るるどの覚書

全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。

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2006/06/26

義務教育現場―そうじの時間

小学校の時、私が好きだった時間は、図工、家庭科、体育、給食、放課後・・・そして、そうじの時間。

それ以外の時間は先生が一国の主のように、生徒に対して天下を取っていたので息苦しかった。国語の時間は最悪だった。教科書に載っている物語を読んだ後、「この作品には著者のどんな想いが込められていますか?」という質問をする先生。読み手によって物語の解釈の仕方はいろいろなんだろうなと思いつつ、挙手し、起立して自分なりの答えを発言すると、いつも間違っていた。正しい答えは先生が持っている。教室では、先生の答えが唯一、絶対的に正しい答え。生徒たちが納得しないと、いろんな理屈をこねて自分の答えが正しいこと、それと異なるの答えが間違っていることを証明しようとする。そんなことをやる先生を見ながら、何が楽しいんだろうと子供ながらばかばかしく思った。先生だけが持っている本には「正しい答え」が書いてあったようだけれど、それをそのまま鵜呑みにして、一つの答えしか持てない先生がかわいそうで、哀れに見えたこともあった。こんなたわいない経験からも、生徒たちの想像力や考える力が潰されていたことに気づく。

国語の時間は私の想像力や考える力を潰していたけれど、そうじの時間は私を育ててくれた時間だと思う。そうじの時間が大好きだった。庭そうじ、教室の掃除、廊下の掃除、トイレの掃除、・・・いろんなところで、生徒だけで自由に動けた。そうじの時間は、担任の先生は職員室で他の先生たちと会話に花を咲かせていた。そんな時間は生徒だった私には天国だった。

自分たちで、自分たちの使う場所を綺麗にするというのはとても気持ちがいい。トイレ掃除も楽しかった。まず床を掃く、そしてホースから出てくる水を床にかけながら、たわしで綺麗に床を磨く。便器や流しや窓ガラスも綺麗にする。自分たちで掃除をするから、みんな丁寧に、綺麗に使う。だから、汚いものを掃除していたという感覚はなかった。真夏の暑い時期に水をかぶりながらのトイレ掃除は最高の時間だった。誰かが率先して楽しんで掃除をしていると、みんなで楽しく掃除をする雰囲気ができてくる。(さすがに、1年生~4年生が使っていたこいだめが足の下に見えるトイレは用務員のおじさんが掃除してくれていた。感謝。感謝。)

今考えると、文句も言わずにみんなよくやっていたなぁと思う。楽しかったから、文句なんて考えつかなかった。掃除の時間は、責任を与えられ、それを果たす立派な大人になった気分をちょっぴり味わうことができたような気がする。

掃除が大好きになったのは、小学校の校長先生の影響もある。毎朝、誰よりも早く学校へ行っていた校長先生。竹ぼうきを持って、校庭や周りの庭掃除をしていた。校庭やその周りはいつも綺麗だった。時々、植木の手入れもしていた。毎朝ほとんど欠かさずに黙々と掃除をしている校長先生の姿を見て、なんて立派な先生なんだろうと思った。今まで、日本で出会った先生の中で一番尊敬している先生。そして、教育の場で多くの「先生」という人たちに幻滅する経験をしたとき、大島校長先生のことを思い出して、素晴らしい先生もいるんだから「先生は嫌いだ!と全ての先生を批判しない」と心に念じていました。

外国の学校へ通い始めて、掃除の時間がなかったことが物足りなく感じた。自分たちで使うものは、生徒が自分たちで綺麗にすればいいのにと思った。その学校は、清掃だけをする労働者がいた。そんな労働者の姿は生徒たちの目に留まらない様子だった。生徒たちはどんなに汚くしても自分たちで掃除をしなくてもよかった。だから、掃除のする人たちの大変さが全く想像できなかったのだろう。あまり綺麗な学校ではなかった。落書きや食べ物のしみ、ゴミも落ちていた、破損物も少なくなかった・・・。綺麗だったのは清掃する人が掃除をした直後だけ。

生徒がやりがいを持って掃除できる環境づくりとその余裕のある教育は日本の義務教育の宝の一つだと思う。でも、今はどうなんだろう。
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2006/06/09

私の出逢ったホームレスの君 II

あのホームレスの君に何があれば立ち直るきっかけが出来たのか・・・といろいろと考えてしまう。

これがあれば良かったかもしれないと考えることの一つとして「場」や「居場所」がある。

・雑居的で敷居の低い場
・彼の悩みや苦しみもそのまま受け止めてくれるような場
・彼が彼らしくいられる場
・治療を必要とする場合、病院に紹介し、治療入院の後、戻ることのできる場
・人間的な弱さが絆となって、人々とつながれる場
・彼が何らかの役割の取れる場 
・彼をあたたかく迎え、彼を必要とする場
・彼が安心していられる場
・つながりを通して、他の人の苦しみを垣間見ることのできる場
・彼らしく生きることを支えてくれる人たちのいる場
・彼を色眼鏡で評価することのない場
・多様な人々との出会いのある場
・多様な価値観が雑居する場
・彼の苦しみさえも意味があって、無駄ではなかったと思うことのできる場
・いろんな生き方・あり方を肯定する場
・通気性や流動性のある、いろんな動きのある縛り付けのない場
・人間だけでなく、いろんな生物(植物、動物等)のいる場
・その場を拠点として広がりのある動きがとれたり、つながりを持てる場
・・・

こんな場があればよかったと思う。

(日本であったら、行政の手垢のついていない精神障害者の生活支援センターのような所が、そんな「場」に一番近いのかなぁ・・・。障害者自立支援法などでどうなるかわからないけれど・・・。)

2006/06/08

私の出逢ったホームレスの君

(海外で生活していたときにあったあることを、ふと思い出したので、書き留めておこうと思う。)

ある日、いつものカフェで珈琲を飲みながら書物に目を通していた。向こうのほうにギターを持ち、ぼさぼさの髪の毛をして、とても綺麗な目をした寂しそうな男性がいた。

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好きな言葉:"Differences are not a threat, but a treasure" by Jean Vanier (ジャン・バニエは、尊敬する人の一人です)

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