るるどの覚書
全く私的な独り言から、素朴な疑問や社会的な関心ごとまで、北欧での生活の中で感じたり、思ったり、考えたことの覚書ブログ。気軽にコメントして下さると嬉しいです。
私の好きな人たち
病気の人たちが好きだ。
何故と聞かれてもわからない。
いまだに嫌な人に出会っていないからかもしれない。
他の人たちよりも、時代の一歩先を見ているような人もいる。
誰も気づかないようなことに過敏に気づき、それをうまく言語化して、表現してくれる人もいる。
自分が繊細であるゆえか、人を傷つけるようなことを絶対に言わない人もいる。
自分のことよりも人を優先し、いつも「ソン」をしている人もいる。
他の人に好かれるために、おべっかを使わない人もいる。
経済戦争、受験戦争、昇格戦争、婚活戦争に飲み込まれず、マイペースで平和的に生きている人もいる。
そんな人たちばかりに出会うチャンスを与えられている自分は、幸せだと思う。
何故と聞かれてもわからない。
いまだに嫌な人に出会っていないからかもしれない。
他の人たちよりも、時代の一歩先を見ているような人もいる。
誰も気づかないようなことに過敏に気づき、それをうまく言語化して、表現してくれる人もいる。
自分が繊細であるゆえか、人を傷つけるようなことを絶対に言わない人もいる。
自分のことよりも人を優先し、いつも「ソン」をしている人もいる。
他の人に好かれるために、おべっかを使わない人もいる。
経済戦争、受験戦争、昇格戦争、婚活戦争に飲み込まれず、マイペースで平和的に生きている人もいる。
そんな人たちばかりに出会うチャンスを与えられている自分は、幸せだと思う。
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障害について
精神障害の障害って何だろうと考える。
病気の症状のために、できたことが出来なくなることもあるかもしれない。
でも、それ以上に社会から阻害されたり、入院したりすることによって、
仕事や趣味やそれまでやってきていたことから遠ざかり、
出来たことが出来なくなっていくこと。出来ることを試みるチャンスが奪われていること。
そんなことが一番の壁になって障害が大きくなっているような気がすることがある。
試みることにおびえてしまい、立ちすくんでしまう。
間違えること、失敗することイコール病気の重さと思われるのが怖く、身動きが取れなくなる。
どうせ私は病気だから、何をやったって無理だという、悲観的な思い込みを持ったり。
再発するくらいなら、じっとして何もしないほうがいいと自分の内にこもってしまったり。
病気の私は周りから何も期待されていないから。。。とむなしさを抱えて日々を過ごしていたり。
そんな切ない思いが「障害」を大きくしてしまうような気がする。
どんな人だって、機会が奪われたり、機会をつくらないと、できたこともできなくなるし。できるだろうことも、出来ないままに終わってしまう。
以前、ピアノが上手だった人も、ずっと弾いていなかったり、弾く機会に恵まれなかったり、していたら弾けなくなってしまう。
漢字だって、昔は書けたとしても、PCのキーボードで叩いてばかりいると、書けなくなってくる。
車の運転だって、アメリカで運転していた私でも、日本の道幅が狭かったりして運転していないと、下手になったり、出来なくなったりする。
人が好きで、話し好きだった人も、失恋や友人の裏切りで人間不信になり、人とあまり話さないでいる年月が過ぎたら、人と話すのがあまり好きでなくなり、好んでしなくなったり。
まだ、まだ良くわからないことだらけだけど・・・
病気だって、好きなこと、仕事、趣味、何でも続けたらいいと思う。新しいことにも試みたらいいと思う。
臆病にならず、失敗してもいいから、めげずに一つ一つ丁寧にやってみると、失敗も間違いもみんな成長の糧として蓄積され、宝物になるから。
病気の症状のために、できたことが出来なくなることもあるかもしれない。
でも、それ以上に社会から阻害されたり、入院したりすることによって、
仕事や趣味やそれまでやってきていたことから遠ざかり、
出来たことが出来なくなっていくこと。出来ることを試みるチャンスが奪われていること。
そんなことが一番の壁になって障害が大きくなっているような気がすることがある。
試みることにおびえてしまい、立ちすくんでしまう。
間違えること、失敗することイコール病気の重さと思われるのが怖く、身動きが取れなくなる。
どうせ私は病気だから、何をやったって無理だという、悲観的な思い込みを持ったり。
再発するくらいなら、じっとして何もしないほうがいいと自分の内にこもってしまったり。
病気の私は周りから何も期待されていないから。。。とむなしさを抱えて日々を過ごしていたり。
そんな切ない思いが「障害」を大きくしてしまうような気がする。
どんな人だって、機会が奪われたり、機会をつくらないと、できたこともできなくなるし。できるだろうことも、出来ないままに終わってしまう。
以前、ピアノが上手だった人も、ずっと弾いていなかったり、弾く機会に恵まれなかったり、していたら弾けなくなってしまう。
漢字だって、昔は書けたとしても、PCのキーボードで叩いてばかりいると、書けなくなってくる。
車の運転だって、アメリカで運転していた私でも、日本の道幅が狭かったりして運転していないと、下手になったり、出来なくなったりする。
人が好きで、話し好きだった人も、失恋や友人の裏切りで人間不信になり、人とあまり話さないでいる年月が過ぎたら、人と話すのがあまり好きでなくなり、好んでしなくなったり。
まだ、まだ良くわからないことだらけだけど・・・
病気だって、好きなこと、仕事、趣味、何でも続けたらいいと思う。新しいことにも試みたらいいと思う。
臆病にならず、失敗してもいいから、めげずに一つ一つ丁寧にやってみると、失敗も間違いもみんな成長の糧として蓄積され、宝物になるから。
天使たち
「愛の形見を残してください」
「自分の信じた道を歩みなさい」「光のほうに向かって歩みなさい」
「家族も大切だけれど、自分のことも大切にしたほうがいいよ」
最近、これらの宝物のような言葉を統合失調症という診断名を与えられている人々からいただきました。
彼らは私にとっては天使のような人たち。
精神を病んでいる人たちと話すとき、「健常者」が感じることのできないことを察し、感じることができるんだなと思うことがあります。そして、生きていく上で大切なことがなんであるのかが、良くわかっているなぁとたびたび感じさせられる経験をします。
「愛の形見を残してください」と言ったのは、35年以上精神病院に入院していたおじいちゃん。現在は兄弟姉妹や多くの人々の力添えを得ながら在宅生活を送っています。哲学者の彼は詩も書きます。以前、ルバイヤートの本を見せてくれ、みんなで朗読しました。「ルバイヤート」という甲州ワインがあるのを知ったのはそのときでした。先日は、リルケについていろんなお話を聞かせていただきました。美について語ってもらったり、高齢になるにつれて病気の力が弱くなっているのか、日に日に頭がさえてくるような彼です。
戦争中に平和主義者だった彼さえも、赤紙が来て兵隊に入隊せざる得なくなりました。訓練中、上の人の言うことを聞かずに、何度も殴られ、叩かれ、そのうちに拒食になり、精神病になって入院したそうです。精神病院では電気ショックを何度も受けたようです。そして、その頃は患者も電気ショックを受けた直後の患者を運んだりしていたとのこと・・・。いろんな記憶が今よみがえってきています。抑圧されていた記憶が、精神の自由や安心と共に、開放されてきているかのようです。
哲学者の彼は、私の尊敬する人であり、大好きな人です。とってもやさしくて、紳士的で、自分なりの哲学を持っている素敵な人なのです。彼の笑顔を思い浮かべると笑みが浮かんでくるくらい素敵な人です。
先日、リルケについて話していると・・・。「るるどさんも愛の形見を残したらどうでしょう」「5冊か、6冊くらい残せるんじゃないですか」「るるどさんがいなくなった後で、こんな方がいたということを残すためにも、愛の形見を残されたらどうですか」と哲学者の彼は言う。彼はいつも文章を書いているから、書くことに対しては人一倍の思い入れがある。私は「文才がないから・・・」と言うと。「人それぞれですから、るるどさんの愛の形見を残せばいいんですよ」と言ってくれた。
最近、特に感じることは、私の心や魂や精神を癒してくれるのは、精神科医でもPSWでも看護師さんたちでもなく、病んでいる当事者の方たちだということです。私にとっては天使のような人たちなのです。
周りの「健常者」の人々にはわからなくても、彼らには、今の生活のなにかが私にとって良くないということを察しているんだなと感じます。私より私のことを良くみていて、わかってくれている人たち。どうもありがとう。
「自分の信じた道を歩みなさい」「光のほうに向かって歩みなさい」
「家族も大切だけれど、自分のことも大切にしたほうがいいよ」
最近、これらの宝物のような言葉を統合失調症という診断名を与えられている人々からいただきました。
彼らは私にとっては天使のような人たち。
精神を病んでいる人たちと話すとき、「健常者」が感じることのできないことを察し、感じることができるんだなと思うことがあります。そして、生きていく上で大切なことがなんであるのかが、良くわかっているなぁとたびたび感じさせられる経験をします。
「愛の形見を残してください」と言ったのは、35年以上精神病院に入院していたおじいちゃん。現在は兄弟姉妹や多くの人々の力添えを得ながら在宅生活を送っています。哲学者の彼は詩も書きます。以前、ルバイヤートの本を見せてくれ、みんなで朗読しました。「ルバイヤート」という甲州ワインがあるのを知ったのはそのときでした。先日は、リルケについていろんなお話を聞かせていただきました。美について語ってもらったり、高齢になるにつれて病気の力が弱くなっているのか、日に日に頭がさえてくるような彼です。
戦争中に平和主義者だった彼さえも、赤紙が来て兵隊に入隊せざる得なくなりました。訓練中、上の人の言うことを聞かずに、何度も殴られ、叩かれ、そのうちに拒食になり、精神病になって入院したそうです。精神病院では電気ショックを何度も受けたようです。そして、その頃は患者も電気ショックを受けた直後の患者を運んだりしていたとのこと・・・。いろんな記憶が今よみがえってきています。抑圧されていた記憶が、精神の自由や安心と共に、開放されてきているかのようです。
哲学者の彼は、私の尊敬する人であり、大好きな人です。とってもやさしくて、紳士的で、自分なりの哲学を持っている素敵な人なのです。彼の笑顔を思い浮かべると笑みが浮かんでくるくらい素敵な人です。
先日、リルケについて話していると・・・。「るるどさんも愛の形見を残したらどうでしょう」「5冊か、6冊くらい残せるんじゃないですか」「るるどさんがいなくなった後で、こんな方がいたということを残すためにも、愛の形見を残されたらどうですか」と哲学者の彼は言う。彼はいつも文章を書いているから、書くことに対しては人一倍の思い入れがある。私は「文才がないから・・・」と言うと。「人それぞれですから、るるどさんの愛の形見を残せばいいんですよ」と言ってくれた。
最近、特に感じることは、私の心や魂や精神を癒してくれるのは、精神科医でもPSWでも看護師さんたちでもなく、病んでいる当事者の方たちだということです。私にとっては天使のような人たちなのです。
周りの「健常者」の人々にはわからなくても、彼らには、今の生活のなにかが私にとって良くないということを察しているんだなと感じます。私より私のことを良くみていて、わかってくれている人たち。どうもありがとう。
病気から得たもの
以前の記事で、弟が精神的な病気だという診断を下されたということを書きました。病気によって、失ったこともあるけれど、得たこともたくさんあります。
病気によって「得たもの」について:
・両親が寛容になった。
以前は、精神病というと自分たちとは関係ない、良く理解できない人たちと思っていた様子だけれど、病んでいる人たちがどこにでもいる普通の人だということがわかった。
・病気を知り、勉強することができた。
「病気になって病気を知る」とよく言いますが、本当にそうです。
大学で精神病などに関して勉強をしていましたが、実生活の中での勉強は全く違います。本当に必要なことは大学や本からは、なかなか得られないものです。
・日常の中にある当たり前なことや、小さな幸せに感謝することができるようになった。
苦しかったり、辛かったりする時は、大切な人と一緒に食事をすることができるだけでも、心から嬉しいものです。知らない人の親切が、天使からの贈り物のように感じられたり、感謝したり、幸せだなと思うことが多くなりました。
・弟が自分を大切にし始め、自分らしい人生を歩み始めた。
思いやりがあり、とても優しい弟はいつも人の為に生き、期待されることばかりしていました。「病」を契機に、自分を大切にすることの必要性を感じ、自分が本当にやりたかったことにチカラを注いでいます。また、周りの人たちもそれを支えています。弟が好きなことをやっている姿を見ることは私の幸せでもあります。大切な人がしあわせであることは、私にとってとても大切なのです。私ひとりが幸せでも、むなしいものです。
・精神障害福祉・精神医療の世界に多少かかわることができた。
日本での精神障害福祉や精神医療に関しては全く関わりも知識もなかったので、新しい世界を知ることができました。その世界の矛盾や問題、歴史など知れば知るほど、もっと知りたくなる業界です。
・世界観が広がった。
精神障害関係の人たちとふれ合うことで、自分の世界観が広がりました。本当に奥の深い世界です。
・新しい人間関係を築くことができた。
病気がきっかけとなり、当事者、家族、専門家など多くの人と出会うことが出来ました。多様な人たちとの出会いは宝物です。
等、いろいろ得たものがあります。
これらからも、辛いことや“壁”に直面していくのでしょう。でも、私にとっては、なにがあっても大切な弟です。大海で同じ船に乗っているような気持ちなのです。
病気によって「得たもの」について:
・両親が寛容になった。
以前は、精神病というと自分たちとは関係ない、良く理解できない人たちと思っていた様子だけれど、病んでいる人たちがどこにでもいる普通の人だということがわかった。
・病気を知り、勉強することができた。
「病気になって病気を知る」とよく言いますが、本当にそうです。
大学で精神病などに関して勉強をしていましたが、実生活の中での勉強は全く違います。本当に必要なことは大学や本からは、なかなか得られないものです。
・日常の中にある当たり前なことや、小さな幸せに感謝することができるようになった。
苦しかったり、辛かったりする時は、大切な人と一緒に食事をすることができるだけでも、心から嬉しいものです。知らない人の親切が、天使からの贈り物のように感じられたり、感謝したり、幸せだなと思うことが多くなりました。
・弟が自分を大切にし始め、自分らしい人生を歩み始めた。
思いやりがあり、とても優しい弟はいつも人の為に生き、期待されることばかりしていました。「病」を契機に、自分を大切にすることの必要性を感じ、自分が本当にやりたかったことにチカラを注いでいます。また、周りの人たちもそれを支えています。弟が好きなことをやっている姿を見ることは私の幸せでもあります。大切な人がしあわせであることは、私にとってとても大切なのです。私ひとりが幸せでも、むなしいものです。
・精神障害福祉・精神医療の世界に多少かかわることができた。
日本での精神障害福祉や精神医療に関しては全く関わりも知識もなかったので、新しい世界を知ることができました。その世界の矛盾や問題、歴史など知れば知るほど、もっと知りたくなる業界です。
・世界観が広がった。
精神障害関係の人たちとふれ合うことで、自分の世界観が広がりました。本当に奥の深い世界です。
・新しい人間関係を築くことができた。
病気がきっかけとなり、当事者、家族、専門家など多くの人と出会うことが出来ました。多様な人たちとの出会いは宝物です。
等、いろいろ得たものがあります。
これらからも、辛いことや“壁”に直面していくのでしょう。でも、私にとっては、なにがあっても大切な弟です。大海で同じ船に乗っているような気持ちなのです。
大好きな弟
兄弟が統合失調症だという診断名を下され、早もう3年。
あれは、2002年の12月でした。本当にビックリ。まさか、という気持ちでいっぱいでした。3年くらいたつと受け入れられるものなのかもしれません。
もちろん、前の彼に戻ってほしい、彼なりの人生を謳歌してほしい、と思います。でも、病気になって家族の理解を得ました。失ったものも多いけれども、得たものも多いような気がしてきている今日この頃です。
大好きな兄弟ですので、悔しいです。病気なんて消えてしまえばいいと思います。でも、彼には消えてほしくないので、彼の一部である病気も受け入れます。
次回は、得たものについて綴りたいと思います。
統合失調症ネットワーク:
http://human.kdn.ne.jp/
このサイトは、統合失調症を持つ本人、家族や関係者が交流できる「場」があります。最近ご無沙汰していますが、私も、時々お世話になりました。こんな場があることに感謝です。
あれは、2002年の12月でした。本当にビックリ。まさか、という気持ちでいっぱいでした。3年くらいたつと受け入れられるものなのかもしれません。
もちろん、前の彼に戻ってほしい、彼なりの人生を謳歌してほしい、と思います。でも、病気になって家族の理解を得ました。失ったものも多いけれども、得たものも多いような気がしてきている今日この頃です。
大好きな兄弟ですので、悔しいです。病気なんて消えてしまえばいいと思います。でも、彼には消えてほしくないので、彼の一部である病気も受け入れます。
次回は、得たものについて綴りたいと思います。
統合失調症ネットワーク:
http://human.kdn.ne.jp/
このサイトは、統合失調症を持つ本人、家族や関係者が交流できる「場」があります。最近ご無沙汰していますが、私も、時々お世話になりました。こんな場があることに感謝です。
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