくさんある。その中から一つ。

The fruit of Silence is Prayer.
The fruit of Prayer is Faith.
The fruit of Faith is Love.
The fruit of Love is Service.
The fruit of Service is Peace.
~Mother Theresa~


日本語訳:
沈黙の果実は祈り
祈りの果実は信仰
信仰の果実は愛
愛の果実は奉仕
奉仕の果実は、平和である。
マザー・テレサ

彼女の生き方はこの言葉に凝縮されているような気がする。

マザーテレサの死後、彼女の聖書を見たいと頼み、見せてもらったという話を聞いたことがある。その人は、マザーテレサの聖書は色々な書き込みがしてあり、読みつくされていてぼろぼろだと思っていたそうだ。でも実は何も書き込まれてなく、とても綺麗だったという。マザーテレサは頭でっかちな宗教家ではなく、人のつくる組織の壁を超えて、愛の種をまく行動の人だったんだと改めて感じた。

*********************

熱があると息をするのも一苦労だなあと感じる。息を吸ったり、はいたりするだけで、エネルギーを消耗しているのが実感できる。

今、熱があっても、頭が痛くても、体の節々が痛くても、咳がとまらなくても、ふらふらしても、どんなことでも絶えられるのは、人に言えるから。そして、優しい言葉をかけてもらえるから。

ある人:「なんか体調すぐれないみたいね?」
私:「うん、風邪引いちゃって・・・」
ある人:「お大事に」

という会話ができる。

でも、もし私がエイズだったり、ハンセン氏病、精神病で病んでいたらどうだろう。

ある人:「なんか体調がすぐれないみたいね?」
私:「うん、エイズが進行していて・・・」

私:「うん、ハンセン氏病で・・・」

私:「うん、統合失調症の急性期で・・・」

と躊躇せずに本当のことを言えるだろうか・・・。

「この人はどう思うだろう」と余計な心配をせずに本当のことを伝え、苦しみを抱えている自分を誰かにしっかりと受けとめてもらえるということがどれだけの救いであるかを痛感する。

本当のことを言えない、言えば色眼鏡で見られてしまうかもしれない、嫌われ避けられてしまうかもしれない、だれにもわかってもらえないかもしれない、誰からも受け入れてもらえない不安・孤立感・孤独感のような心の荷は、身体の疾病と同じくらい、またはそれ以上に辛く重い荷だと思う。「身体の苦痛」と「人や社会の眼差しの冷たさ」の、二重の苦しみを背負わなければならない・・・。

2006/06/05

ルミ

連日、熱が下がらない。こんな高熱十何年ぶりだろう。風邪であるのは、わかっていても、辛い時は辛い、弱気にもなる。

風邪を引くたびに「死ぬかもしれない」と言っていた学生時代のルームメイトを思い出す。彼女は普段人一倍元気なのに、風邪を引くと、「もう死ぬかもしれない」と言っていた。元気になると「風邪を引いて、死ぬ死ぬと言っていたのは、誰だ?」と思わせるほど元気だった。そして、次の日にはレオタードを着て、「エアロビクスを教えに行ってくるね!」と言い、風のように出て行った。

私もいつ死ぬかわからない。もし死んだら好きな詩と葬ってほしいなぁと思いつつ、特に好きな詩の一つを思い出す。

ONLY BREATH (by Jelaluddin Rumi)

Not Christian or Jew or Muslim, not Hindu,
Buddhist, sufi, or zen. Not any religion

or cultural system. I am not from the East
or the West, not out of the ocean or up

from the ground, not natural or ethereal, not
composed of elements at all. I do not exist,

am not an entity in this world or the next,
did not descend from Adam and Eve or any

origin story. My place is placeless, a trace
of the traceless. Neither body or soul.

I belong to the beloved, have seen the two
worlds as one and that one call to and know,

first, last, outer, inner, only that
breath breathing human being.



There is a way between voice and presence
where information flows.

In disciplined silence it opens.
With wandering talk it closes.


ルミの詩を紹介してくれたのは、イスラム教徒のインド人でアフリカ出身の英文学の先生だった。英語は彼の母国語ではなかったのに、英文法には厳しい先生だったと聞いたことがある。精神性の高い詩や物語が好きだったようで、そんな本をたくさん持っていた。奥さんは「もう本は買わないと約束したのに、知らないうちに家中が本の山よ」と困った風に笑いながら話していた。時間があるときには、留置所へボランティアで訪問に行ったり、イスラム教について話してほしいと呼ばれると何処へでも行っていた。

親元から長い間離れていた私に、「両親だと思っていいよ。なにかあったら、いつでもここにいるから」とよく言ってくれていた。私には親といえる人たちが、実の親以外に複数いる。幸せだと思う。親孝行していない自分が恨めしい・・・。

いろんな思い出が頭を駆け巡る・・・。そういえば死ぬ時は、瞬時に昔の思い出が頭の中を駆け巡るとか言うよなぁ。

こんなこと考えていないで、もう、寝よう。明日は熱が下がっていますように。

2006/06/03

グループ

小さい頃から「グループ」が好きじゃなかった。
小学校低学年くらいまでは、みんな気の合う友達と遊んでいて、グループなんてなかった。

高学年になったら、グループづくりがはじまった。
「ねえ、るるど、私たちと一緒になんなよ」
「あのグループじゃなくて、私たちのところに来て」
「何であの子達のグループに入るの、私たちと一緒に遊ぼうよ」
あっという間に、いくつかのグループがつくられた。

私は、どのグループにも属していたようで、どこにも属していなかった。誰にもどのグループに属するとは言わなかった。あるグループに属してしまうと、違うグループの友達とはあまり話せなくなり、遊べなくなるからだった。そして自分たち以外のグループの悪口を言う。そんな暗黙のルールがあった。友だちと友だちの間にグループという壁をつくりたくなかった。

結局、どのグループにも属さないと、最終的には孤立することになる。
だから、残念だけれど、その頃の楽しい思い出はあまりない。

不思議なもので、グループに属している一人一人と個別にかかわると、とても楽しかったり、気が合ったりした。学校が終わってから、家で遊んだり、話したりすると、グループの壁は消えていた。そして、クラス全体で何かをするときは、当たり障りのない私を推薦し、学級委員長に選ぶ。 そんな時以外、学校ではみんな自分のグループに属し、グループの仲間だけで群れていた。そして、自分たちは特別だという目に見えない壁を、それぞれのグループがつくり、互いに距離を置いていた。そんな空気がいやでしょうがなかった。グループに属さない、属せないでいる自分が恨めしかった。属していても楽しくなかったし、属さなくてもひとりで寂しかった。どちらを選んでも望むものではなかったから、私にとってはとても居心地の悪いクラスの環境だった。

でも、そんな中でも、良い思い出が一つある。私がいなかった時、どこのグループにも属さないような風変わりな私をみんなの前でかばう言動をとってくれた子がいた、ということをいろんな子から後日聞いた。その子とは特別に仲が良かったわけでもない。私を守ることのメリットはその子には何もなかった。とても嬉しかった。その体験を通して、自分をわかってくれる人や「味方」は必ずいるものだと人に対して希望を持つようになった。よき理解者は、私が知らなくても、遠く離れているかもしれないけれど、どこかに必ずいてくれると思うようになった。その子とは、特別仲良くなったことはなかった。けれど、私の心の中では特別な存在になった。私が彼女だったらそんな勇気のある事は出来なかったと思う。

今でもグループに属して、人と人の間に壁をつくるのなら、一人でいたほうがいいと思う。人間は群れを成して生きる社会的な動物なのに・・・、こんな私はきっと早死にするんだろう。

人は生まれる時も、死ぬ時もこの体一つしかない。でも、生きている間、人間は一人では生存できないので群れを成し、組織をつくる。組織の力を強めるため、そして仲間の結束を強化するために、組織の壁を高くする。その組織が肥大した時、人間は自分たちの身の丈を見失ってしまうのかもしれない。人が人をコントロールできる、人が自然をコントロールできる、人がこの世を自由自在にコントロールできると過信してしまうのかもしれない。それが、権力闘争になり、戦争につながっていくのかもしれないとふと思う。(もちろん、戦争の原因は、それ以外にも多くあるけれど・・・。)

2006/06/02

「共謀罪」 反対 

今日にでも成立されようとしているという「共謀罪」
絶対に反対です。

こんなにも問題点が挙げられている「共謀罪」が、十分に検討されないまま、多くの市民が納得しないまま、多くの疑問点を残したまま、国会で承認を受けてしまうかもしれない。早いスピードで人々の目をくらませる。姑息な手法で反対の意見の息の根を止める。少数(微数)の私利私欲にまみれた権力者のメンツの保ちあいの中でつくられていく日本の法制度。

「個人情報保護法」で人々を分断し、個人の情報に鎖をかける。
「共謀罪」によって、成立したらどうなるのだろう。組織の活動を縛るのか。市民の活動を縛るのか。そして、権力者の権力を維持・増大するために使われるのか。

「個人情報保護法」によって、日常の生活に変化がおきた。
「共謀罪」のもたらす一人一人の日常生活の中での変化を考えると恐ろしい。

「個人情報保護法」によって、一人一人が分断された。つながることが困難になった。権力者や社会的地位のある人々の個人的な情報がこの法律の名によって守られ、権力者の情報が守られるようになった。もともと、個人的にたいした情報の持ち得ない市民は守るものもないのに、保護という名の下で入院している大切な友人の病室もわからない、学校の連絡網も作れない・・・。本を読んで著者に共感した時に、出版社に電話をかけて、著者への連絡方法を聞いたら、それは「個人情報保護法」の為に「お知らせできません」といわれたことがある。ある大学の先生に連絡を取ろうとしたら、秘書に「個人情報保護法」で教授の連絡先は教えられませんので、伝言を残してくださいといわれたこともある。

そして、「個人情報保護法」の名の下に、銀行や役所は本人としか交渉しない。病気や認知症があって本人が窓口に出向けない場合、親や兄弟が代わりに手続きをしようと思っても、代理人になる手続きを経なければ、身内でも何もできない。代理人になる手続きを認知症の親とすることが時間がかかり、困難であることが理解されていない。

今、「個人情報保護法」によって、提供するべき情報も一度は拒否される風潮ができてしまった。役所や意味や価値のある情報を持っている人たちには都合がよい法律だ。

「個人情報保護法」では、個人、個人と言うのに、日本にはまだ「戸籍」が残り、何をするにも個人単位ではない。何かがあれば家族の負担になる。そして家族単位で荷を負っていく。

「個人情報保護法」や「障害者自立支援法」によって、個人に何か恩恵があったのか。何も考えつかない。害のほうが多いように思う。

「障害者自立支援法」によって、障害者や障害を持った高齢者と共に生活している家族の負担が増大し、家族が生活していくために、障害者や高齢者を戸籍から抜かざるを得なかった、という話も身近に聞いた。もう人々を分断する法律はつくらないでほしい。人々の声を分断する法律はつくらないでほしい。

全く別のロジックで動いている国会は、「一人一人の生活者」の声なんて聞く余地もない様子である。国会は国の組織、市民の組織でも代表でもない。多くの人々とかけ離れてしまっているところで、全く別の意思を持ち、勝手に動く怪物のようだ。こんな怪物をつくってしまったのは、私たち一人一人の怠慢だったのかもしれない。怪物だけを悪者扱いはできない。でも、つくってしまった怪物をそのままにしておくべきではないと思う。

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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