るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/03/28

心の重荷に押し潰されそうな友人

高校卒業後、海外へ留学した友人がいる。海外で大学卒業後、その経験をいかし、海外で現地の人々の生活支援活動に参加していた。しかし、末期癌のお母さんの看病のために日本に戻った。お母さんを看病していた時に、お父さんが脳卒中で倒れ、重度の障害を持ってしまった。数年間、ほとんどひとりで二人の介護・看護をしていた。お母さんを失い、お父さんを失い・・・今、兄弟姉妹もなく一人ぼっちになってしまったようだと言っていた。

20代の彼女は、日本での生活基盤が整う前に、ご両親を失ってしまいました。東北の田舎では、彼女の経験がいかせる仕事もあまりありません。このまま生きていてどうなるのだろうと不安に襲われると言っていました。毎日、涙が出てきてしょうがないと・・・。現在、ある大手介護会社の訪問介護の事務所で夜勤の仕事をしているとのこと。一晩5000円にもならないといっていました。全部、アパート代に消えてしまうようです。

うつ病の症状があるようなので、精神科に行ったら、大して話も聞いてもらえず、大量の薬だけ処方され、辛さを募らせています。長い間、服用していなかったようですが、今日は苦しくて布団から出られなくなりそうだったので、飲んてみたら・・・飲んだ直後に手足が震えてきたと連絡があった・・・。
とても心が痛くなります。人ごとだとは思えません。

今、親戚関係が希薄になり、一人っ子も多く、結婚しない人も多い。親がいなくなったとき、頼る人がいなくなってしまう人が、もっともっと増えるような気がしてなりません。家族がいることを前提に、社会保障制度がつくられていて、「自立」した個人を支えるための社会の制度やシステムなどが整備されていない日本では、家族を持たずに一人で生きていくのは精神的にも、経済的にも生活していくのがとても大変だと思います。心身ともに元気で、若くて、働けて、十分な収入のある時はいいけれど・・・。

人間は、そんなに完ぺきでも、完全でもない。いつ病気になるかわからない、いつ事故にあうかわからない、いつどんな障害を持つかわからない・・・。日本の社会は、家族がいて、健康で、働けて十分に収入のある人々には、とても便利で都合がよい。でも、それに当てはまらない人々にとっては、とてもとても生きづらい社会。

老いても、障害を持っても、病んでも、ひとりでも、それぞれが自分の選択するライフスタイルを持ち、地域であたりまえに暮らし続けていくことは、今の日本では難しい。そんな社会に少しでも近づいてほしいと、日々、切実に願っている。(願っていても何も変わらないのですが、どうしたらいいのか、何をしたらいいのか、わからないのです・・・。)

友人には、いつでも来て泊まっていっていいよと伝えてはあるけれど、仕事もあり、距離も離れているので、来るだけでも大変なのかもしれない・・・。
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2006/03/25

六義園のしだれ桜

待ちに待った桜の季節が到来しました。
20060325233314
今夜は夜桜を見てきました。
駒込にある六義園のしだれ桜の写真です。夜で暗いなかでのお花見でしたが、ライトアップされていて見栄えがありました。庭園や茶室も素晴らしく、今度は日中にゆっくり行ってみたいと思います。

今夜は多くの人がしだれ桜を見に来ていましたが、普段の日はあまり人はいないようです。

まだ8分咲きくらいでしたので、まだ間に合いますよ。

その前に、上野公園の桜も見てきました。こちらはお祭りや宴会の雰囲気でいっぱいのお花見でした。上野の桜は五分咲きくらいだったように思います。

日本の桜の季節は自然の素晴らしい恵みですね。明日もどこかで桜が見られるかな。

2006/03/25

人間恐怖症

70代の知人は人間恐怖症だという。
私が、「あなたも人間じゃないですか、私も人間ですけれど」と言ったら笑っていた。でも、「人間は怖い、人間は怖い」と言っていた。

「あなたも人間は怖いですか」って聞かれた。
「私も怖い」と答えた。人間は怖いと思う。

「人間よりも怖いものありますか?」っ聞いたら、
彼は人間より怖いものは「権力」、「政治的権力」だと言っていた。
そういえば、最近、マキャべリの本を読んでいると言っていたなあ。自分が一番恐れるものについて理解を深めようとしているのかなとふと思う。

彼は、一般社会の定義で表現すれば、高齢者であり、精神障害者でもある、ほとんど「社会」との接点を持ちえずに長年生活してきているが、私は今まで彼ほど素敵な人に会ったことがない。

以前、ある有機農業(減農薬ではなく、無農薬)に何十年も携わってきているお百姓さんが、「人間は人間以外に恐れるものがないといけないよな」と言っていた。その人が子供の頃は、家の能面がとても怖かったり、暗い森のふくろうの目が光っているのが怖くて、夜暗くなる前に家に帰ったという。昔は、人間よりも、怖いものがあったと言う。

今、人間が人間を恐れる時代にあるような気がする。
人間が怖く、恐ろしいから、殺し合い、傷つけあい、権力を持ち、自分だけは勝ち残ろうと一生懸命なのかもしれない。それによって、余計に人間が怖くなる。悪循環だ。

もし人間同士が信頼でき、安心できたら・・・。

2006/03/21

すべてアメリカのせい?

最近、アメリカたたきが流行っているような気がする。

最近の日本の経済界や財務省などには、アメリカで経済学を学んだ人が多いと聞いた。それを聞いたときはちょっと「ぞっとした。」アメリカの経営や経済は非人間的な、酷なものがあると思う。アメリカで見聞きしたものを、そのまま日本に導入することは避けて欲しい。

アメリカには、他の国と同様に、長所も短所もたくさんある。

私の色眼鏡を通した米国について少々書いてみたいと思います。

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2006/03/20

介護業界について

私が直接見聞きしたことです。

①ある大手の介護企業のグループホームで正社員として働いている大卒の男性の話。毎月、手取り約13万円。夜勤もあるという。夜勤をすればそのつど多少の手当が付き、月給が13万円+になる。彼は親と同居。ひとりで生活したり、自分の家族を持つなんて、少ない給料では難しいと言っていた。仕事がきつく、副業をやる余裕もないという。でも彼は「仕事があるだけいいですよ」とありがたそうに言っていた。私は彼にそんなことを言わせてしまう世の中が許せない。彼の介護の仕事は慈善事業ではないのです。彼だって労働者として、一人前の仕事をしていて、自立して生活できるだけの金銭的報酬受ける権利があるのです。「介護職で組合とかつくらないの?」と聞いたら、「そんな動きもあるようですけど・・・」と人ごとのように言っていた。

②ある公営の老人ホームで公務員として働いている50代の女性職員の話。年収は約800万。数千万の退職金をもらう日まで、そこで働くと言う。旦那さんも公務員。彼も、あと数年で数千万の退職金がもらえることが唯一、仕事を続ける大きな理由とのこと。それまで職場で、黙ってがまんするという。

この二つの話を聞いて、とても変だと思った。やっている介護内容を見てみると、若い男性の方が体を使い、夜勤もこなし大変な仕事をしている。でも、彼の年収は200万円にもならない。民間の福祉現場の職員の労働条件を整えることは大きな課題だと思う。労働条件が悪く、腰痛で苦しんでいる人、体を壊している人もいる・・・。公務員の数を減らしたり、報酬を削減したりすることに関しては、私は公務員でなく、実情がわからないのでなんともいえない。しかし、民間・公務員の立場を超えた考え方はできないのかなと疑問を持つ。立場に対しての給与ではなく、仕事に対しての給与であるべきだと思うけれど・・・。(成果主義の話をしているわけではありません。同じ介護職なのに、民間会社の職員・公務員という立場の差で、ここまで格差があるのはおかしいと思う。民間企業の福祉現場の職員の労働条件の底上げは必須だと思う。)

①の男性とグループホームのおばあちゃんの会話の中で、おばあちゃんは彼に、「そんな安月給でよくやってるね、どうやって生活しているんだい。私たちは十分豊かだから、こんなにいい所で生活できるけれど、あんたらが年取ったら、こんなにいいところには入れないね。かわいそうに。」と言っていた。

本当にそうだと思う。グループホームで生活している認知症のおばあちゃんは、世の中の健常者たちよりも、世の中が良く見えている。(ちなみに、おばあちゃんは月に約20数万円~30万円をその会社に支払っているようだ。おばあちゃんの3人の子供が金銭的には支援しているという。家族は遠方に住んでいて、ほとんど姿を見せないという。)

2006/03/19

アメリカ人の友人との会話から

日本の日曜日の朝にアメリカにいる友人が電話をくれた。久しぶりだったので、ついつい長電話・・・。

彼は米国の民主党員。ブッシュのような人がアメリカの大統領であることが、耐えられないと言っていた。アメリカの社会の流れにはあきれることばかりで、カナダに移住することも考えているとのこと。

日本の国としては、アメリカのイラク戦争を支援しているんだよと言ったら、ブッシュの戦争に加担するような日本は、あわれだと言っていた。日本では何かあった時には、アメリカが日本を守ってくれると思っている政治家や行政官がいると言ったら、笑われた。「アメリカが日本を助けるわけないよ。アメリカ政府は、使い物にならない自分の国の市民さえも見捨てるよ。」続けて、「もし中国と日本が戦争になったとしたら、アメリカ政府は自分たちの有利な立場に立つよ。アメリカの権力者の利益を犠牲にしてまで、日本を守るわけないよ」と言っていた。

私も「うん、うん」と納得できる一意見だった。

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2006/03/18

60代の「英雄」たち

私の身近にいる60代以上の人たちの中には「英雄豪傑」が多い。

私は、なぜか今の若い人たちとよりも、60歳以上の人たちと価値観が合い、気が合う。自分の持ついろいろな価値観が古臭いのかもしれない・・・。今の60歳以上の人たちがうらやましい、ある意味とても幸せな人たちだと思う。

戦前に生まれ、戦後、民主主義の時代に学生生活を送り、時代の波に乗って高度成長期を過ごしてきた。自分の業績ではなくても、いかにも自分たちがゼロから社会をつくり、すごいことをやり遂げたような気持ちになっている。自信過剰というか、傲慢な面がなきにしもあらずである。大きな夢を持って生きてきた世代のような気がする。

貧しい時代を知っている人たちだから、辛い経験もしていて、素朴で、共感度が高く、人間的に魅力的な人が多い。

ただ・・・。ちょっと次世代のことも考えてほしいなと思うことがしばしばある。今の団塊の世代や若い人たちは、60歳以上の人たちよりも、経験も少ない、知恵も少ない、人脈も少ない、社会的地位も低いことがよくある。そんな中で、60歳以上の人たちがトップを陣取っていたら、若い人たちは自由に動けないし、自由に考え、意見もいえない。結果として、必要な経験ができないまま年をとっていく。

退陣する時、身を引く時を知らないのが欠点かもしれない。
次世代の担い手としての跡継ぎを育てられなかったのが欠点かもしれない。
自分の夢を実行する力は持っていたかもしれないけれど、人の育て方を知らないような気がする。自分で自分を育ててきた世代なのかもしれない。

今、人づくりの必要性が着目されている。でも、育てられたことのない人たちは、どうやって人を育ててよいかわからないかもしれない。

育て方がわからなくても、今、若い人たちを信頼して、「間違いをしてもいいから、失敗をしてもいいから、やってみろ」という大きな気持ちで見守ってほしい。間違ったとしても、批判せずに、「また挑戦してみろ。あきらめるな」と見守っていてほしい。人はたくさんの間違いや失敗を繰り返しながら成長していくのだから。間違いや失敗から学ぶことはたくさんあるのだから。

海外では大企業でも、30代や40代の代表取締役がたくさんいるという。日本の代表は60代や70代も少なくないということを聞いたことがある。国際会議の場では、日本の代表者と他国の代表者の組み合わせが、おじいさんと孫が同席している様子だったという話を聞いたこともある。次世代の若い人たちに任せられないといっていたら、人は育たない。

2006/03/15

智惠子の病

『原色の女』 田下敬子(著) 彩流社 

著者が一人称で主観的に智惠子の人生を語る一冊。こんな本を読んでみたいと思っていたので、夢中になって読んだ。『智恵子抄』の智惠子とは違う、彼女の姿があった。女性の目を通した智惠子はとても人間らしくていい。

以下、私の自分勝手な想像だが・・・。

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2006/03/14

怖いこと

先ほど、海外の友人から電話があり数時間ほど話をした。
10年来の友人が「るるどは日本に帰ってから変わったよ」と言った。
どう変わったかを聞いていると・・・。自分の意思表示をあまりせず、自分が何をしたいか、どうしたいかなどあまり言わなくなったと。流れるままに人生をゆだねているような感じ。話をしていても、表面的に聞こえの良い綺麗な言葉での討論で、奥が深まらなくてつまらないとのこと。

自分も日本での生活やいろいろな批判をしておきながら、批判しているそのものに自分がなっていっているのかもしれないと思ったら、恐ろしくなった。

日本では反論したり、異議を唱えないほうが生きやすい。
日本では、みんなと同じものを食べたほうが生きやすい。
日本では、「そうですね」とか「どうも」とか「すみません」とか言っていると、大体のことはどうにかなってしまうような気がする。

職場でもできるだけ、反論せずに「そうですね」と聞き流している自分がいる。思ったことがあっても、言いたいことがあっても、言葉を飲み込んでいる自分がいる。

友だちには「それじゃ、魂のないロボットだよ」と言われた。怖いことだ。

そんなことを考えていたら、実際にあった職場での小さな出来事を思い出した。近所の中華料理屋さんに夕食を出前してもらおうということになった。職場のその部屋には6名いた。「るるどさん、何でもいいから注文して」と上司。私はちょっと戸惑った。「一人ひとりが好きなもの、嫌いなもの、食べれないものなどがあるだろうに、なぜそれぞれの要望を聞いて、注文しないんだろう?」と違和感を感じた。

できるだけ選択肢が多いほうがいいなと思った私は、そこにいる人たちの要望を聞きながら、これと、あれと、などと注文しようと思っていたら・・・。

「五目そば6つ」と上司が決定。異議なし。

「えっ?なんで同じものを注文するの?折角、お金を出して注文するのだから、好きなものを注文すればいいのに。嫌いなものや食べられないものがあったらどうするんだろう。あぁ~。日本の職場のような所では、一人一人が自分の好きなものを頼むのではなくて、チカラのある人の好みで、適当に食べるものまでが決められるんだ」ということを感じた。私にとってのカルチャーショックでした。みんなで一緒に夕食をとるという形式が優先で、一人一人が好きなものを味わって食べるということは考慮されないなんだと思った。

私は五目そばを食べたかったのではなかった・・・。
もちろんおなかがすいていれば何でも食べてしまう私だけれど。

近所の中華料理屋さんだって、注文してくれる人たちが、好きなものを美味しく食べてくれたほうが嬉しいだろうに。中華料理屋のおじさんの心を込めた手作りの料理の美味しさも半減してしまう。
*****************************************

考えなくていい、決めなくていい、自分自身の考えや思いを表現をしなくていい環境は慣れるととても楽。とても居心地がいい。でも、本当はとても、とても怖いことだと思う。家畜化された動物と同じ、いい子にしていれば食べ物をもらえて、守られて多少生き延びることができる。でも、そんなことをすればするほど、「自分の存在する意味は?自分の存在する価値は?自分のしたいことは?自分の大切にしていることは?自分の信じていることは?自分のできることは?自分はどうやって生きていきたいのか?」こんな問いから、自分が遠くなっていくような気がする。

2006/03/12

夜回り先生の本

今日、本屋さんで、夜回り先生の新しい本が出ていたので、つい立ち読みを。
一冊は以前買って読みましたが、今日は買いませんでした。すみません、水谷先生。

夜回り先生については、先生の講演に行った友人を通して知りました。本からも、彼の真剣さがひしひしと伝わってきて、胸が苦しくなります。内容はとても重く、読むたびに「私には何ができるんだろうか」と考えてしまいます。夜回り先生のようなことはできないけれど、お互いの関係を通して、それぞれが必ず自分の「居場所」を持つことができるということを伝えられたらいいなと思う。

先日、ひさしぶりに学生時代の友人と昼食を一緒にしました。彼女はとても素敵でおしゃれ、性格もいい。仕事も頑張っている。ふらふらと、いい加減に生きている私とは、生活との向き合い方も、努力の仕方も、向上心のあり方も違う・・・。ここ三ヶ月、体調をくずしていて、とても不安な気持ちで毎日を送っているという。部屋に一人でいると死んでしまったほうが楽だとも考えることがあると・・・。不安に襲われパニックに陥ってしまうと言う。いろんな友だちに相談しているようだけれど、「いつもこんなんじゃ、友達なくすよね。いなくなっちゃうよね」って。聞いてるのが辛かった。私は「そんなことないよ、お互い様。辛い時はいろんな人たちの助けを借りないと」とは言ったものの、自分にできることはなんだろうとずっと心の中で考えていた。彼女に必要な言葉は何だろうと考え、心で祈りながら自分の引き出しにあること、経験や思い出せることなどいろいろ探ってみた。やっぱり私の言葉には限界がある・・・。結局、聴くことしかできない。

今、一番、彼女が求めているものは、安心できる生活の場で、たわいない時間を安心して一緒に過ごすことのできる人なんだと思う。

「一人暮らしは寂しい」と言っていた。連絡してみよう。

<参考>
『夜回り先生』水谷 修 著 サンクチュアリ・パブリッシング 版
「不登校、ひきこもり、リストカット、薬物乱用・・・12年間夜の街を回り、5000人の生徒と向き合った「夜回り先生」が激動の半生を振り返る。なぜ夜の街の子どもたちが、水谷先生にだけは「心をひらく」のか、その答えがこの一冊におさめられている。... 」

『夜回り先生こころの授業』水谷 修 著 日本評論社 版 2005年10月 発行
「子どもたちはやさしさ待ってます。子どもたちを救うために全国を駆け巡る”夜回り先生”からの最新メッセージ。」

2006/03/10

今夜、精神病院に35年間以上入院していた方と話す機会を持つことができた。
彼は、もうおじいちゃん、そして、とても紳士的な人。
彼とは、ゆっくりと時間が流れる空間の中で、心と心がつながる会話ができる。

入院していた頃は、ロボトミーと電気ショックの治療がほとんどだったらしい。本当に良く生きて出てきたと思う。神様に感謝。

入院していた時、どんな希望を持っていたのかたずねたら、「必ず父が住んでいた土地に戻ってくる」ということが心の支えだったと言う。

何が人生で一番大切なこと?と聞いたら「愛」と。

彼は哲学者で、いつも書いている。書いて自分の作品を残すことで、自分がいなくなった後に愛の形を残すという。私にも、「文筆家になるのかな?」と聞いてくる。残念ながら、私は彼ほどの文才がない。

「あなたにしか出来ないことをやりなさい」と言われた。

何なんだろう、私にしかできないことって。

愛する人と結婚して、子供を生むことかな。これに限っては、神様にお願いするしかない。

最後に、
彼はニコニコと、「先に行ったら、待ってるから」って。
私は「待っててね。私の番が来たら迎えにきてね。でも、あまり早く行かないでください。」と、今日の会話を終えた。

彼が、待っていてくれると思うと、あの世に行く楽しみもできる。

2006/03/10

食関係のフォーラム

『遺伝子組み換えイネ裁判と生命特許』勉強会のお知らせ

◇種子が企業の所有物になっている!
◇第三世界諸国から遺伝資源を盗む!
◇ 原住民のDNAを特許登録?!!
◇遺伝子組み換えイネの実験がスタート!

これまで世界中のほぼすべての宗教・文化において、神からの神聖なる贈り物として扱われてきた生命は、いまや人間の「創造物」として扱われるようになりつつあります。つまり、遺伝子や化学物質などが、遺伝子工学技術を使って組み換えたり、特許取得者が売買する対象になっているのです。
企業は生物を、利益のために好き勝手に乱用してもよい物品とみなしています。
いま、生命の多様性は、これまでにない大きな危機にさらされています。私たち人間の生活に欠かすことのできない食品や医薬品などが次々と、種子の遺伝子や病気の原因遺伝子などの特許奪取に奔走している、数社の巨大企業の支配下におかれるようになってきています。
 日本ではこの生物特許競争に乗り遅れまいと遺伝子組み換えイネを政府が推進しています。その野外実験によって耐性菌が生まれ人類をはじめ生物の生体防御システムに大きな脅威となると専門家から強い危惧の声が上がっています。現在差し止めの裁判が続行中です。


日時   : 4月1日(土) 開場18:00
開演18:30〜20:40

講師   : 天笠啓祐さん《遺伝子組み換えは食品いらない!キャンペーン代表》
       マッカーティン・ポールさん《生命に特許はいらない!キャンペーン代表》
神山美智子さん《GMイネ裁判弁護団長(予定) 》
ゲスト  : 加藤登紀子さん《歌手・国連環境計画(UNEP)親善大使》
司会 : シキタ純さん 《NPO法人ビーグッドカフェ代表理事》

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2006/03/10

子どもが本当にほしいもの

親は愛する子どものために、一生懸命働き、素敵な洋服を買い、いい幼稚園に通わせ、いい学校に入学させ、好きな習い事へ通わせ、欲しい物を買い与えたりする。

でも、子どもが本当に欲しいものは、お金で買えるものではありません。親が子どもに何をしてあげるということでもないのです。

「仲のよいお母さんとお父さん」、「愛情を持って接しあっているお父さんとお母さん」が、何よりもほしいものです。

お父さんとお母さんが怒鳴りあいや口げんかをしていて、幸せを感じる子どもがどこにいるでしょう。

お父さんとお母さんが、言葉を交わさず、無視しあっている生活空間にいて、安心を感じることができる子どもがどこにいるでしょう。

お父さんとお母さんが憎みあっている家庭で、子どもはのびのびと成長できるでしょうか。

どんなに裕福な家庭でも、お父さんとお母さんがけんかばかりしていたら、子どもの心は萎縮してしまいます。ケンカしている両親から生れてきた自分の存在が辛く感じ、とても悲しくなります。

夫婦の仲の良い家庭で育った子どもは、幸せです。
今、子ども達は、そんな素朴な幸せを心から求めています。

2006/03/09

病気から得たもの

以前の記事で、弟が精神的な病気だという診断を下されたということを書きました。病気によって、失ったこともあるけれど、得たこともたくさんあります。

病気によって「得たもの」について:

・両親が寛容になった。
以前は、精神病というと自分たちとは関係ない、良く理解できない人たちと思っていた様子だけれど、病んでいる人たちがどこにでもいる普通の人だということがわかった。

・病気を知り、勉強することができた。
「病気になって病気を知る」とよく言いますが、本当にそうです。
大学で精神病などに関して勉強をしていましたが、実生活の中での勉強は全く違います。本当に必要なことは大学や本からは、なかなか得られないものです。

・日常の中にある当たり前なことや、小さな幸せに感謝することができるようになった。
苦しかったり、辛かったりする時は、大切な人と一緒に食事をすることができるだけでも、心から嬉しいものです。知らない人の親切が、天使からの贈り物のように感じられたり、感謝したり、幸せだなと思うことが多くなりました。

・弟が自分を大切にし始め、自分らしい人生を歩み始めた。
思いやりがあり、とても優しい弟はいつも人の為に生き、期待されることばかりしていました。「病」を契機に、自分を大切にすることの必要性を感じ、自分が本当にやりたかったことにチカラを注いでいます。また、周りの人たちもそれを支えています。弟が好きなことをやっている姿を見ることは私の幸せでもあります。大切な人がしあわせであることは、私にとってとても大切なのです。私ひとりが幸せでも、むなしいものです。

・精神障害福祉・精神医療の世界に多少かかわることができた。
日本での精神障害福祉や精神医療に関しては全く関わりも知識もなかったので、新しい世界を知ることができました。その世界の矛盾や問題、歴史など知れば知るほど、もっと知りたくなる業界です。

・世界観が広がった。
精神障害関係の人たちとふれ合うことで、自分の世界観が広がりました。本当に奥の深い世界です。

・新しい人間関係を築くことができた。
病気がきっかけとなり、当事者、家族、専門家など多くの人と出会うことが出来ました。多様な人たちとの出会いは宝物です。

等、いろいろ得たものがあります。

これらからも、辛いことや“壁”に直面していくのでしょう。でも、私にとっては、なにがあっても大切な弟です。大海で同じ船に乗っているような気持ちなのです。

2006/03/07

「ワールドカップ、苦戦中?」

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またまた、腑に落ちない広告を発見。「投票率のワールドカップ」開催ということで、イタリア、オランダ、スウェーデン、ドイツの高い投票率を掲げ、日本の前回の選挙での投票率は67.5%だそうです。「・・・わが国の選挙への関心はどうも分が悪そうです。」と書いてあります。「フレーフレー」と日本の応援をしているのはいいのですが、日本の自己評価を落とす広告(日本が最下位)では、その効果はあまりないと思う。

この広告は、総務省(財)明るい選挙推進協会が出しているものだけれど、まさか税金でこれが作成されて、電車の中に張られているのではないのでしょうね?まさかですよね。でも、万が一そうであれば、とてももったいない話です。

「選挙に行け!」と市民をあおったって、一票を投じたいと思える政治家がいなかったらどうすればいいのでしょう。一票が市民の一票の重さを持たない政策づくりが進んでいる日本の現状を見たら、選挙に行く気持ちも失せます。

もちろん、私は広告があってもなくても選挙には行きます。女性が参政権を持っていなかったことを考えると、自分の持っている一票の重さを感じます。どれだけ女性が苦労して選挙権を得たのか考えると、一票を無駄にはできません。

現実的には、一票を投じたい、この人に投じたら私の声を、私の想いを少しでも代表してくれると思える人がいないのがとても残念です。仮に、そのような人がいたとしても、その人たちが活躍できるような政治の場が、残念ながら日本にはないような気がしてなりません。

最後に、総務省(財)明るい選挙推進協会の皆様、どうか広告の作り方のお勉強をしてください。お願いいたします。

2006/03/05

明治45年とくらべて、後退している日本

こんな歌をみつけました。明治45年に日本について綴った作品です。

或る国      与謝野晶子(西暦1912年・明治45年3月)

 堅苦しく うはべの律義のみを喜ぶ国
 しかも かるはずみなる移り気の国
 支那人ほどの根気なくて
 浅く利己主義なる国
 亜米利加の富なくて
 亜米利加化する国
 疑惑と戦慄とを感ぜざる国
 男みな背を屈めて宿命論者となりゆく国
 めでたく うら若く
 万万歳の国  

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2006/03/04

たけくらべ 女性にとっての思春期

樋口一葉の『たけくらべ』のあらすじを読んだ。
日本人なのに、恥ずかしながら『たけくらべ』の話を全部読んだことがなかった。今、一様さまは5千円札の人であるのに、彼女の作品には、あまり関心がなかった。あらすじを読んだらとても面白そうだったので、原文を見たら、意味が良くわからなかった。

『たけくらべ』 樋口一葉
http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/hikaku/takekurabe.html
上記のページに原文あり。

原文の理解は、ちょっと私には無理そう。でも、あらすじから、思春期の男女の様子変わりなどを繊細に表現している作品だということがわかった。

私が一番関心を持った場面は、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、あるときを境目にして、突然その元気を失うところ。その理由については、いろんな説があるという。一つの説は、美登利が初潮をむかえたためで、もう一つの説は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、というものらしい。

文学少女でもないし、学会でどんな論争があり、どのような定説があるか全くわからない。でも、美登利の変化の理由にとっても関心がある。同じ女性として関心がある。

以下、美登利の変化した場面を原文より抜粋:
「美登利はかの日を始めにして生れかはりし樣の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束はてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも恥かし氣に顏のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌さは再び見るに難く成ける、人は怪しがりて病ひの故かと危ぶむも有れども母親一人ほゝ笑みては、今にお侠(きやん)の本性は現れまする、これは中休みと子細(わけ)ありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順しう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたと誹るもあり、表町は俄に火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な/\の弓張提燈、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そゞろ寒げに、折ふし供する三五郎の聲のみ何時に變らず滑稽(おどけ)ては聞えぬ。」
 
美登利がある日をきっかけにして、元気を失い、以前の彼女ではなくなってしまった様子が良く描かれている。

同じ女として、ついつい、自分の思春期と重ねてしまう。

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2006/03/03

「勝ち組」と「上流社会」に属する人たちの政策づくり

最近、特に心配なことは、いわゆる勝ち組や上流社会に属する人たちだけによって、日本の政治や政策づくりが進められていくこと。社会の大きな方向を決める人たちが、無・低所得者、資産を持たない人々、疾患や障害を持ち働けない人、在日外国人らを、世の中の邪魔者扱いにした政策づくりを進めて、少数の権力者だけに都合のよい社会を形成していく傾向がより強まっていくことに不安を抱かずにはいられない。「ひとり一人の生活」のことなんか考えていない国家の視点。

これが私の根拠のない不安であればいいのであるけれど、でも実際には「障害者自立支援法」にも見られるように、もうその流れはうまれつつある。最近、介護に疲れた子供が親と心中、障害を持った子どもとその親の心中など、小さい記事が新聞の端に載っている。景気が回復している経済大国日本であるそうだが、その影では少なくない人たちが血と涙を流していることを忘れてはいけない。よくある駅での人身事故や、自殺の多いこの社会を見れば良くわかる。日本は「平和」ではあるが、精神的に危険な状態に置かれた人が多く、心の平安の得にくい国である。

2006/03/01

左翼系の市民新聞

先日、ある集会で市民新聞をいただいてきた。
それを友人に見せたら。「あまり見たいと思わないな。読んでみたいと思わせる見出しじゃないね」と言われた。反論できなかった。確かに、関心のない人に読みたいと思わせる見出しではない。ついでに、「言葉が堅いよね」と。

友人は、かつて国際政治を専攻し、左よりの価値観を持っていた人だった。
続けて、「小林よしのりのゴーマニズムだって漫画だし、本田勝一だって大衆受けするように読者を意識して表現している。でも、左翼系の市民新聞は思想に筋は通っていたとしても、読者を意識していないよね。インテリが好みそうな表現や言葉ばかり、これじゃあ、一般の人は読もうと思わないんじゃないのかな」と。

そうかもしれない。

「・・・いくな!」とか「・・・許すな!」とか「・・・をとめよう!」とかそんな見出しが多いし、思想・信条・闘争・共闘・・・という言葉がちらほらと浮いている。

元来、同じような考え方を持っている人たちは、見出しや表現の仕方に関係なく、メッセージに共感して読む。でも、異なる価値観や、異なる考え方をもっている人たちは読みたい、見たいと思わなければ無視だろう。メッセージを伝えようとするなら、発信するだけでは不十分。読者のことも考えないと。いくら素晴らしいメッセージでも、相手が読みたいと思わず、伝わらなくてはしょうがない。

絵本、漫画、歌、広告、ブログ、店頭、映画、芸術、洋服、雑誌、スポーツ、などなど、使えるものはなんでも使って、いろんな方法で、多くの層の人たちに伝わるように「平和」のメッセージを送らなければ。

「戦争反対!」

「平和を守ろう!」

やっぱり、難しい・・・。

2006/03/01

心のひだ

『灰色の午後』 佐多稲子(著者)

こんなにも感動する小説に出会ったのは、何十年ぶりだろう。
こんな感動は、もしかすると生まれてはじめてかもしれない。
海外での生活が長かったこともあり、日本の文学や文章にふれる機会があまりなかった。悲しくも、私の文章力にそれは反映してしまっている。

それはさておいて、『灰色の午後』は私小説であるという。私小説というジャンルは日本独自なものだと聞いたことがある。アジア学の学会で、英語では適切な言葉がなく、「シショウセツ」という言葉が英語の会議の中で飛び交っていたことを思い出す。

「心のひだ」という日本の言葉を知ったときには、素敵な表現があるんだなと感心したが、少しぴんとこなかった。『灰色の午後』を読んで、はじめて「心のひだ」を表現するとどんなものであるかが感覚的にわかった。私小説は「心のひだ」を表現する最高の方法なのかもしれない。

あれほど内的感覚を鋭く表現した作品に、これまで出会ったことがなかった。
痛々しい部分が多く、読んでいる私まで「そこまで自分と向き合わなくてもいいから」と声をかけ、白紙にしてしまいたくなるほど生々しい。どうしたらあそこまで表現できるのか、本当に不思議である。

最近、自分の大切な時間を割いてまで、小説を読みたいと思わなかった。けれど、これからはいろんなものを読んでいきたい。生きていて本当に良かった。死んでいたら佐多稲子氏の作品に出会うことが出来なかったのだから。

佐多稲子氏の作品を通して、彼女も私も同じ日本人の女性であると意識し、感慨に浸る。物語には著者の魂が宿っている。読んでいる間、二人の鼓動は重なる。彼女の目線で社会を垣間見、同じ場面で吐息をもらす。

感覚の合う本に出会うたびに、孤独感が少しずつ薄まっていくような気がする。

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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